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俺は私になった。  作者: 雪村 敦
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二章 バイク

 朝からチャイムが鳴り響く。

「ん…。」

 俺はまだ起きてないってことは、何時くらいなんだろう。

 数回鳴り響くチャイムに、深い意識の底にあった意識を持ち上げる。

 目が明かない。

 やっぱり女子は朝に弱いのかな。

『西住ちゃ~ん。起きてる~?』

 玄関の外から、神田先生の声が聞こえてくる。

 頭では起きなきゃって分かってるけど、体が起き上がらない。

 どうにか体中に力を込めて、やっとのことで起き上がり、玄関を開ける。

「……おはようございます。」

「………西住さん、そんな恰好で外に出ちゃだめだよ。」

「ふぇ…?」

 そう言えば、昨日普段着が無いことに気づいたが、別に部屋着ならどうでもいいかと、家にあったパーカーを着たんだった。で、何か違和感があると思ったから、キャミソールを脱いで、パンイチでパーカーを着たんだった。でもパーカー自体が大きくて、萌え袖プラスワンピースみたいになった。

「西住さん、一応今日の事を話に来たの。親御さん、今日は来れないらしいから面談は明日だって。あと、病院での検査の方は今日明日は無理だから、明後日だって。わかった?」

「……。」

 寝起き過ぎて何を言ってるのか分からない。

「……今日はがっこういかなくていいんですか?」

 俺は寝起きで気にしてたのは学校に行くか行かないかだけだった。

 ほとんどの学生が一番気にしてる内容だろうけど。

「今日も引き続き自宅待機でお願い。あと、何かあったら電話して。私か勝間田先生、もしくは教頭先生で。」

「……わかりました。今日はがっこうなしですね。」

「うん。今日は体の調子を確認しといて。で、何か異変があったら迷わず学校に連絡するように。」

「…わかりました。それではおやすみなさい。」

 超自然な流れでおやすみなさいと言うと、そのまま玄関を閉じて鍵を閉めると、布団に潜り込む。

 今先生何か言ってた気がするけど、わかんないや。わかんなかったら電話してって言ってたな~。

 あれ?

 誰に電話すればいいんだろう…。

 ま、いいや。

 何時間寝ただろう。

 覚醒してから外を見たら、明るい。間違いないのは、遅刻していること。

「…やべ!」

 急いで起き上がり、制服に手を伸ばそうとしたら、制服に手が届かない。

 いくら頑張っても届かない。

 そんなことをしてる前に、スマホで時間をみようと手を伸ばしたところで、自分が今女子であることを思い出した。

「……。」

 さっきの俺の焦りは何だったんだろう。

 そう言えば昨日、両親に電話すると言ってたな。今日面談何時からだろう。

 学校に電話するためにスマホを取って電話を掛ける。

 昨日と同じように、自分の名前を言って、今度は神田先生の名前を言う。

 しばらくして、神田先生が電話口に出る。

『西住さん起きた?』

「はい。随分寝過ごしました。今日の面談って何時からですか?」

『あ~やっぱり寝ぼけてたか~。朝一回行って説明したんだけどね~。』

「え!?そうなんですか?申し訳ありません。」

『いいよいいよ~。寝起きの西住さん子供みたいでかわいかったよ~。』

「それ高校生に言うセリフじゃないです…。」

 そう言えば朝方うとうとしながら誰かの対応した気がする。

『さっきも言ったけど、親御さん、今日は来れないみたいだから、面談は明日、検査は明後日。今日は昨日と同様家で経過観察してて。』

「了解です。家に居まーす。」

『あ、あと何かあったときに連絡したいから、電話番号教えてくれる?』

「了解です。」

 神田先生に番号を教えると、「家に居なさいよ。」と言って電話を切った。

 家に居なさいって言われてもな~。

 外出をしたいってわけじゃ無いけど、いざ出ちゃいけないって言われると出たくなる。

 ふと玄関の方を向くと、バイク用のヘルメットと、グローブにジャケットがかけられている。

「グローブとかジャケット買いに行こう。それに、私服もないし。」

 まぁ私服って言っても、いつ戻るか分からないから、またユニクロでお世話になろう。

 そうと決まれば着替えるが、そもそも私服が無いから買いに行くのに、何を着て行こう。制服でいいか。

 キャミソールを着て、スカートを履き、上の服を着る。

 やっぱり何か慣れない。

 下がスースーする。

 これは心もとない。体は女子でも、コスプレしてるみたいだ。まぁズボンを買えばこの制服以外でこの問題は起こらない。

 財布と携帯、あと鍵を持って部屋を出る。昨日神田先生が学校にあった小さいスニーカーを持ってきてくれたから、とりあえずは助かった。

 この辺は銀行が無いから、コンビニでいくらかおろすと、ユニクロに向かう。

 そしてここでやっぱり衝撃を受ける。

 キッズサイズだった。

 もう慣れたさ。へこむ気にもならない。

 ちゃっちゃとズボンやシャツとかを買い込み、レジで精算を終え、ホームセンターに向かう。

 もともと今使っているグローブとかジャケットもホームセンターで買ったものだし、ヘルメットもそうだ。

 そして、またもや衝撃を受ける。

 今の頭に合うサイズのヘルメットがホームセンターに置いてなかった。

 ジャケットやグローブは買えたが、ヘルメットはどうしても小さいサイズはなかった。

 この際半ヘルでもいいかと思ったが、半ヘルすらなかった。

 仕方なく、今日の収穫はこれくらいでいいかと、家に帰るが、今の体を考慮せずに買い物をしてしまったため、とんでもなく重い。

「……買いすぎたか?」

 まぁ、頑張って帰るけど。

 家に着いた時には汗だくになってしまっている。こういう時スカートだとありがたい。足を覆われてないから、熱がこもりにくい。まぁ暑いのに変わりはないけど。

 買い物袋をちゃぶ台の上に置き、ひとまずシャワーを浴びる。制服を脱いで下着だけになると、汗で少し透けている。ショーツも少ししっとりしていて、気持ちが悪い。

 服を脱ごうと脱衣所に立ち、ふと鏡を見ると、下着姿の汗だくの美少女が下着を脱ごうとしている絵だった。

「…えろいな。」

 中身が自分であろうとも、これはかなりエロい。

 キャミソールから乳房とかも透けそうだし、俗にいうロリパンツが汗で湿っているのは、どうにも変態的な魅力がある。

「……だめだ。」

 汗だくの幼女とは言え、自分の体を見て欲情するのはどうにもダメな気がする。

 鏡を見ないようにして急いで服を脱いで洗濯機に入れ、すぐにシャワーを浴びる。

「~~!!」

 少し出してから浴びなかったから冷水を思いっきり背中に浴びてしまう。

 そのまま床に転がってしまい、前にも冷水を浴びる。

 やっとのことでシャワーを押えて、温水を浴びることができたが、予想以上に火照った体に冷水と言うのは効くもんなんだと思った。

 頭や体を洗ってシャワールームから出ると、電話が鳴っていることに気づく。

 ちゃぶ台の上に置かれたスマホを見ると、≪お袋≫と書かれている。

「あ…。」

 そう言えば連絡してなかった。

 仕方なく電話に出る。

「も、もしもし?」

『涼?本当に涼なの?』

「ああ、お袋。涼だよ。学校から連絡行ってるだろ。」

『来たから電話してるのよ!どういう事よ!急に女の子になっちゃったって。意味が分からないわ。』

「俺も意味が分からねぇよ!朝起きたら急にこうなってたんだから、どうとも言えねぇよ。明後日、病院で検査を受けるから、その前に学校で面談を行いたいんだって。」

『今日はお父さん漁に出て帰りが遅くなるって言ってたから、もしかしたら夜に電話するかも。』

「了解。」

 親父、本当に海好きだな。

『あとあんた、女の子になったんなら、ちゃんと女の子向けのパンツとか買っときなさいよ。』

「昨日買ってきたよ。何か犯罪でもしてるんじゃないかって罪悪感があったけど。」

『それならいいわ。じゃぁまた明日ね。』

 お袋はそれだけ言って電話を切る。

 明日親父にあったら何て言われるかな~。 

 そんなことを考えながら、スマホの時計を見る。時刻はちょうど14時と言った所だ。

「…昼寝でもするか。」

 男だった時なら、全裸で寝てもよかったが、今は良くないと思うけど、まぁいいや。

 体を拭いたタオルを洗濯機に入れると、そのまま布団にくるまる。

 さらさらした布団に、裸でくるまると、異様な気持ちよさがある。

 そのまま目を閉じて、眠りに落ちる。

 せいぜい数時間くらいしか寝てないと思ったけど、目を覚ました時、外は随分暗い。

「……あれ?」

 ゆっくりスマホを取って、時間を見る。

 ≪3:45≫

「…あれ?」

 どう見ても早朝だ。

「あれ~?」

 女子ってこんなに寝るもんなのか?

 よく見ると、スマホに学校と知ら番から電話かかってきている。

 多分ちゃんと家でおとなしくしてるかの確認電話だろう。知ら番は、多分神田先生かな。この時間に掛け直すのはさすがにダメだから、とりあえず放置する。

「ん~~!よく寝たな~。」

 そりゃそうだ。確か寝たのが14時だから、13時間くらい寝てたことになる。

 6時か7時まで、何かして時間をつぶしたいが、何をしようか。

 ふとちゃぶ台を見ると、昨日買ってきて、結局開封しなかった服たちがいる。そして玄関には、少しサイズの大きいヘルメットが置いてある。

 そう言えばこの体になってからバイク乗ってないな。

 そのまますぐに下着を着ると、昨日買ったズボンとシャツを着て、ジャケットを着る。

 スマホに財布、グローブと鍵を持つと、電気を消して、ヘルメットをもって部屋を出る。

 駐輪場に止まっているバイクの横に立ち、ヘルメットをかぶり、バイクを道の方まで押していく。

「…女になっても、お前さんは味方でいてくれるか?」

 気づけばバイクに声をかけていた。

 鍵を回して、ニュートラルなのを確認すると、キックを蹴る。アクセルを開けても1発でかからない。もう一度やってみてもかからない為、チョークを引いてしばらく待つ。そしてもう一度キックを蹴り、アクセルを開ける。

 今度はかかった。

 チョークを戻して1速に入れる。

「……今日は付き合ってくれよ。“カブ”。」

 スロットルを回して走り出す。

 速度が乗って来るとアクセルを緩めてシフトペダルを踏み込み、2速に入れる。

 体格が変わったはずなのに、案外すんなり走ってくれる。それに、操作感も届きにくいとかシフトが踏みにくいとかは感じられない。

 速度が乗って来ると、もう一度アクセルを緩めて、シフトペダルを踏み込む。

 日本人の体格に合わせて作ってるから当たり前か…。

 先生に出かけるなと言われたのは昨日の話、今日は出かけるなとは言われていない。それに、今日は面談だ。どちらにせよ出かけなきゃいけない。

 本来なら補導時間当たる時間でも、この地域はあまり警察官が警戒していない。

 信号もすべて点滅している街中をゆっくり走っていたが、そろそろ違う地域に、いや、海を見に行きたい。

 そう思ったときにはアクセルを緩めて4速に入れていた。

 住宅街を抜け、山間部に差し掛かってもバイクは速度を落とさない。

 上り坂でも、“こいつ”なら問題ない。

 暗い山道を走っていると、少しずつ空が明るくなってくるのが分かる。

 しばらく何も変わらない風景の中、対向車も後続車もいない道をひたすらに走って、気が付けば、街中を走っている。

 小さな駅を通りすぎ、古い建物が並ぶ街並みを、ゆっくりと走り、フェリー乗り場にたどり着く。

 フェリー乗り場なんて空いてるわけもなく、建物の横の波止場にバイクを停めてエンジンを切る。ちゃんとニュートラルに入っているのを確認して鍵を抜き、ヘルメットを外す。すると、横から光が差してくる。

 日の出だ。

 別に初日の出ってわけじゃない。

 だけど、高校1年生の入学して3カ月で、今まで生きて来た性別から見放され、違う性別になり、このことで同級生たちには相談できない。

 今後どうなるのか分からない。

 今後の不安も、考えないようにしてきた。

 さんざん冷静を装って、さんざん何も考えてないふりをしても、心の奥では、やっぱり不安もあるもんだ。

「……よかった。」

 今まで乗って来たバイクに触れる。

 こっちに越してきて、バイクの免許を取ったときに親父が譲ってくれたバイク。 

 親父は、「俺は新車を買ったから、これはお前にやる。大事に乗れよ。」と言ってこのバイクをくれた。

 小学校の頃から、いやもっと前から、このバイクは家にあって、妙な愛着がある。

「…バイクに話しかけるなんて、どうかしてるのかな。」

 バイクの横にひざまずき、シートに顔を当てる。

 異様に安心する。

 どうやら俺は…。

「……どうやら俺は、人間らしい感情を、ちゃんと持ってたんだな。」

 バイクのシートを触りながら、昔、親父の後ろに乗せてもらって、走ったときのことを思い出した。

―追記―

2020/8/18 10:03

 1か所、誤字報告をいただき修正いたしました。

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[気になる点] 誤字: 買い物をしてしまったため、とんでもなく思い。   
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