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閑話<潮風そよぐ浜辺で>③

 オヴェリア群島連邦共和国は海の男衆が幅を利かせているのもあって、実は裏通りにあたる地区に娼館が多い。さような土地柄から肌も(あら)わな姿を見慣れているが、それでも女性の水着姿というのは別格である。

 特に太陽の下で活き活きとはしゃぐ水着の女の子というのは、見ている方の気分まで明るくしてくれる。正に目の保養、心の潤いの一つだと思う。


――まあ。今はそうも言っていられないのだが。


 そんなことをヒロは内心で思い馳せ、肺の空気が絞り出るのではというほどの嘆息(たんそく)を洩らした。


 (すが)めた紺碧の瞳は警戒を孕み、相手陣営を睨みつける。

 ヒロの視線の先にいるのは亜耶だ。因みに、決して水着だから凝視しているわけではない。


 先ほどは思いも掛けぬ、殺人サーブかという攻撃を受けて驚かされた。

 亜耶が腕を完全に振るい下げてビーチボールを叩き、一瞬遅れて叩く音が聴こえるという規定外な一撃を真面(まとも)に受けていたら、無事では済まなかっただろう。きっと生身で砲撃被弾したのと同等な被害を被ったはず。

 ヒロが“呪い持ち”故に老いも死も知らず、すぐに傷が癒える()()だとしても痛みは痛みとして感じる。だので、()の攻撃を受けていたらと考えると、身震いがする思いだった。


 ヒロと昶という組み合わせは、亜耶とビアンカにとっては脅威。

 だけれども、一対二ならば勝機があると踏んだのだろう。危うく試合が始まって早々に戦闘不能――この場合は負傷による棄権か――にされるところだったと、再三の溜息をついてしまう。


「――だってのに、涼しげな顔しちゃってさ」


 後出しで強化魔法の使用を禁止にしたが、亜耶は亜耶で涼しげな面持ちをしている。悪びれてもいないという雰囲気だ。


 幾度かポイントを取った取られたしながら、徐々に水に慣れてきたビアンカもラリーに参加できるようになってきた。


「今さっきので7対7か。まさか同点にされるなんて思わなかったなあ」


 ビーチボールバレーは3セット制、1セット9点を早く得点するのを競う。

 つい先ほどまでは昶とヒロのチームがリードしていたが、あれよあれよとポイントを取られ追いつかれてしまった。どちらかが2点先取すれば終了という、思いの外に白熱した試合運びである。


********


「ここまでの敗因は、亜耶に警戒しすぎていたからかな。そうこうしていたらビアンカの打つボールにも勢いが増してきて、あっという間に点を取られ始めちゃったよね」


「亜耶に注意がいっている内にビアンカちゃんが上手くなってきたもんね。これを亜耶が見越していたとかだったら、まんまとやられたわ」


 昶が飛翔してきたボールを手の面でトスすれば、ヒロはタイミングを合わせて右腕を掲げたスパイクで相手陣営に返す。

 悠長に話しをしつつ、気は抜いていない。黒と紺碧の二対の双眸は亜耶とビアンカの陣営を見据え、ふたりの動きにも注意している。


 勢いよく打ち返したビーチボールはというと、腰を落とした亜耶に難なくアタックレシーブを受けた。

 そのままビアンカがスパイクを打つため、覚束ないながらも助走を付ける。


 翡翠の眼差しは真剣にビーチボールだけを見据えており、昶側・ヒロ側のどちらを狙っているのか分かりづらい。ただ、身体の捻り具合から推測するに、恐らくは昶の方へ打ち返してくるだろう。

 そんな風に昶とヒロで予測をして構えれば――。


「えいっ!」


 ビアンカが威勢のいい声を発したと思うと、上げた腕の手首は()の字を描き、内へ折った指の関節辺りでビーチボールに触れたのだ。


「「フェイントッ!?」」


 ビアンカは強いスパイクで打ち返してきそうな勢いだったにも関わらず、その手でビーチボールを撫でる程度に留めた。そうした行動のせいで、昶の元へ飛ぶと思われたビーチボールは、昶のやや手前までしか飛距離を伸ばさなかった。

――因みに二人は『フェイント』と口にしたが、ビアンカが見せた技はフェイントではなく、『コブラショット』が正式名称である。ただ、バレーボールで言うところ、フェイント行為なのに変わりはない。


「くっ! このっ!!」


 先の取り決めで人がいない箇所へのアタックは極力禁止としたが、ビアンカのフェイント攻撃は急げばギリギリ手が届く。ルール違反にならない範囲で狙ってのことだ。

 小癪な真似を――と内心で悪態をつき、昶が咄嗟に腕を伸ばす。


 海面を膝で蹴り上げて強引に進んでよろけるものの、大きく前に突き出した手は何とかビーチボールを補足。昶自身は前のめりに倒れて水飛沫を立てたが、受けたボールは山なりに高く跳ね上がっていく。

 と思うと、それを認めたヒロが慣れた足取りで海面を掻き分け駆けつけ、昶の背後で跳躍していた。


「昶、ナイスッ! これでどうだっ!!」


「あれを返しますかっ!!」


「ええっ! そんなっ?!」


 金と翡翠の二対の双眸が映すヒロは、高く飛び跳ねたスパイクアタックの姿勢だ。

 大きく右腕を掲げた状態は、亜耶の立つ位置を狙ってのもの。瞬時に亜耶は迎撃に腰を落とすが――、ヒロは口端を吊り上げた獰猛な笑みを唇に湛える。


 バシンッとビーチボールを叩く音が響き、ヒロは()()を振り抜いていた。


*********


 ヒロの右手で打つと装った左手でのスパイクの一撃は、亜耶側への攻撃と見せかけたもの。

 気付いた時には既に遅く、あっと思った瞬間にビーチボールは後方へ下がりきっていないビアンカの元へ――というか、ビアンカの額へものの見事に直撃していた。


 ぺいぃん、と独特な弾んだ音が響くと同時に、「はぅ!」やら「あっ!?」といった声が上がる。

 それも束の間に昶とヒロの目が、浅い水辺に尻もちをつくビアンカを映すのだった。


「あああああ! ビアンカ、ごめんっ!! だいじょうぶっ?!」


 座り込んでしまったビアンカは深く俯いて両手で顔を覆っている。いくらビーチボールとは(いえど)も、かなり勢いがあったので痛かったらしい。

 思い掛けない事故の元凶になったヒロはというと、今にもビアンカの元へ駆け寄りそうな程に狼狽している。


「――っ、ふ……、ひど……」


 潮騒(しおさい)に紛れて聞こえてくるのは、途切れ途切れな声。ぐすぐすといったすすり泣きだ。それを耳に入れると、(たちま)ちヒロの顔色が青くなった。


「えっ。ちょ……っ、そ、そんな、泣くほど痛かった……っ?!」


「自分は、痛いのイヤだって言うのに……、こん、な、酷いわ、――ふぇええ……」


「ええええええ、ほんとゴメンッ! 泣かすつもりは――」


「ちょっとっ! ヒロ君っ!!」


 遂には嗚咽どころか号泣しだすビアンカに、それに大いに狼狽(うろた)えるヒロ。

 そうした成り行きに割り込み、昶の慌てた大声(たいせい)が上がるのが聞こえる。


 と思えば、ヒロの視界の端をヒュッとなにかが掠め、海面を叩く軽い音が鳴った。


「――は?」


 何が起こったのだ――と、大いに物語る呆気に取られた紺碧の瞳。

 ゆるりと視線を動かしていき映るのは、海面に浮かび漂うスイカ柄のビーチボールだった。


*********


「あーあ……、これでまた同点ね。8対8だからデュースになるのかな」


「またどちらかが2点先取するまで終わらなくなりましたね。そう易々と負けませんよ」


 呆れ返ってぼやく昶に、ドヤ顔サムズアップを決める亜耶。――どうやらヒロの間近に落ちたビーチボールは亜耶がサーブしたもののようだ。


「え……? どういうこと……?」


 ヒロは意味が分からずに溢す。ビーチボールを唖然と見つめていた視線を昶と亜耶に移ろわせれば、昶が盛大な溜息を吐き出した。


「ビアンカちゃんのオデコに当たったボールは、そのまま落っこちてこっちの点数になったの」


「でも、ヒロさんが狼狽(うろた)えている内に私がサーブをして、ヒロさんの方に飛んでいって着水。私たち側の得点となりました」


 ご馳走様でした、などと言いながら亜耶はにこやかに笑う。


「え、えええ? ど、どうして二人してビアンカの心配をしないのさ?!」


「だってねー……」


 尚も呆れが混ざったまま昶が苦笑いを浮かし、指をなにかに差し向ける。

 昶の動きに釣られたヒロが目にしたのは――。俯いていた顔を上げ、舌をペロッと出す悪戯っ子の顔をしたビアンカだった。


「な、な――、もしかして、嘘泣きっ?!」


「うん、まんまと引っ掛かったわね。ヒロ君ってばビアンカちゃんに甘すぎ弱すぎ」


「ビアンカさん、グッジョブでした。力押し相手に見事な機転です」


「えっと、こういうのって『肉を切らせて骨を断つ』って言うのかしら。素直に引っ掛かってくれて嬉しいわ」


 微妙に意味合いを間違えた揶揄(やゆ)を口にしつつ、ビアンカは立ち上がって愉快そうにころころと笑っている。ビーチボールが額に直撃したことは全く気にしていないようだ。


「待って待って! これっていいのっ?!」


「いや、まあね。ズルいとは思うけど……」


「まさか引っ掛かるとは思わなかったもの。騙される方が悪いと思うわ」


 昶が言いにくそうに言葉尻を窄めたところを、ビアンカがハッキリと口に出す。悪戯が成功したためなのか妙に活き活きしている気がするのは――、恐らく気のせいではない。

『騙される方が悪い』と言われればぐうの音も出ないし、昶の呆れ具合や亜耶の()たり顔を見る限り、ふたりともビアンカと同意見なのだろう。


 ビアンカを泣かせてしまったと、心臓が止まる思いだったのに。さっきから僕ってば、なんか不遇じゃないかな――。

 そんな風に思いながら頬を引き攣らせつつ、ヒロは女性の(したた)かさと自らの女難の相を改めて実感するのだった。


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