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<海原の人魚と珊瑚礁>前編

「昶と亜耶は上手くやってくれているかなあ……」


 そしてビアンカは大丈夫だろうか――。そんなことを考えながら、ヒロは持ち出してきた包帯を左手に巻いていく。

 包帯をするのは “海神(わたつみ)の烙印”を隠すためだ。左手の甲に火傷の痕のように刻まれた“呪いの烙印”を衆目に晒すわけにもいかず、かといって水着姿で革手袋を嵌めているわけにもいかないので、致し方ない処置である。


 ヒロが身に着けているのは、膝やや上なロング丈サーフパンツだ。瞳の色と合わせたのだろう紺地で、両サイドへ線状に白いハイビスカス柄が織り込まれている。そして、それと揃いのフードパーカーのラッシュガードを纏う。筋肉の張った長い脚部の先には、白のコンフォートサンダルを履く。

 元々の女性じみた端正な容貌と、相反する鍛えた胸板と腹筋を前開きのラッシュガードから覗かせ、意外性から女性の目を惹いているのは――恐らく気付いていない。なにせ今のヒロの心中に蔓延(はびこ)るのは、別行動になった連れである女性陣の動向なのだ。


「うう、ちょっと早めに出てきすぎちゃったかな。僕ももう少しゆっくり選べばよかったか」


 包帯も巻き終え、待ちぼうけをしながら独り言が口をつく。


 男性用水着の販売コーナーで適当に好みなものを選び、購入して着替えて早々に店舗の外で手持無沙汰気味に待っていた。

 女性の支度が古今東西と時間が掛かるのは理解しているため、この待ち時間も仕方が無いと分かっている。


 だが、今回ばかりは事情が事情だ。過度な露出を嫌う上に海遊びを忌避するビアンカの世話と説得を、異世界から来た客人の昶と亜耶に任せてしまった。

 それが吉と出るか凶と出るかは、ヒロにも未知数な事柄でそわそわと落ち着かない。


「これでビアンカを怒らせて、一生口を聞いてもらえないとかなったら……」


 ビアンカのことなので、昶と亜耶に怒ることはまず無いだろう。だけれど、企ての張本人であるヒロには激昂するに違いない。


 本気で怒ってくるのはある意味で気を許されている結果といえるため、喜ばしい部分ではあるのかも知れないが――、その顛末が怖いのも事実。

 もしかしたら、一生口を聞いてもらえなくなるかも。そんな風に考えると、欲望に忠実になりすぎたのは浅略(せんりゃく)だったとも思う。



 ビアンカと喧嘩別れなどした日には、後悔と寂しさで死んでしまうかも知れない。

 いや自分は“呪いの烙印”の宿主なので、不死性からそもそも死ぬことはないけれど――。終わりの見えない生涯の中でビアンカに一生口を聞いてもらえないとなったら、それはそれで生き死にを左右する問題だ。


 そうやって遅疑逡巡と思い至った恐ろしい事態に、ついと眉間に皺が寄り唇も引き結ぶ。かと思えば、口元から力が抜けて深い溜息が溢れた。


「あ、ヒロ君いたいた。――って、なんか難しい顔してるわね。待ちくたびれちゃったかな?」


「お待たせしました。遅くなってしまい申し訳ありません」


 やにわに声が掛かり、はたと紺碧の瞳の視線が上がる。そして、声の(ぬし)たちを視界に認めた瞬間に、苦渋の表情を浮かせていた顔付きが和らいだのが見て取れた。


 ヒロの元へ足早に訪れたのは、昶と亜耶だった。しかも互いに白地が基調の水着を着用していて、至極仲が良さげな居ずまいだ。


 昶が着ているのはタンキニ――、俗にセパレート水着と呼ばれるもの。

 肩紐がホルターネックで胸元はレースアップと胸が目立つ作り。トップの裾にはフリルが波を打ち、ボトムはショートパンツ型のボーイレッグ。色は先にも述べたように白地がベースで、上下が揃いで淡い水色のストライプ柄が入っている。

 足元はリボンがあしらわれた少女らしい白いサンダル。長い黒髪はいつも通りのポニーテール状だが白いリボンのシュシュで飾り――と、明朗快活な昶らしい選択だと思う。


 反目で亜耶は礼儀正しい品行方正さに反し、クロスホルタービキニである。

 通常の水着だと肩紐にあたる部分の紐を胸元で交差させ――このせいで胸の谷間が大変強調されている――、その紐を首の後ろに持って行って結んだ形状。色は白地の縁に黒いラインの入ったバイカラーと情欲的な雰囲気。

 ボトムは二枚重ね履きのレイヤードで、下に履く黒いパンツの形状は恐らくVストリング型。上に重なる白いパンツが両脇で紐を結んで留める履きの浅いタイサイド型、という随分と攻めたデザインだった。

 普段は結わずに背中へ流している白銀髪も、黒地に白い薔薇柄の髪留めで一括りに纏められて肩から胸元に垂らしている。足元のサンダルも黒色でシンプルだが、足の甲に掛かる部分で白い薔薇の造形が施されて大人っぽい様相だ。


 昶と亜耶ともども肩から胸元、腹と(へそ)を存分に露出した水着なのだ。これで頬を緩めるなと言うのは――、些か野暮というものだろう。


「いやあ、眼福。正に目の保養だね。女の子の水着姿って華やかで良いよねえ、ふたりとも凄く似合っているよ」


 先ほどまでの難しい顔は何だったのだと思わせるほど、ヒロはへらへらと笑顔を見せた。よほど上機嫌になったらしく、頬も赤く上気している始末。

 その様子は昶と亜耶に「おっさんか……」と思わせたのだが、どうやら二人して声に出さずに呑み込んだようだ。


**


「――って、そういえば。ビアンカは? 姿が見えないけど?」


 この場に姿を現したのは昶と亜耶のみで、ビアンカの姿が見当たらなかった。

 もしかすると逃げられたか――、という一抹の不安がヒロの脳裡を過る。


 だが、そうやって憂いを態に露わにしたヒロへ、昶と亜耶は揃ってにんまりと口角を吊り上げる笑みを見せた。


「ふふん。ちょっと騒いで大変だったけど、頑張ったわよ」


「ほら、ビアンカさん。人の後ろに隠れていないで出てきてください」


 自慢そうな笑みで口にされるや、昶と亜耶の背後から「うぅ」と気後れを彩った声が聞こえる。のだが、そこから動く気配を窺わせない。

 すると、なかなか姿を見せない声の(ぬし)に、後ろを振り向いた昶が手を伸ばし――。


「ほんと薄着すぎて……、心許ないし。恥ずかしいんだけど……」


 蚊が鳴くような声というか、消え入りそうな細い声が聞こえたと思えば、昶に手を引かれる形で亜耶の背後からおずおずとビアンカが姿を現した。

 その途端にヒロが絶句したのは――、昶と亜耶の狙い通りだ。某新世界の神になりたい人が『計画通り』と吐露した時に晒したような、少年誌に似合わぬ超悪人面を真似てしまいたくなるほどの好反応に、得意げな気分になる。


 ビアンカが着せられているのは、まさかのホルターネックビキニだ。ワンピースの水着ではなく、もう一度言うが()()()である。

 上下揃いの完全白地の水着のトップは胸元に刺繍レースのフリルとリボンをあしらったデザインで、寄せて上げられているのか意外にも胸の谷間ができていている。ボトムはパンツの上にマイクロミニ丈なスカートを履く形のもの。足元は(くるぶし)でリボンを結んだ白いサンダル。

 ポニーテール状に結い上げても腰下まである長い亜麻色の髪は、今は頭上で一つの大きめな団子状に纏められていて、赤いハイビスカスの髪飾りが大小で二つ付けられている。――これは昶の趣味と亜耶の気遣いの一環だ。


「マジか。ビアンカが水着を着てくれるだけでも奇跡的なのに……、こんなに肌が露わとか。しかも……、お腹とおへそまで見えてるじゃん……」


「どうせ着せるなら徹底的にやりたくてね。これが色々着せてみた中で一番可愛くて似合っていたのよ」


「ハイビスカスの髪飾りが売られているのを見て、ヒロさんが赤いハイビスカスが好きって仰っていたのを思い出しまして。それと合うように髪型もアレンジしてみました」


 昶と亜耶が立て続けに言えば、ヒロは満面の笑みでグッと親指を立てる。この異世界に「グッジョブ(GJ)」の単語があるのかは分からないが、存在したら間違いなく発していたはずだ。


 片や緩みきって締まりのない表情を、片や本気で死にそうな顔をしている――。

 そんなヒロとビアンカの顔色の違いを目にし、昶と亜耶としては世話になっているヒロへのある種の恩返しになったと思いつつ、ビアンカには諦めてと内心で諭しの念を送るのだった。


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