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<大海の守護帆船>前編

 前日の海遊びで疲れた重怠い身体を休めるため、翌日は自由行動になった。

 ヒロは朝早くから別行動に。なので、昶と亜耶はビアンカに案内をされて首都ユズリハを散策してのんびりと過ごし、改めて異世界観光を楽しんだ。


 そして、日が変わり本日――。

 オヴェリア群島連邦共和国は、暑すぎず涼しすぎずの心地いい晴天なり。


 眩い太陽の光が海の水面(みなも)に反射する情景を船で抜け、降り立ったのは幾多の船が停泊する一つの島だった。

 ここは海遊びに興じる直前にヒロが話をした、オヴェリア連邦艦隊の船を建造する造船島だ。


 島の(なか)ほどには造船所(ドック)である巨大な木造建物があり、(かたわ)らには(うずたか)く積まれた木材がある資材置き場や倉庫と思しき建物、それに休憩所や寮だと思われる建物が幾つも見える。

 歩みを進めて傍目で映るのは、造船所(ドック)から海へ向かって伸びる太いレール。先の憶測で思ったが、これは新造船舶を造船台から進水台へと移動させて入水する船台進水方式なのだと物語っていた。

 事前に船から遠目に見て予想はしていたが、かなり大規模な施設だ。


「機械の音というのがありませんね。ノコギリや(ノミ)、釘打ちの音だけというのが不思議な感じです」


「うんうん。やっぱりこっちの世界は機械技術がそれほど発展していなくて、完全に手作業で造船しているんだね」


 目に映る景色に考察しながら気が付いたのは、造船所に近づくにつれて聞こえてくる造船の音。しかも音の中には機械の唸る音は一切無く、木を切る斧や(ノコギリ)(ノミ)の音、釘を叩きつける音などなど。そして、船大工――造船技師たちの大きな怒鳴り声の喧噪だった。

 それらを耳にして、ヒロやビアンカの住む世界は機械技術が然程(さほど)発展していないのを改めて実感した。金属の類は存在しているようだが、その殆どが手仕事の賜物なのだ。


「私も造船施設のある島には初めて来たけど、みんな凄い大きな声を出して作業をしているのね」


 船大工たちの道具音が辺りに響く中に、それに負けぬ音量で飛び交う怒号ともつかない声の数々。それをビアンカが指摘すれば、ヒロはこくこくと首を縦に振るった。


「どんな職人も気性が荒いのが多いけど、ここに詰めている造船技師(おやっさん)たちは別格だね。みんな自分の仕事に命を懸けているって感じで、下手をしたら船乗り連中より怖いよ」


 僕も下手に足を運ぶと怒鳴られたりするくらいだもん――、と続けていきヒロはからからと笑う。


「国の主要人物なヒロさんでさえ怒鳴られるって……、なかなか強者揃いですね」


 古今東西で職人というものは己の仕事に誇りを持ち、崇高な場合が多いと言われるが――、ここまでくるとクセが強そうな印象を受けた。



「まあ、あれだね。おやっさんたちは船に乗る軍人の命だけじゃあなく、群島の人々全員の命を預かっているといっても過言じゃない。だから下手な船作りはできない――って、プライドを持って取り組んでいるんだよ。気合いの入り方が違うんだろうね」


 戦闘行為では最前線で戦う兵士の活躍に目が行きがちだが、それは影の立役者たちの清進があってこそ。それをヒロは心得て、当たりの強さも造船技師たちの誇りの顕れだと言う。

 そんな言い分を聞き、感嘆の溜息が口端を零れた。


「うーん、そう言われればそっか。戦闘の勝敗が、もしかしたら自分の作った船の出来で左右されちゃうかもしれない。欠陥があったなんて以ての外だし、ピリピリしちゃうもんだよねえ」


「なんというか……、“当たり前”として受け入れすぎていて、気付かされた感じがしますね……」


「うん、そうね。うちの整備士たちも同じような感じよね、きっと」


 昶や亜耶も魔導機兵を信用して戦えるのは、その魔導機兵を事細かに調整して整備をしてくれる職人がいるからこそなのだ。

 こうした考えを昶も亜耶もヒロの話に重ねて思い、無事に元の世界に戻れたら整備士たちに労いをしようと思うのだった。


「――ああん? 今日は英雄の旦那が視察に来るって聞いていたが……、こりゃあ意外なのを連れてきたもんだなあ?」


 喧噪に湧く船大工の男たちが行き交う導線を避け、雑談を交えつつ場景を見つつと歩む最中。あと少しで造船所(ドック)の大きく口を開けた出入口だという頃に、不意と投げ掛けられた言葉。


 声の(ぬし)へ一同の目が向くと、そこに居たのは背が低いにも関わらず筋骨隆々な体躯をした髭面強面の中年男。一見するとドワーフかと見紛うばかりな見目だ。

 その後ろには付き従うように控える数人の男たち。こちらもフィジカルモンスターかという日焼けた肌の筋肉の持ち主ばかりである。


「やあ、親方たち。今日は世話になるよ」


 早々にヒロがにこやかに返すが、強面の中年男――ここは暫定的に親方と示そう――は連れ立った昶や亜耶、ビアンカへねめつけるような視線を向けた。と思えば、次には「ふん」と鼻を鳴らし、なんとも嫌な雰囲気を窺わせる。

 敢えて言うならば「なんだ女か」と怪訝に語る目だろうか。そうした空気を聡く感じ取り、昶と亜耶は顔を顰めてしまった。


「あのなあ、英雄の旦那。あんたが視察に来るってんで、俺たちゃ気合い入れていたけどよお」


「女が来るってのは聞いてねえぞ。いくら英雄様の頼みだっても礼儀ってモンがあるだろうよ」


 そして、只ならぬ空気で予測はしたが、案の定といった切り出しを受けた。


**


 次々と言葉で責め立てられるヒロは眉根を下げた苦笑いを浮かし、特に言い返すこともしない。


 ヒロが言っていたように、国の管下にある造船所は国の存亡を左右しかねない。だので、ここに詰める造船技師の男たちは、己の職務に矜恃を持っている。(ごと)く『男の神聖な職場』なのだ。

 そのような場所に女性が足を運んだとなれば、例え国の首席に近いヒロの客人だとしても歓迎できないのだろう。


 これは都合の悪い頼み事でヒロを困らせてしまったか――。そんな風に考えて女性陣で目配せしあい頷きあい、昶は率先して口を開いた。


「あのさ、ヒロ君に無理に頼んだのはあたしだから。それを無理も承知で聞いてくれたのよ」


「そうです。無理矢理にお願いをした私たちが悪いのですし、あまりヒロさんを責めないでください」


「女性が立ち入っちゃいけない場所だって思っていなかったの。不愉快にさせてしまって、ごめんなさい」


 昶に継いで亜耶とビアンカがヒロの擁護を口にする。と、親方含めた男たちの視線が一斉に向き、勢い冷めやらぬままで言葉を続け――。


(ちげ)えし! 女が来るのは駄目たあ一言も言ってねえ!」


「女連れなら事前に言ってもらわねえと困るって言ってるんだ!」


「そうだそうだ! 見ろよ、この無精ひげを! そして嗅げ、この汗臭さを! こんなむさ苦しさ増し増しで女性の前に出なきゃならねえとか、どんな拷問だよ!!」


「女の支度に時間がかかるように、俺たちだって身だしなみの時間が必要なんだっての!!」


 最後に「英雄の旦那は人が悪いっ!」と声を揃え、再び男たちの視線がヒロへ向く。

 早口で一気に捲し立てられた女性陣が唖然とする中、当のヒロは分かっていたのだろう。頬を指先で掻き、尚も苦笑いのままだ。


「あー……っと、うん。ごめんねえ。……でも、僕としては素のままのみんなの仕事を見てほしかったんだよね。変な方向に気合い入られても不自然だし、職人の仕事って汗水流して働いている姿が格好いいじゃん?」


 最後の方に女性陣へ紺碧の瞳を向け、「ね? そうだよねえ?」と気の抜けた声音で同意を求めてくる。

 その様子に、ヒロの性格を知るビアンカが何かを察したらしい。こくこくと頷き――、昶と亜耶へ目配せた。


「へ? ――って、ああ……、そうね。いつもの通りな現場を見せてもらえるといいかな?」


「そ、そういうこと、ですか。――そ、そうですね。ありのままの姿を拝見したいです。……ええ、ええ。誤魔化しとかじゃなく、本心から思います」


 ああ、なるほど。ヒロの言はその場しのぎな口舌なのだ、と。ビアンカの視線の意味を瞬時に悟り、昶も亜耶も咄嗟に話を合わせるのであった。


***


「えっと、ですね。私たち、普段通りの現場で皆さんが頑張って働いているところを見てみたくて、気を遣わせないように敢えて伝えないでってヒロにお願いしたんです。だから、気を張らないで普通にしていてください」


 昶と亜耶の言葉に続き、詰めの一手をビアンカが言えば、親方たちの顔色が変わった。


「そうそう、そういうことなんだ。女の子たちは男の外見だけじゃなく、何かに打ち込む姿やひたむきに頑張っている姿を応援したくなるんだって。だから変に小綺麗にしないで、普段通りでいた方が好印象だと思ったんだよね」


 更に王手をかけるべくヒロが継ぐと、毒気を抜かれたように親方たちの険しい面持ちが鳴りを潜める。――どうやら上手く誤魔化されてくれたようだった。


「ぐぬぬ。そう言われちまうと、仕事ぶりをしっかり目に焼き付けてほしくなるってもんよ」


「だなあ。ろくな持て成しはできないが、ゆっくり見ていってくれ」


「うん。僕が責任もって邪魔になったりしないように気を付けるから」


 だから気にしないで仕事に励んでほしいな、と。ヒロは親方たちが領得を窺わせた中で続けていく。


「おうよ。怪我だけしないように気を付けてくんな。そいじゃあ、俺たちゃ仕事に戻るぜ」


 言うや否や、親方が引き連れる男たち共々、何事もなかったかのように颯爽と(きびす)を返す。

 他の船大工たちへ叱咤激励を入れつつ歩む彼らの背を見送り、ふっとヒロは嘆息(たんそく)していた。


「……チョロいなあ」


 小声でぼそりと呟かれる言の葉。昶も亜耶もそれを聞き逃さず、くすりと笑いを溢した。


「やっぱり誤魔化しだったのですね。何とも口が上手いことです」


「それで、実際はどうだったのかな? あたしたちを連れて行くって伝えてなかったの?」


「実は、僕が見に行くって伝えておいてって城のヒトに頼んだけど、女の子を連れていくとは言っていないんだ。そうじゃないと仕事そっちのけで、女の子歓迎会とかいって酒盛りの準備をし兼ねないからさ」


「ええ……、お仕事しないでお酒を呑み始めるの……?」


「うん。親方たちはこの島で寝泊まりしている上に、ここって女っ気が全然ないからねえ。群島の男って基本的に女の子が大好きだから、女の子が来るってなったら下心で変な風に張り切っちゃうと思ったんだよ」


「国の仕事よりも女の子、なのね。まあ、おじさんあるあるなのかな」


 華の無い職場に勤めると、どうしても華を求めがちになる。男ばかりの現場へ女性が来るとなると、浮足立つだろうことも想像に難くない。


「あそこまで絡まれるとは思っていなかったけど、話が長くならなくてよかったよ。――それじゃあ、僕たちも中に入ろうか」


 思わぬ事態に足止めを食らったが、気を改め、ヒロたち一行は造船所(ドック)の出入り口へ向かうのだった。


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