五章 帰省
ミーンミンミンミン。
空いた窓から蝉の声が聞こえる。
「……。」
窓から入って来る風は生暖かく、気持ちよくはない。
カーペットの端に置かれている扇風機も、大した風を送ってこない。
「……あつい。」
今は夏休みだ。
夏休みの課題は、最初に終わらせてしまったため、夏休みが始まって1週間たった今は、すごく暇だ。
プールか海にでも行こうものなら、ナンパされそうで怖い。ナンパされてあしらえる自信はない。
とはいっても、大してどこか行きたいとか何かしたいとかいうのはないんだよな…。
ヘルメットも買い替えたし、洋服もある程度買ったから問題ない。
「…あ。」
ふと両親の顔が浮かぶ。
そう言えばなんだかんだで面談で学校に呼ばれて以降会ってないな。
「帰省でもしようかな~。」
そう思ったとたん、なぜか冷や汗が出てくる。なぜか急に緊張したような感覚にとらわれる。
いや、これは緊張じゃない。『心配』だ。
この感覚は、自分だけで勝てるものじゃない。
直後、部屋の中の扇風機の音が異様に大きく聞こえてくる。外を走る車の音も、妙に耳に障る。
「………だめだ。」
急いで着替えて、ヘルメットとグローブを持つと部屋を出る。そのまま階段を駆け下りて、ヘルメットをかぶりながらバイクの鍵を回す。グローブをつけてバイクにまたがりキックを蹴って走り出す。
駄目だ。
違う事を考えよう。
そう思いながら学校の方に走っていき、学校の駐輪場にバイクを停めると、ヘルメットをリアキャリアの箱にしまって職員棟に走る。
職員室の前につくと、丁度神田先生が歩いている。次に気が付いた時には、神田先生に抱き着いていた。
「うわ!え!?西住さん!?どうしたの!?」
自分の頭では、なんでこんなことしてるのか分からなかったが、心ではわかってるようだ。
「あ、神田先生~。」
向こうから勝間田先生が歩いてくる。
「あ、勝間田先生、すみませんがこの書類コピーして私の机に置いといてもらえませんか?」
「え?別にいいですけど、どうしたんで……。」
そこで俺の存在に気づいたのだろう。
無言でうなずき、神田先生の書類を受け取って印刷室に入っていく。
「…西住さん、とりあえず、保健室に行こうか。」
神田先生に促されるまま、保健室に入ると、保健の先生がいたが、状況を理解したのか、無言で奥の個室を案内してくれる。
「ありがとうございます。」
保健の先生に、一言お礼を言うと、俺を椅子に座らせて、神田先生は対面して座る。
するとすぐに保健の先生が紅茶を持ってきてくれて、俺と神田先生の前においてくれる。
「さて西住さん、どうしたの?何かあった?」
「……。」
聞かれても言葉が出ない。
その様子を見て、神田先生は何かに気づいたようだ。
「……そう。1人で、女子になった心を処理するのが怖くなっちゃったのね。1人で悩むのが。」
神田先生が、俺の横に立って抱きしめてくれる。
なんだろう。
すごく安心する。
「…西住さん、一回家に帰ってみたら?」
「………実家ですか?」
「そう。たまには親と一緒に過ごしてみたら?私に相談するよりも多分安心できると思うよ。」
「……。」
実際にさっき実家に帰ろうか考えた所だった。
…帰ろうかな。実家に。
「……俺、実家に帰ってみます。」
次の日の朝、俺は下着とか着替えを詰めたボストンバッグを背負うと、ヘルメットとグローブをもって部屋を出るとき、ジャケットが目に入ったが、暑いから着るのは嫌だ。仕方なく鞄の中にジャケットを押し込むと、部屋を出てしっかり鍵がかかってるのを確認して、階段を下りる。
夏休みだから駐輪場に停まってたバイクや自転車も少ない。
自分のバイクの隣に立って、ヘルメットをかぶってグローブをはめると、鍵を回しキックを蹴ってエンジンをかけると、1速に入れて走り出す。
そのまま海に向かってギアを2速に入れ、そのまま速度が上がって来ると3速にギアを上げ、4速まで上げる。今日は昼まで車が普通に走っているため、4速で車の流れに乗る。
そのまま山間部に入ると、車が少なくなるが、今日は荷物があるため、3速にギアを落として、山間部を走り抜ける。
「……。」
ミラーを見たり、前や周りを見渡して、対向車や後続車が居ないことを確認すると、速度をそのまま左手でシールドを上げると、思いっきり叫ぶ。
「あああぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!」
バイクで走りながら山の中で大声を出すってのは、最高に気持ちがいい!
少し走って道の途中に待避所が見えてくる。
バイクを停めてエンジンを切ると、降りながらヘルメットを脱いでそのまま道路沿いの柵に手を掛ける。
「すぅ……はぁ…。」
空気を吸い込んで、改めて空気の味を感じる。
こういう空間にいると、妙な心配事や、悩みなんかもどうでも良くなる。
しばらく空気を吸ってから、もう一度走り出す。
今度は結構スロットルを開けて一気に登り切り、そのまま山を下っていく。
気が付けば、JRの駅の前を通り、古い建物が並ぶ住宅街を抜け、フェリー乗り場につく。
俺の島は、ここのフェリー乗り場からフェリーで1時間の所にある人口100人もいない様な小さな島だ。
バイクを駐輪場に止めて、料金を支払いに受付に行って、高校生1人とバイク1台の料金を払う。フェリーまであと30分あり、フェリー自体も戻ってないらしいから、待合室のベンチでイチゴミルクを飲みながら待つ。
しばらくたって、放送で乗り込みが開始されると流れる。
『お知らせいたします。神滝島行きのフェリーへの乗り込み開始時間となりました。神滝島行きのフェリーご利用のお客様は、乗り込み口へお越しください。』
神滝島は、俺の故郷の島で、中学まではそこで生活してたが、俺が卒業すると同時に本土の中学と統合されて、今の中学生たちはみんな本土の方にフェリーで通っている。
外に止めてあったバイクにまたがると、フェリー乗り場まで走る。大して距離が無いから1速のまま走っていく。
「はい、乗船券をお見せください。」
「お願いします。」
乗船券を渡すと、係員は乗船券を半分に切って渡してくる。
「バイクは端の方に停めてください。停めるときはセンタースタンドとサイドスタンドどちらでも構いません。」
「わかりました。」
乗船券を受け取ると、フェリーの壁側にバイクを停めて、センタースタンドを立てる。
客室のフロアまで階段を登ると、今日は風が強くすごい勢いで通り過ぎていく。
少し肌寒く感じて、鞄からジャケットを取り出して上に着る。サイズの合うものを買ったつもりだったけど、少しぶかぶかな感じがする。まぁ前に神田先生が買ってきてくれたファミマのパンツよりかは全然いい。
しばらく風にあたっていると、出港の放送がかかり、何回か汽笛が鳴ったのちにフェリーが動き出す。
1時間、特に何もなく時間が経ち、神滝島が見えてくる。
『本日は、海陽商船株会社竹本港発神滝島行きフェリーをご利用頂き、ありがとうございます。間もなく、神滝島に到着いたします。お車でご乗船のお客様は、そろそろお車にお戻りください。』
船内に放送がかかると、数少なかった乗船者たちのほとんどが席を立って階段を下る。
それに続いて俺も下っていく。
上る時にも思ったが、俺くらいの身長の奴が登るにはこの階段は少し段差がでかい気がする。
一緒に階段を下ってたやつらはみんな車に乗り込んでいく。どの車も軽トラばかりで、普通車はいなさそうだ。まぁどの車もって言っても停まってるのは2台だけだけど。
岸に接岸すると、そのままギアを入れて走り出す。降りるときは乗船券の確認はない。
海岸沿いを走っていると、すぐに漁協が見えてくる。
漁協の前にバイクを停めると、中に入って適当な人を捕まえる。
「すみません、西住 幸太郎さんはまだいますか?」
「お?コウさんならまだ漁に出とるよ。ここで待ってればそのうち帰って来ると思うよ。」
「ありがとうございます。では西住 紀美子さんはいますか?」
「きみちゃんなら一回家に帰るって言って帰ったけど。」
「何分くらい前ですか?」
「ほんの2,3分前の事だよ。多分もう家についてると思うけど。」
「わかりました。ありがとうございます。」
こういう会話だけだと、まるっきり女子だな。
島民も100人位しかいない島だから、島の住人はみんな顔と名前を把握してるし、別に観光地ってわけじゃないから本土からくる人もたかが知れてる。
そこに知らない少女が現れて、高校生の息子がいる家の両親を訪ねて来たとなれば、それは結婚か何かの挨拶だと思われてもおかしくない。
そう言う思考になるような高齢者が、それほどに多いのだ。要は古いしきたりとか昔のやり方が、いまだに根付いている地域なのだ。
漁協を出てバイクにまたがると、そのまま実家の方に走る。
漁師の家だからかは知らないが、漁協からバイクで1分もかからないようなところに家がある。
家の駐車場には、軽トラが1台とバイクが1台停まってる。お袋のバイクだろう。
バイクを停めて、ヘルメットをリアキャリアの箱にしまって玄関の前に立つと、急に緊張してくる。
この前会ったけど、この体になれてからはあってないから何とも言えない緊張感が襲ってくる。
お袋と親父は本当に俺の事を認めてくれるのか、受け入れてくれるのか、今まで考えてこなかったことまで考えてします。
ジャケットのポケットに手を突っ込んで、自分を落ち着かせることに努めていると、ガラガラガラと玄関が開いて、お袋が出てくる。
「あら?お父さんかと思ったけど、涼だったの。」
「…お袋、今は涼だよ。」
「あんた帰って来るならそう言いなさいよ。それよりあんた大丈夫?随分顔色が悪いけど、何かあったの?」
「……いやなんでもないよ。ただちょっと考え事をしてただけ。」
そう言ってお袋の横を通って玄関を通ろうとすると、お袋に抱きしめられる。
「……!」
「…涼、あんた1人で頑張って、こんなことが起きたのに自分1人で学校と話し合ったり、病院で検査受けたり、大変だったね、涼。」
「………っ!」
一気に涙がこぼれてくる。
涙なんていつぶりだろうと思うくらいに、泣いていなかった。
気が付いた時には、心の中にあった緊張や心配はもうなかった。
何かもうすぐ終わりそうな雰囲気かもしれませんが、まだまだ続きます!
……自分の夢から始まった妄想がこんなに発展するとは…。
―追記―
すみませんアップ直後にミスを見つけたので修正しました。
―追記―
2020/8/2 23:50
改めて読むと、少し読んだ感じが引っかかるところがあったため、修正および加筆いたしました。
―追記―
2020/8/17 21:23
脱字がありましたので修正いたしました。