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閑話<潮風そよぐ浜辺で>④

昶さんとヒロの方(あっち)で15点、こっちが14点。なんだか凄い長丁場になってきちゃったわね」


 ふぅっとビアンカが深く息を吐く。その声音は若干の疲れを帯びており、辟易した様を窺わせる。それに釣られて亜耶も意図せず嘆息(たんそく)した。

 ビアンカのぼやき通り、随分な長期戦になっているのだ。疲れるのも無理はない。


「そうですね。思いの外に接戦となりましたが――、あちらの体力は底無しなのでしょうか。あまり疲れを感じさせないというかなんというか……」


 亜耶もビアンカも疲れを感じているのに、反目に昶とヒロは消耗を感じさせない。――いや。実際は疲労が少なからずあるのだろうが、その様子が一見(いっけん)できないのだ。


「うーん。確かにヒロは動き回るのが板についているって感じで、付き合うと私の方が先に疲れちゃうことも多いけど。――昶さんが疲れ知らずなのは意外かも。もしかして、黒髪のヒトって強健なのかしら?」


「いや。それは偶々だと思います」


 ビアンカの少しズレた考察に、亜耶は間髪入れずにツッコミを入れてしまう。


 亜耶も軍隊式訓練などに慣れていて、体力は人並み以上にあると自負している。だけれど、昶は昶で似たような訓練に慣れており、かつ趣味諸々(オタク活動)で培った潜在的な体力があった。

 訓育で使われる体力と遊びで使う体力は別物、などの俗言もある。“夢と魔法”が謳い文句な某王国――亜耶は行ったことが無いが――での(たの)しみは疲れにくいと聞いたこともあるし、遊びの範疇にあるビーチボールバレーでは楽しさが勝って疲労しないのかもしれない。


 肝心な試合運びもビアンカが口述したよう、得点を取った取られたが引き続き、幾度かの同点(デュース)状態が続いた。

 不利さを考慮してフェイントを駆使しつつ奮闘すれば、時にフェイントを返される。騙し騙され小細工の掛け合い勝負となり――、気が付けば現在は昶・ヒロ側が1点リードの状態だ。

 亜耶・ビアンカ側が点を取れれば再び同点(デュース)、昶・ヒロ側に先取されてしまえば試合は終了になってしまう。


「ビアンカさんには体力的に少々キツイかもしれませんが、ただ黙って負けるには悔しい状況です。ここは同点(デュース)にして、逆転を目指さないといけません」


「うう、そうよね。負けたら罰ゲーム……、なにを要求されるか分からないから頑張らないと……」


 ビーチボール遊びに興じる前に決めた『負けた方が勝った方の言うことを聞く』という、ちょっとした罰ゲームがあった。これで昶とヒロの勝ち逃げになってしまえば、二人が何を求めてくるか――。

 不安要素が多すぎて負けられないと思いながらも、諦観(ていかん)というか観念の溜息をビアンカは吐き出してしまうのだった。


***********


「亜耶とビアンカって、意外と相性いいかも」


「それ、あたしも思った。前相談も無いのに息を合わせてるって感じがするわ」


「うんうん。フォローしあってアタックしてくるし、フェイントも駆使してくるし。『阿吽の呼吸』っていうのか、上手くやってる」


「そのフェイントも雑な時があって笑っちゃったけどね」


 くくっと昶は押し込めた笑いで喉を鳴らす。思い出し笑いというやつだろう。

 亜耶とビアンカが繰り出すフェイントを思い返せば、勢い重視な雑さが目についたので笑いが込み上げるのも納得だった。


「僕としては、女の子たちが楽しんでくれていてなによりってね。――それに、あそこまでビアンカがはっちゃけているの、何気に初めて見るし。昶と亜耶には大感謝だよ」


 つい昶の笑いに釣られて微笑んで言えば、紺碧の瞳は気を改めた真剣さを宿す。次にはふっと息を吐き出し言葉を継いでいき――。


「でも、それは置いておいて。そろそろ決着を付けないとね」


「そうね。引導を渡してやろうじゃないの」


 ヒロの言葉に賛同して昶は言うや否や、手に持ったスイカ柄のビーチボールを片手に構える。今のサーブ権は昶・ヒロ側が持っているのだ。

 自分たちの勝利で試合を終わりにしよう。さような気概を持った黒い眼差しが亜耶とビアンカを見やった。


「やる気です。しっかりと構えていてください、ビアンカさん」


「え、ええ。頑張るわ。――私のせいで負けたって、亜耶さんに思われない程度に……」


 昶の視線に気圧され、ビアンカが言葉尻を(すぼ)めてごにょごにょ弱気を溢す。

 だが、それは亜耶の耳に届いていなかった。既に亜耶の目は正面を睨むよう、意欲的に見据えていたからである。


 金の双眸が映す昶は、下方から上へと振るった右腕でビーチボールを叩き上げた。

 バシンッと軽い音を鳴らして空に昇ったビーチボールは弧を描き、潮風に流されてビアンカの立ち位置への進路を取っていく。


「あわわ、来ちゃった。もう――、なるようになっちゃえっ!」


 やけっぱち状態とでもいうのだろうか。ビアンカは一歩前に踏み出し、腰を落として構える。

 突き出し振るう(てのひら)で受けたビーチボールは跳ね、再び舞い上がっていくのであった。


************


 今回のサーブで確実なる勝利を収めようとする側。片や敗北を受け入れず足掻こうとする側。打たれて打ち返しと、幾度ものラリーが続く好試合だ。


 跳ねるビーチボールが行き来するのを追う中、ふと亜耶の目にヒロが獰猛な笑みで口元を吊り上げる様が映った。なにかを企んでいるのだろうと思い、咄嗟に身構える。

 すると、亜耶の警戒に気付いたヒロは不敵な笑いのまま、言葉を紡ぐべく口を開いていた。


「亜耶とビアンカには悪いけれど、この勝負は僕たちの勝ちで終わらせてもらうよ」


「何を勝手なことを。未だ勝負はついていませんし、こちらは諦めていませんからっ!」


 ビアンカが半ば諦めているのを露知らず、亜耶は飛んできたビーチボールを強く打ち返す。

 亜耶が売り言葉に強気な買い言葉で返して戦意喪失の皆無を示すが、それを嘲笑うようにヒロは増々口端を歪めていく。悪役然な反応だった。


「僕だって()海賊――うぅん、(もとい)、一介の海の無頼漢(ぶらいかん)として勝利の美酒を得る手段は(えら)ばない。いつだって全力だ! ここは体力だろうと知識(あたま)だろうと、例え運だろうと! 勝つも負けるも、派手に使い切ろうじゃないか!」


 言葉終わりに昶の入れ知恵だろう、某ゲームの某豪快女海賊が口にする開戦啖呵を切り、ヒロは飛翔するビーチボールを鋭く見つめて足早に移動する。そして、迎撃の位置決めをしたのか、レシーブの姿勢へ腰を落とした。

 ビーチボールを補足した両腕が前に伸び、かと思えばその手の面はビーチボールに触れる直前に上方へと振るわれ――、ヒロの立ち位置の高く上空へ打ち上げられる。


「え? 上へあげちゃったら、昶さんへのパスにならないんじゃ……」


「いくら勝つための手段を(えら)ばないといっても、ドリブルは反則ですよっ!」


 一度ボールに触れたプレイヤーが、他のプレイヤーが触れる前に再びボールに触る行為は『ドリブル』と呼ばれる反則行為だ。遊びの域を出ない緩い勝負と()えど、ルール違反は許容できない。

 上空のビーチボールを未だに見据え、そのまま攻撃(アタック)に移行しようとするヒロへ亜耶が声高に指摘すると――。


「まあ、普通はそう思うじゃん?」


「ところがどっこい。――そっちばかりが息を合わせているとは限らないのよね」


 ヒロがニッと不敵に笑って言うと、間髪入れずに後方から昶の弾んだ声が飛んだ。

 併せてヒロは伸ばしかけていた腰を再び落とし、(かしず)くように膝を折って背を僅かに丸めていた。


「美味しいとこ取りで悪いわね。――この一撃をもって決別の儀としようっ!」


 屈むヒロの脛裏から腰辺りを踏み台に、肩に足をかけたタイミングに合わせて立ち上がられた勢いを活かし、昶が華麗なフォームで宙に跳ね上がる。

 ヒロが口上で注目を集めている内に背後に回っていたのだ。えっ、と亜耶とビアンカが思ったのも束の間、昶はどこぞの黄金英雄王が(ごと)く、勝ちの確信を声と表情に湛えて腕を振るい下ろしたのだった。


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