プロローグ
「ビー地点制圧完了」
夜のような静けさが漂う建物の二階、そこには二人と数十本の柱、外は見えない。一つの階段さえなければ、ここは閉ざされた空間だ。
弁当の具材の気持ちがよくわかるな。
だが、そこにあるのは具材ではなく、二つの荒い呼吸音と、緊張で固まった空気と一体化していく汗。そして人の役目を終わらせる鉄の塊。
壁に擬態しているかのような白い旗を、透明な水面に水性絵の具を垂らすように、青色に塗り替える。
「ちょろいもんだぜ、このまま敵のエー地点も奪っちまおう」
余裕そうな表情でへらへらしながら話す。
本当にこいつは俺と同じ故郷の生まれなのだろうか?
実はサボテンに育てられたのではないか?
そう思いながら一応俺の仲間である人間の発言に耳を傾けていると、その声の向こう側に、何かが聞こえるのを感じ、慌てて俺は仲間の無駄話を止める。
「おい待て、何か聞こえるぞ」
……カシャッカッ
レバーアクションの鈍い金属音が聞こえた。その音はまるで俺たちに『最後の戦い』を告げる、ギャラルホルンの音のようだ。
その音を聞き、慌てて俺たちは臨戦態勢に入る。
「敵が接近、二人で距離を取りつつ射撃を……」
相手は日本代表の三郎だろう。奴の動きは研究したが、まるで銃弾が奴を恐れて逃げているのではないのかと思うほど、銃弾が当たらない。
それどころか奴の撃つ銃弾は、喜んで獲物の胴体を貫く。恐らく、日本代表の中で、一番警戒しなければならないのは奴だ。
「相手は<死神>だ。ここは一度撤退して体勢を」
「やつは俺の獲物だ!」
「おい待て!!」
少しの静寂の後に銃声が鳴り響く、おそらく俺の仲間への弔いの弔砲だろう。
まったくあのサボテンは……
俺の安寧を貫く銃声のような足音が近づいてきている。おそらく奴だろう、だが奴が通れる道は荒いコンクリートで、できたこの階段のみだ。
銃が錆びるくらいの汗を流しながら、無機質な壁に向けて照準を合わせていると、スーパーボールのように、階段付近の壁に向かって投げられた鉄クズが
一つ。それは反射し、俺の足元に転げ落ちる。
その鉄クズは口から煙を吐き出し、俺を包み込んでいく棺桶を作り出す。
そしてトドメを刺すための銃声が聞こえる。
その弾は俺の頬を掠め取る、だが血は出ない。そこにあるのは赤いエフェクトだ。
敵の銃弾が俺を殺したいと囁いている。だが俺も黙ってはいない。何も無い空間をスプリンクラーの様に撃つ、弾が当たったのかは分からない。ただひたすらに鉛を撒き散らす。
しばらくすると、目の前の視界は晴れ、水玉模様の壁が姿を現す、だかそこに<死神>の姿は無い。
「やった……のか?! あの<死神>を……」
このゲームでは死体は残らず、蒸発するように消える。つまりは<死神>も……
……カシャッカッ
虚空を切り裂く再装填の音。それは俺の後ろから。
命を毟りとる音がこだまする。
そう、僕は<スピンコックの死神>と呼ばれている。
死神とは死をもたらす者だ、だが、僕は死をもたらそうとしているわけではない。それに神でもない。
逆に死をもたらされようとしているのは僕の方だ。
旗を血の色で染める。それはまるで、旗が敵の返り血を浴びたようだ。
僕は、天井へと登っていく死体を後にする。一階で殺した男の死体はもう無い。
あるのは夥しい数の弾痕と、無音に響くブーツの足音。そんな惨状から扉を開けてコンクリートでできた道の上へ出ると、数十メートル先に無数の敵がいた。僕は「攻めか守り、どちらかを選べ」と言われると、攻めを選ぶ性格なため、先にこちらから奇襲を仕掛けることにする。
「マナさん、援護射撃を。僕の前の敵、足を狙ってください」
「わかったわ、三郎」
日本代表は僕を含めて五人、マナさん、りんごさん、神崎さん、ヒアリくん。
その中でマナさんはスナイパーをしている。主にアタッカーである僕とりんごさんのサポート役であり、彼女の偏差射撃はまるで未来予知のようだ。
そして僕は彼女が居てこそ、背中を見せられる。
「りんごさんは、僕についてきて敵の牽制を」
「はっ……はい……やってみます……三郎さん」
りんごさんは僕と同じアタッカーであり短機関銃の持ち主だ。僕とりんごさんで前線を押し上げて、敵への牽制を行う。
彼女がいなければ僕は今頃、敵に囲まれて、蜂の巣にされていただろう。
「神崎さん、敵の後ろに回り込み撹乱を」
「分かりましたわ、三郎様」
神崎さんはサポーターだ。敵の撹乱や仲間のサポート、ポイントの制圧など様々な事をこなす何でも屋であり、自動小銃を持っている。
彼女に何度助けられたことだろうか。
「ヒアリくん、エー地点とビー地点、任せましたよ」
「ああ、任せとけ!」
ヒアリくんはポイントの守護を行い、自チームの得点を増やすガード。自動小銃の持ち主で、その小柄な姿のおかげで銃弾があまり当たらない。実は女の子の姿をした男の人だ。
彼のお陰で勝っているようなものだ。
ここまでくるのに色々あったな、辛いことも悲しいこともあったが、ほとんどが、みんなとの楽しい思い出ばかりだ。
みんなと出会えてよかった。
「…………マナさん、りんごさん、神崎さん、ヒアリさん……ありがとうございます」
四人の無線に感謝の言葉が響き渡る。今、僕の口からはこの言葉以外の言葉が出てこなかった。ここに立っていられるのも、この四人のお陰なのだ。
「なにを言っているの、三郎。これからなのよ?」
「そっ、そうですよ、マナさんの言う通りです!」
「その通りですわよ、三郎様。これから勝ち上がってみせますわ」
「へっ、たく……三郎、お前ってやつは……まだ戦闘中だぞ……集中しろ……」
「ええ、そうですね……いきますよ! みなさん!」
「おお!!!!」
この声は海を越え全世界に響き渡った……スピンコックの音とともに。
——この物語はこの僕、戸山三郎が世界に挑む話だ。