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閑話<潮風そよぐ浜辺で>①

 昶と亜耶、ヒロとビアンカの一行が、珊瑚礁を見に海へ潜る少しだけ前のお話――。


 多すぎず少なすぎず。海遊びに興じる客たちが程ほどにいる浜辺で、四人で纏まって話談を興じる。


 水着姿の美少女三人に、それを引き連れた色男――という絵面は人目を引く。

 理不尽と(いきどお)りの色を宿した男衆の目や、(かしま)しく色めく女衆の目と、実に様々な感情を乗せた衆目だ。


 だけれども、さような注目を気に留めるでもなく――いや、ビアンカだけが気をもんでいる。今の今まで水着を着て露出することなど無かったので、落ち着かないようだが無理もない話。

 かく言うビアンカはやはり肌を晒すのに羞恥があるようで、ヒロが着ていたフードパーカーのラッシュガードを奪って着ている始末。


 男物の上着を羽織った中で、水着のマイクロミニ丈スカートから臀部(でんぶ)がちらちらと覗く様は――、これはこれで有りだとヒロと昶に思わせているのは内緒だ。

 因みにその色目から心情を察した亜耶が、ヒロと昶に冷ややかな目線を向けていたりもする。


「えっと。その『グーとパー』ってやつで分かれればいいのかな? 拳に握ったのが“グー”で、(てのひら)を広げた状態が“パー”なの?」


 スイカ柄のビーチボールを小脇に抱えたヒロが首を傾げて問えば、昶は首肯(しゅこう)する。


「うん。あたしのいた世界(ところ)だと、その方法で二組にチーム分けしたりするのよ」


 地域によって諸々の掛け声が聞かれる、ある意味で伝統的なグループ分けの方法である。基本的には拳を握って丸めた『グー』と(てのひら)を広げた『パー』で、出した手形が揃いの者同士で組む公平性を重視した手法だ。

――ただ、能力的な公平性は加味していない。あくまでも人数を二組に分けるためだけに用いられる。


 それを昶が説明していくと、ヒロは感心したのか「へえ」と喉を鳴らす。


「面白い方法だね。演習の組分けの時とかに使えそうかも」


「えっと、それは止めておいた方が無難かな。この方法って大人数のグループ分けには向かないから」


 この『グーとパー』でのグループ分けの難点(デメリット)は、同じ手が偏った際は二組同人数になるまで続けなければいけない部分だ。ここで時間を取られるのは必須である。

 勿論(もちろん)やりようによって上手く振り分け出来るが――、軍隊の剛健(ごうけん)な男たちが『グーとパー』でグループ分けする様は、想像するに滑稽なことこの上ない。



 話が少々脱線してしまったものの、昶は軽い咳払いをして改めて言葉を継ごうとする。


 いま自分たちがいるのは砂浜。すぐ目の前は波が寄せては返す波打ち際だ。

 そして、先ほど売店でビーチボールを買ってきて、ヒロが膨らませたところである。――ここでヒロの肺活量の半端なさを見せつけられたのは、ひとまず置いておこう。


「二人一組に分かれて、ビーチボールで勝負ってことで良いわよね。水の深さもこの辺りだと膝上くらいまでみたいだし、これならビアンカちゃんも入れるでしょ」


「ビアンカと組んだ方が動きやすい波打ち側で、もう一組が海側の立ち位置になれば公平かな。但し水の無い場所から完全に出るのはルール違反ってことにしておこうか」


「ボールを取れずに水の上へ落とした時点で一点。陣営の誰もいない箇所へ意図的にアタックするのは無し、としておいた方がいいかも知れませんね」


「そうだね。水で足を取られるし、必要最小限の移動で済むようにしておいた方がいいかも」


 話し合っているのは、ビーチボールを使った遊びのルール決め。これから二人一組に分かれ、ビーチボールバレーまでいかないまでの勝負事をしようというのだ。


 ビアンカが腰以上の高さに海水が来るのが怖いというので、口に出されるルールは彼女の遊びやすさを考慮してのもの。


 浜辺が遠浅な地形をしているため、ビアンカが海遊びに慣れられるように、せいぜい膝上ほどの深さの場所での戯れ。ビアンカとのペアは波打ち際側への配置のハンデで、その代わりに波が打ち寄せる場所から完全に出てしまうのは反則扱いにする。

 攻防の際にビーチボールを取り切れず、水に落としてしまうと一点。攻撃に至っては相手陣営の無人箇所を狙ってのアタックは極力禁止とし、咄嗟の動きで対処できる範囲を狙うこと――、と。そんな取り決めだった。


 そうした話を黙ったままで耳に入れ、ビアンカは眉根を落とした困り顔である。――表情こそ申し訳なさそうだが、そこまで無理に海に入らなくても良いのだけれど、などと内心で吐露していたりもする。

 しかしながら、一生懸命に昶と亜耶やヒロが考えてくれているのだ。それを無下にもできず、海に入らないと我儘を言える雰囲気でもなくなっている。なので我儘を口にする代わりに諦観(ていかん)の小さな溜息をついた。


**


 ビアンカの吐き出した溜息が耳に届き、昶が黒色の瞳で一瞥(いちべつ)する。

 聴こえた嘆息(たんそく)はビアンカの心情を大いに物語り、気乗りのしなさを昶に感じさせた。そうした様子を窺って「ふむ」と喉の奥が鳴る。


 やる気スイッチが入っていないのならば、少しばかり強制的にオンの状態にしてしまえばいい。こう――、やる気になるような展開にすれば良いのだ。


「せっかくだから報奨とか決めましょうか。緊張感が増してやる気も出るでしょうし」


 思い至った案を昶が口にすると、各々の瞳が不思議げに瞬く。と、ヒロが小首を傾げて口を開いた。


「報奨? 賞金とか賞品とか用意するの?」


「お金や物とかで褒賞じゃなくって――、勝った方が負けた方に何かをしてもらうって感じでどうかな」


「ちょっとした罰ゲームといった感じですね。その程度なら構わないと思いますよ」


「うんうん、いいんじゃないかな。その方が面白そうだし」


 報奨と(いえど)も、金品の要求ではない。亜耶が言うように『負けた方が罰ゲーム』といった程度の戯れだが、金品を賭けないからこそ亜耶とヒロは賛同を示す。

 だが、たった一人。ビアンカだけが尚も不思議そうに首を傾いでいた。


「何かをしてもらうって……、どんなこと? なんでも良いのかしら?」


「あまり無茶振りじゃなければ、ね。負けた方が勝った方にキスをするとか、そういう在り来りな単純なやつ」


「えっ?! そんなのもいいのっ?!」


 ビアンカの問い掛けに昶が笑顔で答えると――、それにヒロが食いついて来た。その予想外な勢いの反応で女子一同の視線を集めてしまい、途端にヒロは頬を朱に染めて悪びれなくへらりと笑う。

 だけれども、健全な青少年としては普通の反応ではなかろうか。しかも今は女子グループの中で唯一の男という状況なのだ。例え話ではあっても、この面子(めんつ)にキスしてもらえるかもとなったら、変な下心を抱いても無理はない。


「まあ、例えばの話だからね。何をしてもらうにしても――、勝たないとお話にならないわよ」


 昶は言いながら、唇に弧を描いた挑発的で不敵な笑みを浮かす。それによって、ヒロも獰猛ともとれる笑顔を見せた。


「ふっふっふ。海で生まれ育った(もん)に水際の勝負で敵うと思っているのかなあ。絶対に負けないから」


「言うわねえ。そこまで威勢がいいならお手並み拝見ね」


 売り言葉に買い言葉よろしく。剣呑な空気ではないのだが、何故だかヒロと昶の間で火花が散っている――ような気がする。


「な、なんか。昶さんとヒロがバチバチしてない?」


 そんな様子を目にしてビアンカが引き気味に指摘すると、亜耶は難しい顔をして頷く。やはり気のせいではなかったようだ。


「あの、未だチーム分けすらしていないのですし……、そこで対抗しないでください」


「ん、それもそうだね。サクッと二組に分かれて、愉しく勝負しよう」


「どう分かれるか、楽しみね。――それじゃあ、やるわよ」


 楽しげな声と共に、「グーとパーで――!」と掛け声が上がるのだった。


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