閑話休題<とある海賊衆のお話>①
海側へと突き出たデッキを構える酒場。そこは清々とした広さの中に多数のテーブル席を備え、空も海も一望できる絶景を有している。頬を撫でる風も、それに混じって鼻腔を擽る潮の香りも心地いい。
常時であれば波の穏やかなさざめきが耳につき、夜間であれば目映い星空すら眺望できるだろう。あくまでも“常時”であり、“夜間”であれば。
見事な展望のビアガーデンでは、日中にも関わらずゲラゲラと煩い笑いが立ち、屈強かつ粗暴な雰囲気の男たちが酒臭い息を吐き、賑やかしく酒宴を取り行う。
男衆のシャツにベストといった衣服、腰に携えるカトラスなどの無骨な井出達から、彼らが海賊だと確信させるのは容易で――。かつ、店の主人や店員たちの眉を顰めた顔色から、あまり歓迎できない質の海賊衆だと推し量らせた。
そんな風紀の乱れた空間に混ざり、最も海寄りの席に腰を下ろし、しかめ面を見せる男がひとり――。
緩く畝のある黒髪に、勝色と呼ばれる深く青い瞳。その左目尻にある泣きホクロが、やや垂れ気味な眼差しに眠たげな彩りを与える。
身に着ける衣服や外套は辺りにいる海賊よりも小綺麗で、この人物が海賊衆の上に立つものだと悟らせた。
と、ここまで語れば何者かの予測もつきやすいだろう。
イリエ・ブラバー。これが彼の名であり、ここにいる海賊たち――“イリエ衆”を統率する頭目だ。
イリエの表情は顰められたまま。ジョッキに注がれた生麦酒を煽りつつ、火を点けたままの煙草をときおり手にして薫らせつつ、対面の席に座る人物を見据えていた。
勝色の瞳に注視されていたその人は、食事の手を止めると不思議げに首を傾いだ。
「どうしたの、難しい顔をしちゃって。未だ腰が痛むのかしら?」
鈴を転がすような少女の声が疑問を口にする。
首を傾げた拍子に頭上に戴く花冠が揺れるものの、花々の奥に隠れた瞳が姿を現すことはなかった。
いくら潮風に吹かれて花冠と亜麻色の長い髪、真っ白なワンピースがなびこうと、彼女の正体を知ることはできない。
イリエ曰くの『花冠のレディ』――、基、花冠の少女は謎に満ちた存在なままだった。
*
イリエが黙して答えぬままでいると、花冠の少女は何かを一巡考え――。と思えば、薄桃色の唇をにんまりと歪め、言葉を継いだ。
「海賊の男所帯で慕われ属性な頭目が“腰痛”を訴え、倦怠した雰囲気を漂わせる。なんだか昶さんとかが変な想像をしそうよね。でも、私はそっち系よりも男同士の友情や心の深い繋がり――、ブロマンスっていうんだったかしら。そういうのがお話としては好みなのよね」
「……花冠のレディが何を言っているのか、さすがの俺も理解不能なのだが。腰を痛めたのは英雄殿から背負い投げを賜ったからであって――」
「『これは名誉の負傷なのだ』、とでも言いたいのかしら? 変なヒトよねえ、あなたって。ヒロの周りにいるヒトの中で一番変なヒトなんじゃない?」
「そもそも俺が腰痛を悪化させたのは、花冠のレディにも原因があるのだが。いきなり人の上に落ちてきて、自分も大概に変だとは思わないのか」
イリエが呆れを混じえて嘆息すれば、花冠の少女は「あら、なんのことかしら?」などと恍け、止めていた箸を進め始める。
さような様子に、イリエは今一度の溜息を吐いていた。
思い起こすは一刻ほど前――。
この日は遅めの昼食を、安くて量が多いが売りの大衆食堂で摂ろうと思い立った。
ヒロに物の見事な背負い投げを見舞わされた背面打撲で痛む腰を押し、子分たちに介護をされてヨボヨボと路地裏を歩いていれば、不意と子分の一人が大きく声を上げた。
――『親分! 空から女の子が!』
それを聞いてなにを馬鹿なことをと思ったのも束の間――、ナニカが勢いよく衝突してきてイリエは石畳にうつ伏していた。
そして、そのナニカが花冠の少女だったのだ。
イリエを敷物にしたまま海賊衆に取り囲まれ、それでも焦らず悪びれもなくぺろりと舌を出した花冠の少女が言うには、『空間転移をしたら着地目測を間違えちゃった。お腹が空いていて集中できなかったせいね』とのこと。
その後は若干の悶着があったものの、花冠の少女の腹が盛大に空腹を訴えて鳴ったことで、海賊衆一同も空腹を思い出して場は和み――。
どういう事の成り行きか花冠の少女も連れて、小洒落た雰囲気な海辺の店に足を運んだ。
余談だが、酒類の提供もあるビアガーデンの食事は、高くて量がみみっちい。料理の味は良いけれど、当初の予定より遥かに予算オーバーな店だ。
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「それで、食事を振る舞う対価は? 俺たち“イリエ衆”は、慈善活動といった無償の施しをしない主義なのだが?」
イリエが率いる海賊衆の信条は『酒と喧嘩、奪って襲って犯すが海賊の華』の、悪事を積み重ねる海賊としての典型だ。“イリエ衆”は幾多の海賊集団とは違い、ヒロに従うこともしない。
花冠の少女の腹を満たす行為も善意からではなく、見返りを期待してのものだった。
だが、眇めた勝色に凄まれても、花冠の少女は臆すこと無くどこ吹く風の態だ。
「んー……、そうねえ。せっかく美味しいご飯もご馳走してもらったのだし、あなたが望みそうな対価っていうと……」
花冠の少女は空になった皿の上に箸を置き、「うーん……」と熟考の様を窺わせる。指先をこめかみ付近に当ててトントンッと叩く、ややわざとらしい考え方だ。
そんなことをイリエが内心で思っていれば、花冠の少女はパンッと両手を合わせ、良いことを思いついたと言わんばかりの笑みを口元に浮かした。
「そうねそうね。あなたの好きそうなものっていうと、“オヴェリアの英雄”に関わるじょうほ――」
「“オヴェリアの英雄”の情報だと?! 花冠のレディも英雄殿の信者なのかっ!!」
花冠の少女が言い切る前に、食い気味にイリエが声を荒げていた。――因みに『信者』は、言い換えれば『ファン』のことだ。
これには花冠の少女のみならず、周りで騒いでいた海賊衆も驚いたようで笑い声が止まり、一同の視線がイリエと花冠の少女の席に集中する。
恐らく花冠の下に隠れる瞳はぱちくりと瞬いているだろう。それを表す口元が言葉を紡ぐより先にイリエが口火を切っていた。
「……そうか、俺たちは推しを同一にした同志だったか。いや、なに。俺も英雄殿の情報を集めたり、哨戒があると聞けば予定海域に先回りして現れるのを待ってみたり追ってみたりもした。活躍の話を聞くのも好きだし、伴侶であるビアンカ嬢と英雄殿の逸話集めにも励んでいる。馴れ初めから始まる二人の仲睦まじい話の数々は、これがまた萌える話も多くてな。だが、なかなかと語り合える相手もおらず、いつか誰かと酒と食事を囲み時間も忘れて語り合えたらどれ程いいかと――」
「イリエ親分、ここは抑えてくだせえ」
「花ちゃんが困ってるっすから、落ち着いて落ち着いて」
イリエが言葉を紡いで煽り立てていくため、花冠の少女の方は口を挟めずにぽかんとしている。流石に見かねた子分たちから遂には静止が入る始末だ。
途端に不服を表す勝色の瞳に睨まれるが、子分たちは「どうどうどう」と馬や牛を扱うが如く怯まない。
***
「ところで――、『花ちゃん』とは何だ? そして何故に花冠のレディを庇い立てする?」
話に水を差された不服を勝色の視線に宿し、聞き慣れない名称を疑問として口に出す。
と、海賊衆は顔を見合わせあい――、再びイリエと花冠の少女を見やって気味の悪い笑みを浮かせた。
「その嬢ちゃんのことっす。花冠の女の子だから『花ちゃん』っすよ」
「昨日の立ち回りで惚れ込んだヤツが多くてですね。オジサンたち、ファンになっちまったんですわ」
「同好会も結成されやした。規約で“花ちゃんを困らせる行為は禁止”と登載してあるんで、たとえイリエ親分であろうと守ってもらいやすぜ」
イリエ親分は腰痛で寝込んでいたから知らないかもしれないっすけど――、と子分たちは息巻き続けていく。
海賊衆の話を聞くに、先日の噴水広場での出来事諸々がきっかけになり、彼らは花冠の少女のファンになったようだ。そして、同好会――ファンクラブである――まで結成し、あろうことか『花冠の少女への不当行為の禁止』を執り決めたらしい。
途中で「俺は入会した覚えが無いのだが」とイリエがツッコミを入れたが、そこは華麗にスルーされていた。
「昨日の今日で、また花ちゃんに会えると思ってなかったんで嬉しいっす」
「さっきはイリエの旦那を潰されてビックリしたが。年甲斐もなくオジサンたち、テンション急上昇だったんだなあ」
「あ、あああ、あの、その。オイラ、花ちゃんに濡れた布っきれで引っ叩かれた時に綺麗な星が見えて、あまりに衝撃的で恋に落ちたんだと気付いたんす。すす、すんません、ああああ握手してもらっていいっすかっ!!」
そんな話を聞き、当の花冠の少女はくすくすと笑っている。こちらはこちらで偶像崇拝よろしくファンクラブを作られ、満更では無さそうである。
花冠の少女が愉しげに笑うのを目にして、海賊衆はだらしがないほどデレデレだ。
そして、海辺の店の主人や店員たちに奇異の視線を向けられながら、どうしようもなく頬を緩ませた屈強な海賊たちがひとりの少女を囲んで、我先にと握手を求める異様な状況に至るのであった。




