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<異世界と異世界>前編

 (あきら)亜耶(あや)が“時空の穴(ワームホール)”の出入り口探索を諦め、“紫電(しでん)”の機体を降ろして早々に、ヒロとビアンカは何があったのかを問い掛けてきた。

 ヒロとビアンカは特に“紫電”に興味を示したようで、恐れもせず物珍しげに機体に触れようとしてくるものだから、亜耶が気を利かせて両(てのひら)を上方に向けて二人が乗れるスペースを作ったほど。


 そして、ヒロとビアンカを(てのひら)の上に座らせた“紫電”で、昶と亜耶は自分たちに何が起こったのかを説明していた。


「――異世界転移?」


 説話の中、聞いたことの無い言葉だったのだろう。ビアンカは鸚鵡(おうむ)返しに反覆すると、不思議そうに小首を傾げた。

 まあ、普通の反応だ。『異世界転移してきました』と告げられ、それが何かを瞬時に理解して信じられるものも少ないと思う。さように考えつつ、昶は首肯(しゅこう)して言葉を続けていく。


「あたしと亜耶は自分たちの暮らしていた世界から、ビアンカちゃんやヒロ君のいる世界に飛ばされてきたの。――って言って、分かりそうかな?」


 この世界とは違う世界から来たことを、どのように説明すれば理解してもらえるのかは分からない。掻い摘んだ簡単な説明を口にして昶がヒロとビアンカの顔色を窺うと、ヒロが軽く首を縦に動かしていた。


「うん。まあ、なんとなく。異世界から来たヒトの事例が無いわけじゃないんだ」


「え? そうなの?!」


 昶と亜耶が過ごしていた世界で、『異世界転生者』は珍しい存在ではない。だけれど、余所の世界がそうだとは限らないし、そうそうと『異世界転生者』や『異世界転移者』は現れないだろう。

 そう思い込んでいたため、ヒロの思わぬ返弁に昶も亜耶も吃驚を露わにした。


「僕も異世界から来たヒトに直接逢ったのは、昶と亜耶が初めてなんだけど。――そっか。二人は“稀人(まれびと)”だったのか。だから白い部屋で初めて逢った時、ちょっと話が噛み合わない感じがしたんだね」


『紙に書かれた条件をクリアしないと出られない部屋』での初邂逅で、互いの自己紹介などを行った際――。

 共に白い部屋へ(いざな)われていたアユーシが亜耶の金の瞳を目にして「神族の血を引いているのでは」と迫り、亜耶は弁解で自らを『転生者カテゴリーⅡ』だと言っていた。その時は聞いたことの無い種族名だと考えたけれど、自分の知らない知識だったとして納得した。

 昶と亜耶が身に着けていた部隊章と階級章を見て、少佐階級の女性船乗りが至極珍しいとも思ったが。よくよく考えてみれば、船を扱った軍隊を有する国は数が知れているし、船に関わることで自分の耳に入らない知見があるとは思えなかった。


 だので、ヒロとしては昶と亜耶が『異世界転移者』だと聞き、腑に落ちる部分があった。



「ヒロは時々『稀人(まれびと)』って言葉を使うけれど。それって何なの?」


 ヒロが意味の通らぬ単語を口出したことでビアンカが問いを投げれば、ヒロは「ああ」と漏らし、何処か得意げな笑みを浮かべた。


「群島――、えっと。僕の故郷の古い言葉でね。今の時世だと『客人』を意味する俗語なんだけど、昔の意味だと『人知の及ばない他界からの来訪者』を示すものだったんだ」


「他界からの来訪者――。それじゃあ……」


 思わぬ言葉で亜耶が口を挟む。すると、ヒロは「ご名答」と言いたげに口端を吊り上げて頷く。


「誰も見たことも聞いたことも無い遠いとおい場所から訪れた“稀人(まれびと)”は、僕たちに想像も及ばないような偉大な知恵や技術を授けてくれる。この“稀人(まれびと)”が一説によると余所の世界から来たヒト――、『異世界転生者』や『異世界転移者』だって言われていたんだよ。今は正しい意味を知る人が殆どいない言葉なんだけどね」


「ははあ。そうすると、ヒロ君たちの世界にある技術のいくつかは、異世界転生者や転移者が伝えたってところなのね」


「時計や写真機(カメラ)なんかが“稀人(まれびと)”の技術らしいよ。他にも焜炉(コンロ)とか湯沸かし機器、浄化水槽設備の仕組みなんかも、“稀人(まれびと)”が伝えた知識の応用だって話だし」


 ヒロが饒舌に語っていった内容に、昶も亜耶も「なるほど」と溢していた。


 ヒロやビアンカの世界に別世界から訪れた者の事例がある。しかも、彼ら『異世界転生者』『異世界転移者』は元の世界の知識や技術を持ち込み、異世界の生活水準に干渉する業績を残しているらしい。恐らく(たま)われた事柄の数々は、この異世界にそぐわない時代錯誤遺物――、オーパーツとなっているはずだ。

 しかしながら、昶も亜耶も偉業を成した功績者と一緒にされると、正直困ってしまう。自分たちは異世界に伝えられるものを持ち合わせていないのだから。


 まさか期待されていないよね、と昶と亜耶が目配せで語らい合い薄ら笑いをする。示し合わせたように黒と金の二対の瞳がヒロとビアンカへ向くと――、期待に満ちた好奇心に輝く紺碧と翡翠の瞳が二人を見据えていた。


**


 ヒロの言う『稀人(まれびと)』として、異世界の人間に授けられる知識も技術も無いと動揺した昶と亜耶だったが――。そんな二人の焦りを知ってか知らずか、ヒロとビアンカが(たまわ)る知識として求めたのは、“紫電”に関してのこと。

 その程度のもので済んで良かったと、昶も亜耶も内心で胸を撫でおろし、自分たちが知る限りの魔導機兵の話を簡単にしていった。


「へえ。こいつ、『魔導機兵』っていうんだ」


「そう。あたしたちがお世話になっている傭兵部隊“アトロポス”が主要にしているのが、この“紫電”って通称名が付いた魔動機兵よ」


「それじゃあ、昶さんと亜耶さんは傭兵として、これに乗って戦っているの?」


「あたしたちには『セレーネ』って名前を付けた別機種の魔導機兵があったんだけど……」


「普段は“フェンリル”という機体に乗っています。今回は傭兵部隊の汎用機である“紫電”に搭載予定だという、新システムと新装備のテスト代行の名目で、この複座型機体を借りていたんですよ。ちょっと気になるシステムで、興味を持ってしまったもので」


 “紫電”はグレーのロービジ塗装が施された量産型の汎用機である。例えるのならば、某リアルロボットアニメのやられ役――、それでもコア層からの人気を誇る某連邦軍の赤と白が特徴的な機体や淡いグリーンカラーの量産機のような、やや無骨さの残るデザインだ。

 この“紫電”に搭載が予定されていた新システム及び新装備の実装テストで、昶と亜耶は新しいものに興味を抱いき、テストパイロットに名乗りを上げて偶々“紫電”に搭乗していた。


 本来であれば、昶と亜耶は“フェンリル”の通称名を持つ魔導機兵を所有し、扱っている。複座機にするなど、専用に様々なカスタマイズをされた機体は、『セレーネ』というギリシャ神話の月の女神の名を付けられている。濃いブルーと明るめのブルーで二色塗装が成され、“紫電”以上にスマートでフォルムが美しい。

 機体の性能や装備を維持するため、傭兵業だけでなく他のアルバイトにも勤しんで維持費を稼いでいるが、()()()を良い状態に保つためならば頑張れる。この『セレーネ』をお見せできないのが非常に残念――、と。昶が悲観と自慢を複雑に織り交ぜて多弁に綴った。


「へー……、なんか言っていること、正直よく分からないけど。ただの偶像じゃなくて、凄く大きな鎧ってところか。でも、こいつ自体に攻撃手段が色々あるみたいだし、武器とも言えるのかな」


 昶の熱弁をヒロは『よく分からない』の一言でバッサリ切り捨て、自分なりの解釈を口にする。あまりにもあっさりとした返しに、昶は思わず肩を落とした。


「ま、まあ。武器や鎧って言い方も語弊(ごへい)があるんだけど、そんな感じかなあ」


 魔導機兵はアニメで言うところの人型機動兵器である。『兵器として何らかの武装が施されたリアルロボット』が概要なので、武器や鎧と呼称してしまうには大分違う。

 だけれども、そんな話をヒロやビアンカにしたところで一切通じないだろう。なにせ、この異世界の重火兵器の知技は先込め式のマスケット銃止まりなのだから。これは初めて出逢った際に、昶のオートマチック拳銃で威嚇射撃をされたヒロが連射できることで大いに驚いていたため、知見として間違えは無いはずだった。


 そして、自然豊かな印象を受けた異世界に、その自然を壊しかねない知識や技術を残していくのも気が引ける。

 だので、ちょっとした勘違いの解釈は正さずに放任してしまおう。そう考え、昶は亜耶と目配せをし合い、魔導機兵に関わる詳細な情報伝達を控えるのだった。


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