彼らの記憶と共に生きる。
「……応……せよ……」
「……応答せよ……」
「応答せよ! 戸山上等兵!」
「?!」
銃撃の音と上官のよびかけで目が覚める。
飛び交う銃弾を横目に、僕は意識が朦朧としたまま通信機から聞こえる声に返答する。
「聞こえているか! 戸山上等兵!」
「はい……こちら上等兵」
第三次世界大戦の真っ只中、その根冠の街の中で僕は戦っている。少し前、僕の隊は奇襲を受け僕は狙撃手から銃撃された。だがその銃弾をすんでのところで弾道をずらした。だがその銃弾がヘルメットの端に直撃、僕はその衝撃で気絶した。
「そちらに爆撃機が向かっている!今すぐ撤退を……ぐわぁぁっ………」
…………爆撃機……爆撃機?!やばい!!
早く仲間に撤退の命令を出さなければ。
仲間を助けるために僕は病み上がりの体に鞭を打って、これまで出したことの無い大きな声で呼びかけた。
「くっ…撤退だ!撤退ー!!」
正直、仲間を助けられれば自分の命なんてないもの同然だった。戦場で名誉的な死を遂げられれば、それで良かった。自分にとって死とは、名誉のために使うものだと……そう思っていた。
「逃すわけないだろうがよぉ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
………またこの悪夢だ……
懐かしき戦場の記憶、忌まわしき戦場の記憶。
もう思い出したくないものだ。
火薬の匂い。
こぼれ落ちる空の薬莢。
様々なものが焼ける香り。
悲鳴や涙。
そのどれもが血に染っている。
戦争には四十の後半に自分から名乗り出た。
兵士になる前はしがないサラリーマンをしていた。
戦争から帰ってきたのは八年前だ。帰ってきた時には孫ができており、妻が他界していた。不甲斐ない夫だと今でも思っている。
その後は、退役軍人となり、年金生活。
戸山三郎、六十八歳です。
お金や様々な補助も入り悠悠自適な生活。
だが、老後の生活の中で、一つの問題に、突き当たった。
それは………暇だ。
戦場が恋しい。
だがもちろん人殺しなんてしたくない。
でも背を預けられるような仲間がほしい。
僕は仲間といる時だけは優しくなれた。僕はもう笑えない。
家族とは違う。
強いて言うならば仲間は、死という一線を共に越えた家族だ。
毎日死と隣合わせの日常で、育まれてきた友情は本物だ。
戦場でも、暇で苦しかった。
だが、戦場では戦いに縋ることができた。が、今はすべきこともなく、友も戦場で失った。
一人、家に寂しく暮らしている。
仕方がない、何かしなくては始まらないな。
「買い物に行くか。」
ただ一日中ぼーっとしているよりはいい。
自分から探しに行かないと、楽しみはやってこないのだ。
和室の床に敷いた布団を折り畳み始める。
次は何を試そうか、メイドカフェ?それともアイドル?
……コスプレなどはどうだろうか。前々から少し気になっていたが……
時間だけは余っていたため様々なことを調べた。
余生の楽しみ方や娯楽などだ。
時には孫にも教えて貰った。
布団を押し入れに入れると、服を着替え始める。
服は藍色のポロシャツとジーンズを着る。シャツは外に出し、孫、手作りのペンダントを首に掛ける。
着替え終わると、まるで空き部屋のような和室の襖を開ける。寝室は、二階にあり、その間には階段が……
だがまだ階段には負けない。
退役してから筋トレをおこたったことは、一度もない。
それに、階段を降りるのは簡単だ。
軽い足取りで階段を降りると、仲間の遺品であるサングラス、家の玄関の鍵、それと財布を手に取る。
玄関の扉を開ける。
強い日差しと少しの雲。
いつも通りの変わらない日々。
歩道を歩いていく。
自動運転の車。
ガラスのように薄い電子宣伝板。
銃声は、聞こえない。
ビルに映るニュースや宣伝。
亡骸に群がるアリのような人々。
この平和な日々はまさに血も涙もない。
だがこの平和は仲間の犠牲の元になりたっている。
その事実を知るのは世界にひと握りのみだ。
この光景を見る度仲間の偉大さを感じる。
そしてその英雄たちと共にしてきた自分を誇らしく感じる、僕は彼らを忘れたことなんて無い。
歳になると涙脆くて困る。僕は彼らの分も人生を謳歌する必要がある。ともに戦場を謳歌したように。