<類は友を以て集まらない>前編
「え? ビアンカちゃんの友達の職場?」
「ええ。どこかで働いてみるって言うなら、相談しようと思うんだけど。どうかしら?」
「まあ、そうですね。紹介してもらえるというなら助かりますが、こんな急に大丈夫なのでしょうか?」
「それは問題ないと思うわ。お昼の時間帯に人手が足りなくて大変だから、急でもいいから手伝いに来られないかって誘われていたし」
オヴェリア連邦艦隊の最新鋭艦造船を見学した翌日、宿の食堂で少しばかり遅めな朝食を摂っていた際の会話であった。
因みにヒロは朝早くから大統領の急な呼び出しがあり不在。――首都・ユズリハに出てくると諸々当てにされるのか、なんだかんだ忙しい身の上らしい。
ビアンカと昶と亜耶の三人で円テーブルを囲み、食事を進めながら今日の予定を話し合っていたのがほんの少し前。
ヒロが戻るまでの空いた時間は、首都・ユズリハの回りきれなかった地区を観光してみようか。そんな風に話がまとまりかけていた中で、ふと昶が溢した言葉があった。
――『お土産代くらい自力で稼ぎたいわよねえ』
ヒロが国の主要役職――公務役員的な職に就いているためか、稼ぎもいいらしく金の使い方に躊躇が無い節がある。そのため、宿代から始まって今までの食費、海遊びの際の船賃や水着代などなど、全てがヒロ持ちなのだ。
異世界観光で土産物の一つも欲しいと思うのだが、それを口にすれば間違えなくヒロは当然の如く買い与えてくれるか、若しくは金銭を渡してくるだろう。
だがしかし、それはいかがなものか。如何せん甘えすぎだろう、というのが昶と亜耶の考えであった。
例えば異世界の常識が無くともできる、一日だけの仕事は無いものか。そんな話の流れとなって、ビアンカの友人が務める店で仕事があると言われ、先のやり取りになったのだった。
単発かつ昼食時だけの短時間勤務で良いのなら、条件的に願ったり叶ったりだ。ビアンカの話を聞く限り、彼女でもできそうな業務――ウェイトレスのようなものだろう――なので、大した知識も技術も必要なさそうな、『未経験者可』の類だとも思われた。
*
「因みに何のお店なの? 食堂とかなのかな?」
「夜に酒場をしているんだけど、昼間は食堂をやっているんですって。お昼ご飯の時間帯は昼食に向いたメニューにして、少しだけお酒も提供しているって。昼と夜とで仕事内容も客層も全然違うから、昼間は安心して手伝いに来てねって言われたわ」
「昼間の空いた時間帯にランチを提供している酒場ですか。――というか、『昼と夜とで仕事内容も客層も全然違う』の件が引っ掛かるのですが、どういうことでしょう?」
「うーん。ヒロにその話をしたら、そこって夜は男性客ばかりの女性客禁制な酒場だから、絶対に夜に手伝いに行っちゃダメだって。女の子たちはお店の上の階に下宿しているんだけど、みんな夜に忙しくて凄く夜更かしで疲れていて、だから昼間は働きに降りてこられないみたい」
「あー……、なんかお察ししたわ。さすが異世界、海の男が闊歩する国ね」
「まあ、聞いた感じ、昼間は普通のウェイトレス業務っぽいですし。大丈夫じゃないですか? ビアンカさんが誘われたのを聞いて、ヒロさんは夜の手伝いだけ禁止にしたみたいですし?」
ビアンカの説明から推察するに、恐らく彼女の友人が務める店は酒場を兼用した娼館だ。そして、ビアンカ本人は件の友人の本職を今一つ理解していない。
昶も亜耶も水商売に関して大きな偏見は無いが、些か躊躇いもある。――のだが、純粋培養なビアンカが手伝いの話題を出し、ヒロが昼夜問わずに完全禁止としていないなら、昼間はヒロ的にセーフな仕事内容なのだろう。多分。
しかし、まあ。ビアンカの友達というので似たようなタイプかと思ったが、娼婦と思しき相手とは意外や意外の心境だ。
『類は友を以て集まる』と諺にあるが、今回に限っていえば『類は友を以て集まらない』で、どうやって知り合ったのかが気になるところである。
「まあ、やるだけやってみようかな。お土産を買うお金は欲しいしね」
「ですね。ビアンカさんの紹介なら面倒事にはならなさそうですし。無理そうだったら……、こう、拳で語りましょう」
「えっと……、あまり荒いことはしないでね。無理だなって思ったらすぐに言ってね……?」
実際に手伝いをしてみて、接客相手の度が過ぎていたら――。そんな想定で昶と亜耶が拳を突き出す様を目にし、ビアンカは嫌な予感を感じつつ苦笑いを浮かべるのであった。
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鼻に付くのは香水の甘い香り。だけども嫌味なものではなく、上品さを感じる香りだった。
目の前に立つのは、艶やかな黒髪をルーズアップ風に纏め上げ、桑の実色の釣り目気味な瞳の妙齢の美女。ボディコンシャスな黒いタイトロングドレスの下はコルセットで締め上げているのだろう、凹凸がハッキリした体のラインが情欲的で、妙な色香を漂わし年齢不詳な雰囲気も漂わせた、所謂美魔女である。
――因みに至極美人ではあるが、若干化粧が濃いという印象も受けた。ただ、そのお陰か、この女性を初めて目にして『やり手』という第一印象を与えたので、ある意味で彼女に似合った化粧ともいえる。
「待っている間に読んでもらった業務内容書の通り、この店――“春宵の黒猫亭”は国の公認で営業できているの。なので安心・安全を謳って、女の子がなんの心配も無く働けるよう努めているわ」
穏やかな口調で美魔女――、“春宵の黒猫亭”の店主であるマダム・ナツノが言う。
ビアンカの友達だという少女に、昼の時間だけ昶と亜耶を含めて手伝いをしたいと相談したのが少し前。件の友人は嬉々として歓迎してくれ、すぐさまマダム・ナツノへ話を持ち掛けてくれた。
やたらとテンションが高い少女の話を聞く感じだと、昶と亜耶、ビアンカの三人は今回一日体験入店での雇用扱いになるらしい。
マダム・ナツノを待つ間に店の業務内容の説明書きを渡され、異世界の文字が読めることを不思議に思いつつ――もしかすると異世界で不便が無いよう、花冠の少女から何らかの補正の魔法を授かっていたのかもしれない――、手伝いをするにあたって懸念していた部分は解消された。
因みに読み上げた業務内容書で理解したことは、簡単に言えば以下の通りである。
一つ目。この店は、昼間は飲食店として、夜間は公娼――国公認の娼館だ――としての営業をオヴェリア群島連邦共和国に認められていること。
二つ目。昼間の業務で夜間のような客取り行為は禁止されており、老若男女を客層とした飲食店を営業していること。
――と、他にも昼間の従業員は接客で問題が生じたら即刻マダム・ナツノへ報告。品行下劣の該当客へ、出入り禁止措置の施行許可を得ている旨など、かなり厳しく取り決めされているようだった。
夜間の業務については別途で業務内容説明書があるのか詳しく書かれておらず、一緒に読み上げていたビアンカは普通に飲食店として理解したようである。――ここまで鈍くて純一無雑だと色々と大丈夫なのか不安になるな、と昶と亜耶に思わせたのはひとまず置いておこう。
***
「お昼の開業時間は11時から15時まで、その間の接客や注文取り、配膳をお願いするわね。詳しい話はシヲリに聞いてちょうだい」
部屋の片隅にある休憩スペース席で話を聞いていた少女が、名指しされた途端にパッと表情を華やかせた。
「はいはい、お任せあれ。ビアンカちゃんも昶ちゃんも亜耶ちゃんも、シヲリ先輩を頼っちゃってちょうだいね」
椅子を蹴る勢いで立ち上がるや否や、大きく挙手した少女――シヲリが嬉しそうに述べた。このシヲリがビアンカの友達である。
黒髪を脱色したと思しき明るい茶髪はハーフアップにされ、栗色の瞳は大きめでくりっとしている。年頃は昶や亜耶と同じくらいの、顔立ちの整った背の高い美人だ。
しかしながら、肩と背中が大きく露出した膝上丈の淡い桃色ワンピースドレスは、昼間の業務で着るには攻めすぎだろうとか思ってしまう。
「いやあ。ほんと、ビアンカちゃんが手伝いに来てくれて嬉しいよ。その上、美人なお友達まで連れて来ちゃってさあ」
マダム・ナツノが退室するのを傍目に、シヲリは捲し立てるように口にしていく。かなりテンションが高い性質なようで、ギャルに近い空気といえばお察しいただけるだろうか。
昶と亜耶が自己紹介した瞬間から「昶ちゃん・亜耶ちゃん」呼びで、良く言えば人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしいタイプだった。まあ、このような性格なら気兼ねも必要なく、ある意味で助かるともいえる。
「ねえねえ、お花の髪飾りは付ける? 付けちゃう?」
「あー、っと。それは遠慮しておくわ。あたしたち、昼間の手伝いだけのつもりだし」
これも業務内容書に記載されていたこと。――花の髪飾りを付けている女性従業員は、夜の業務も行っている印なのだ。かく言うシヲリの茶髪には白いブーゲンビリアを象った花飾りが付けられている。
この花飾りは、昼も夜も訪れる客が女の子の予約をする際に用いられ、夜の約束をして前金を払った客へ渡される。そして、花飾りを外した女の子は予約済みの印として手首に赤いリボンを結ぶそうだ。
「そっかあ、正直言うと夜の方が稼げるんだけどねえ。まあ、無理強いしても仕方ないし、変に勧めるとヒロ君に怒られちゃうから止めとこう」
ふうっと諦観の溜息を吐き、気を改めたのかシヲリはにっこりと再び笑顔を向ける。そして口を開き説明を続けていった。
***
シヲリによる説明の都度つど、疑問に思った部分で質問をしていく形式になったが、大体の流れは普通のウェイトレス業務と変わらないようだった。
ただ一つ、違いがあるとすれば――。
「――そのお客さんとお喋りする時間って、呼ばれたら行けばいいのよね? お話ってどんなお話をするんでもいいの?」
「うん。楽しく会話するもよし、一方的に喋り倒すもよし、聞き専に徹するのもよし。基本的にはお客さんのタイプに合わせて臨機応変にやっていく感じかな」
「そうなのね。私、そういうの得意じゃないから、上手くできるか心配だわ」
“春宵の黒猫亭”の昼間の営業には、オプションとして女性従業員とのトークタイムを儲けていた。さすがは夜間に娼館として機能している店である。
女性従業員の人気によって、オプション金額はまちまち。新人及び一日体験入店の従業員のオプション価格は一律で10分大銅貨三枚――三〇〇円相当額だと推測する――だそうだ。
そして、このトークタイムの稼ぎ八割が給金に別途あてられるとのこと。なかなか美味しいシステムではあるが、お喋りが苦手と謙遜するビアンカは憂慮を顕わにしている。
「ビアンカさんの場合、にこにこ笑って聞いていれば大丈夫そうな気がしますね」
「だね。高齢女性のお客さんも多いっていうし、孫とお話する感覚の人にはウケそうかも」
「そ、そうかしら……。昶さんはどんなお喋りも上手にこなしそうだし、亜耶さんも卒なくこなしそうだし。寧ろ二人に全部お願いしちゃいたいくらいよ……」
「あはは、始める前から心配しすぎだってば。習うより慣れろってことで、やってみなくっちゃね。――そうしたら、更衣室に昼間用の仕事着があるから好きなのを選んで着替えてもらって、その後にホールに出て接客の流れを説明するね」
こうして昶と亜耶、ビアンカで昼間は飲食店・夜は娼館という異質な店の手伝いをすることになるのだが――。
上手くいくのかいかないのか。そこは神のみぞ知るという現状なのであった。




