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<大海の守護帆船>後編

「朱色の布地に金の龍。いや、(たつ)というより蛇型の水竜なのかな?」


「そうですね。東洋の龍は角があるものですが、この紋章の竜には角の代わりに(ひれ)があります。どちらかというとドラゴン種――シーサーペントといった感じでしょうか」


「若しくはリヴァイアサンかなあ。あのゲームのタイダルウェイブのアレ」


「ああ、言いたいことは分かります。それの方が面影もシックリきますね」


 今いるのは造船島に詰める職人たちが使う建物の一角、ミーティングなどで使用される所謂(いわゆる)会議室だ。

 その部屋の壁に広がるオヴェリア群島連邦共和国の国旗、朱色の地布に金糸で施される波を描いた華美な縁取りと中央の蛇型の竜の紋章を見て、昶と亜耶が考察を口にする。


 水竜と思われる紋章は、例えるならば日本の代表的なテレビゲーム――。製作者たちが「最後の作品・最後の夢」になるであろうとの意味を込めたタイトルだという、某シリーズに登場する幻獣だったり蛮神だったりするリヴァイアサンのイメージが近いだろう。


「あの竜の紋章って、群島に伝わる海の守り神がモチーフなんだって、前にヒロは言っていたわよね」


「そうだよ。普段は綺麗な女性の人魚の姿をしているんだけど、(わざわい)が起こると海竜に変化(へんげ)して、僕たち海の民を守ってくれるって信じられている。その海竜が国章にされているんだ」


「へえ、海の神様なんだ。朱色の布に金の紋章だったら、海上で船に掲げても目立ちそうね」


「そうですね。印象も強いですし、識別しやすそうです」


 碧い海原で風を孕ませて(ひるがえ)る、朱色の地布と金縁波模様に金の海竜が描かれた国旗。その情景を頭に思い浮かべるだけでも海に至極映えるだろうことを想像できた。


 そんな話をしていると、コンコンッ――と乾いたノック音が部屋に響く。漸く待ち人が訪れたらしい。


 オヴェリア連邦艦隊、その最新鋭艦の造船現場を見学させてもらったのが小一時間ほど前。

 何気なく昶が「さすがに設計図とかは見せてもらえないよね」と聞いたところ、ヒロすら渋る申し出だったが、駄目元で現場監督へ確認の伝言を頼んでくれた。――伝言役の運んできた返答はもちろん『ノー』だった。言いだした昶本人すら当たり前だと笑ってしまう当たり前さである。

 だが、ヒロの客人の申し出だからか、設計図の代わりに完成予想模型と素材サンプルを見せてくれるというのだ。


 そして、それらを見させてもらうために指定されたミーティングルームへ案内をされ、多忙な現場監督が現れるのを待ち、出された飲み物の氷が半分ほど溶けた頃、漸く現場監督が訪れるに至ったのである。


********


 部屋に訪れたのは白い軍服――アメリカ海軍士官制服に似た格好の男三人。一番に足を踏み入れた男が大きめな船の模型を持ち、後ろに控える二人は各々に木板などの素材と替えの飲み物の乗った盆を持っている。

 と思えば、三歩ほど引いて入ってきた男二人は素材を机に置き飲み物を交換し、会釈をした後に部屋を後にしていく。――どうやら模型を持って入ってきた男が現場監督らしい。


 緩い(うね)のある短めな黒髪に、垂れ目気味な深く青い勝色の瞳。微かな笑みに上がった口元にはホクロのある、白詰襟の軍服が似合う背の高い男だ。年齢は三十代前半くらいだろうか。

 それにしても、何故か既視感を覚える人物だと思った。初対面なはずなのに初対面ではない感覚というか、どこかで会ったことがあっただろうかと思ってしまう。


「お待たせしてしまい申し訳ない。お初にお目にかかります、麗しいレディたち。――自分はここの現場監督を任されているタクミ・ブラバーといいます。以後お見知りおきを」


 オヴェリア群島連邦共和国の敬礼だという、右手を拳に握って左胸に押し付ける仕草を取った男――、タクミは爽やかな笑みを女性陣に向けた。

 そんな自己紹介を受け、昶と亜耶、それにビアンカは「ん?」と反応を示す。ヒロはどことなく苦笑いである。


「ブラバー……?」


「ブラバー……って。あ、あれ……?」


「なんでしょう……。どこかで聞いた、ような……」


 不意と脳裡を掠めたのは、早とちりと思い込みの勘違いが(はなは)だしい残念な海賊頭目。

 ああ、そうか。見覚えがあると思ったら、このタクミという男はイリエに似ているのだと思い当たった。


「ははは。もしかすると愚弟に会いましたね?」


 ある種の問題発言に、次に女性陣は揃って変な声を出していた。だが、当のタクミは笑顔を崩さない。


「え、ええー……。イリエ氏の、お兄さん……?」


「はい。自分は三兄弟の次男で、血縁上は()()の兄にあたります。その微妙な反応から思うに、あの放蕩愚弟は未だに馬鹿をやっているようですね」


 その口振りに引っ掛かりを覚える。どうにもイリエのことを快く思っていないような言い方だからだ。

 しかしながら、初対面相手に突っ込める者もおらず、昶も亜耶もビアンカも口を噤んでいた。内心で聞いてみたいな、などと思っていると、間を空けてヒロが口を開き――。


「その言い方だと、イリエのやつとは暫く会ってないんだ? なんか親父さんとカイトと大喧嘩して、そこから実家に寄り付かなくなったって聞いたけど?」


「ええ。父とカイト()から『いつまでも海賊ゴッコで遊んでないで、嫁を貰って身を固めて家業を手伝え』と言われたらしく、それで『遊びじゃない』と言い合いの喧嘩になったようですよ。用意された縁談話も蹴飛ばしてしまって、寄り付かないというより勘当扱いといったところですね。――と、自分の家の事情話はいいでしょう。こちらが艦船の完成予想模型と素材サンプルになります、どうぞ椅子にお掛けになってください」


 ヒロの問いへの返答は実に興味深い内容だったが、タクミに苦笑いと共に話を逸らされる。

 寧ろブラバー家の事情をメインに聞きたくなったが致し方ない。そんな諦観(ていかん)を胸に抱き、一同は席に着くのだった。


*********


 机上に並べられた造船素材のサンプルは50センチ長の長方形に切られた、木材本来の色合いを残した物と塗装が施された物とある。

 だが、何よりも目を惹いたのは、タクミ自らが持ち込んできた造船模型だった。


 百五十分の一ほどのスケールだろうか。先に見学したオヴェリア連邦艦隊の最新鋭艦設計が終わった際、オヴェリア群島連邦共和国お抱えの造船模型技師に造らせたという(くだん)のクリッパー船の完成予想模型である。


 スマートな船体上に広がる横帆(おうはん)はメインマストに六枚、フォアマスト・ミズンマストに各五枚。そして、ヒロが説明してくれたように縦帆(じゅうはん)のステースル――三角形の帆の部分だ――が通常の帆船に比べて枚数が多い。索具(さくぐ)が縦横無尽に張られているが実に緻密だ。

 旋回砲が船首の舷墻(げんしょう)に三台、船尾の左右に一台ずつ据えられている。舷側に開く砲門からもカロネード砲を象った砲口が覗き、かなり精巧に作られているのが分かる。


「凄い神クオリティ……、この模型ほすい……」


 キラッキラな眼差しで昶が呟く――と、途端にヒロがぎょっとした表情を見せた。「冗談だろうけど、冗談だよね?」という疑問が顔に表れている状態だ。


「えっと、さすがにあげられないよ? 持って帰っちゃダメだよ?」


「えええ、記念のお土産に頂戴よ。大事にして部屋に飾るから――と冗談は置いておいて、凄いと思ったのは本当よ。それに綺麗だし、現物の完成が楽しみね」


 完成予想模型は塗装もされているのだが、その見目が美しい。

 船底から手摺にかけて、そしてマストも白く塗られ、大きく開く帆も全て白で統一されている。唯一、甲板だけがオイル塗装なようだが、全体的に真っ白な印象だった。


「新しい船は船体も帆も綺麗な白なのね。船底まで白いけど、このザラザラした素材ってなに? ここに並んでいるこの素材よね?」


 本来であれば船底は銅板仕上げをされた銅色、もしくは亜酸化銅を含んだ塗料で塗られて赤銅色なことが多い。――因みに銅板仕上げや亜酸化銅塗装をされるのは、海藻やフジツボ類が付着することでの船の速力低下や船底が傷むのを防止するためである。

 だが、ビアンカが口にした通り、塗装がされた完成予想模型の船底は真っ白な色――、かつ木材とも違うザラザラとした見た目なのだ。素材サンプルにも並んでいるが、木材と違って何かの皮という印象だった。


**********


「ああ、こちらは漂白した鮫皮ですよ。銅板や亜酸化銅塗料より海への害も少なく親和性が高いので、試験的な面もあるのですが今回採用となった素材です」


「え? 鮫の皮を使っているの?」


「鮫の体って小さな鱗に覆われていて、その表面に更に細かい棘が並んでいる。だからザラザラするんだけど、このザラついた表面って粒子とかが付着しにくいんだ。元々が海の生物の素材だから海水との相性もいいし、万が一剥げても影響が少ないだろうってね」


「へえ、海を汚さないための工夫なのね。漂白しているのには理由があるのかしら?」


「うん。これだと喫水線の位置が分かりにくいでしょ。これは敵さんから見るとパッと見で沈み具合が分からなくて、積載量や搭乗員数の予測がつけづらく対応しづらくする効果があるんだ」


 昶や亜耶の世界には索敵用のレーダー類が発展しているが、ヒロやビアンカの世界では未だに目視での索敵が主流。望遠カメラを使用して拡大モニターできるはずも無く、相手の戦力を図るのも己の目に頼る必要がある。

 なので話を聞いて、敢えての真っ白塗装なことに納得がいく。海原での戦いに長けた民が幾星霜(いくせいそう)の模索をして培った戦術と、正統な海戦術を組み合わせた故の策略なのだろう。


「白塗装だと日中の海で発見されづらそうですし、色々と考えられていますね」


「敵が気付く頃には射程圏内に収めて砲撃が可能ってことか。――『連邦の白いヤツ』って通り名が付きそうね」


「えっと……、ええ。言われてみれば、『白い奴! なんという運動性能だ!!』とかなりそうですね。この場合は速力なのですが……」


 某ロボットアニメで度々聞かれる『連邦の白いヤツ』なる通り名、連邦軍が所有する極めて強力な戦闘能力を持つ“白いモノ”に対する畏怖を込めた呼称。

 それをオヴェリア連邦艦隊の白い最新鋭艦に重ねてしまい、ある種のインパクトを昶と亜耶に植え付けるのだが――。そんなことはヒロたちに伝わるわけもなく、説明も含めつつの談話が続いてく。


「――それにしても、サンプル材だけじゃなく模型まで出してくるって思い切ったね。女の子の頼みだからって現場監督が甘すぎやしない? 上の連中にバレたらどうすんの?」


「設計図は国外秘を言いつけられていますが、完成予想模型に関しては達しがありませんでしたからね。レディの頼みだったのもありますが、英雄殿と客人は口が堅いと思いましたし、見せても構わないと判断しました」


 部下たちも無駄口を叩きませんので――。そんな風にタクミがヒロの指摘に返せば、ヒロとタクミは顔を見合わせてくつくつと笑う。


「お得意の屁理屈口撃(こうげき)は健在だねえ。兄弟して口が滑らかなところが変に似ているんだから」


「いやあ、ははは。生憎とこの口はここでは武器になりません。いつも棟梁連中に言い負かされて泣いていますよ」


「泣くような()()じゃないでしょうよ。親方たちの言い分に理詰めで反論してるのが目に浮かぶね」


 ヒロとタクミの取り交わしはまるで悪友然なものだ。男同士の友情が垣間見える和やかな空気の中に、「イリエ()がひがまないのか心配」と女性一同は感じるのだった。


<いきなり次回予告>

オヴェリア連邦艦隊の最新鋭船見学の最中でふと気付いたことが一つ。

それを問うていると、返ってきた答えは――。


亜耶「イリエさんの船も名前を付けているようでしたね」

ビアンカ「確か“シレナ”って、群島では『人魚』の意味だったような……」



次回:<それって好きすぎない?>

※次話はまた執筆完了次第、更新していきます。

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