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<海に来たれ、海は招く>中編

 海が反射させる、目を細めるほどに眩い太陽の光。遠くに見える立ち上がった真っ白な雲。

 潮騒(しおさい)のさざめきと海鳥たちの鳴き声。海面を掻く(かい)の音と、船乗りたちの掛け声――これは若干むさくるしい――が耳に届く。

 海原を掻き分け進み、身に受ける風が鼻腔に潮の香りを感じさせた。


 乗船しているのは首都ユズリハの諸島へ移動するためのガレー船。だが、観光船なのにも関わらず三段櫂船タイプで、形状は古代ギリシャ時代に活躍したというオリンピアス号に似た些か仰々しい船である。


「――ねえ、ヒロ君。この船って、もしかして軍船下りだったりする?」


 昶が思ったことを問えば、ヒロはきょとんと紺碧の瞳を瞬かせた。と思えば、手摺に凭れ掛かっていた姿勢を正し、昶と亜耶の方へと向き直る。


「昶ってそういうのに詳しいのかな? よく分かったね?」


「まあ、なんとなく思った程度なんだけど……」


 三段櫂船のガレー船は別名でトライリームと呼ばれ、その名の通り(かい)の漕ぎ手配置が上下三段に設けられている。この観光船は敢えて漕ぎ手を少なくすることで緩やかな航行をしているようだが、本来であれば漕ぎ手の総員は六十名から百七十名を想定しており、最高速力で10ノットは出ると言われる内海航行向きの軍船だ。

 しかもこの船は舳先(へさき)に衝角――ビークを備えている。これは海戦時に敵船へ体当たりを仕掛けて船腹に穴を穿つのに特化した作り。ともすれば、戦闘で使用されていたのは想像に難くない。


 それを綴っていけば、ヒロは感心したように笑顔で頷く。


「うん、その通りだよ。この船(こいつ)は元々連邦艦隊で使っていた船なんだけど、時代遅れだっていうんでガレー船の殆どが軍艦として抹消登録されてね。――ただ、そのまま廃船解体するのも忍びないから、こうして観光船として使っているんだ」


「ああ、なるほど。船を解体する(バラす)のも大変そうだし、今までお世話になったから申し訳ないっていう気持ちもあるのね」


「そうそう。あとは観光用にってわざわざ新しく造船する手間を省ける利点もあるし。それに『連邦艦隊で使っていた船』っていう理由で、物珍しいのか意外と好評なんだ」


所謂(いわゆる)、軍艦マニアのような方たちがいるということですか。古い時代のものや現行で活躍するものに心動かされるというのは、どこの世界でも変わらないものなのですね」


 趣味嗜好として乗り物の類を鑑賞目的で愛好する者は多い。昶に至っても鉄道ファンとして奔走していたことがある。

 だので、この異世界で軍艦ファンを謳う者がいても不思議では無い、と納得するものを感じた。どこの世界でも『オタク』と称される愛好家は存在するのだ。


*****


「ところで。ガレー船の殆どが抹消登録されたということは、今のオヴェリア連邦艦隊はガレオン船やクリッパー船がメインなのですか?」


 亜耶が船について改めて問えば、ヒロは先ほどと同様の眩い笑顔で首肯(しゅこう)する。


「ガレオン船が(たし)かさから歴史的に息が長くて、ここ数十年の間で速さと大きさを両立させたクリッパー船の造船が始まったって感じかな。少しずつクリッパー船を増やしている状態なんだよね」


 船の新型開発が遅緩(ちかん)だって思われるかも知れないけど、(ひとえ)にガレオン船といっても“何年式ガレオン船”っていった形で進展はしているんだ。それと同時にクリッパー船も造船していってるんだよね――。

 そんな風にヒロが注釈を綴っていけば、昶と亜耶の口元から感嘆の声が洩れた。


「今も――。ほら、あそこに船が集まっている島があるでしょ。あれは連邦艦隊の船を作るための造船島の一つなんだけど、あの場所で新型の建造が始まっているはずだよ」


 ヒロが指差し示した方向へ昶と亜耶が目を向けると、確かに多くの船が集まる島があった。


 然程(さほど)大きな島ではなく、その(なか)ほどにはドックだと思しき木造の巨大な建物と、(うずたか)く積まれた資材などが見える。

 そのドックから海へ向かって太いレールが線を伸ばし、新造船舶を造船台から進水台へと移動させて入水する船台進水方式の作りなのだと窺わせた。


「へえ、なるほどなるほど。――ところでヒロ君」


「え? なに?」


「その建造中の船を見せてもらえない? やっぱり部外者の見学って難しい?」


「ええ? 見たいの?」


 思わぬ申し出にヒロが問いに問いで返せば、昶と――それに便乗した亜耶が大きく頷いた。

 そうした返答を受け、ヒロは口元に手を押し当てて「うーん」と喉を鳴らす。表情も厳しさを示唆させ、この要望が容易に受理できないと物語っている。


「木造帆船の建造なんて、あたしたちの世界じゃ見られないし。是非とも見てみたいんだけどなあ」


 尚も食い下がれば、紺碧の瞳は昶へ一瞥(いちべつ)を送る。と、次にヒロは口元を抑えていた手を下ろし、今度は両腕を胸の前で組む。


「連邦艦隊の造船施設って、昶が言うように関係者以外の立ち入りに厳しいんだけど――」


「「そこを何とか……っ!」」


 ヒロが言葉を紡ぐ最中に、昶と亜耶の声が被さる。それにヒロは吃驚から「うぇっ?!」と声を上ずらせ、たじろぎながらも話を継いだ。


******


「えっと、関係者以外の立ち入りに厳しいんだけど――。僕が断りを入れれば、たぶん大丈夫だと思う。ただ、生産部門の技師(おやっさん)たちの気性が荒いから、あまり騒がないようにだけしてほしいかな」


 これを口に出そうと思った矢先に昶と亜耶に詰め寄られたため、思わず言葉を詰まらせてしまったのだが――。

 本来は国守に関わる造船現場に部外者は立ち入れないが、ヒロが“オヴェリアの英雄”の立場を使って頼めば大丈夫という話だ。何のことは無い快い承諾に、昶と亜耶は呆気に取られて瞳を瞬かせた。


 そんな二人の様子を見てヒロはへらりと笑うと、(おもむろ)に昶と亜耶に身を寄せる。そして、耳打ちをするように小声で喋り出す。


「その代わりと言っては何なんだけど、ふたりにお願いがあるんだ」


「お願い? なにかな?」


「私たちでできることならお引き受けしますが」


「うん。実はね――」


 ヒロには色々と世話になっているのもあり、自分たちにできることならば引き受けよう。そう昶と亜耶が(うべな)うと、ヒロは声の大きさを落としたままで話を続けていった。


 ヒロが話をしたのは、昨日(さくじつ)のビアンカとの間で交わされた内容だ。

 昶と亜耶を首都ユズリハの諸島へ案内して海水浴に興じようと思ったが、それがビアンカの気に障ったらしいこと。彼女が出身地の厳格な教育故に肌の露出を嫌うこと、海遊び諸々を忌避していることを語っていく。


「あー、そういうことね。そういえば、ビアンカちゃんってば泳げないんだっけ」


「更に育った環境から露出度の高い服などを着たがらない。――ということは、水着には特に抵抗があるのでしょうね」


 小さく口に出しながら黒と金の二対の瞳がビアンカを映せば、一同からやや離れた場所の手摺に寄り掛かって海を眺めている。

 言われて改めて様子を窺えば、確かに気乗りがしなさそうな空気を醸し出しており、些かの不機嫌さを悟らせた。どうりで会話に参加して来ないワケである。


「海に行くのは承諾してくれたんだけど、浜辺で待っているなんて言いだしてさ。なんか上手いことやって、ふたりが誘ってくれないかなって思うんだけど」


 ヒロが眉尻を下げて困り果てて言うと、昶は「ふむ」と思慮の様を見せる。かと思えば、何かの考えに行き着いたのだろう。見る見るうちに楽しげに口端を歪ませた。

 反目に、昶の表情の変化を目にした亜耶が何かを察した面持ちをしだしたが、ヒロは気付いていない。


*******


 ビアンカが培ってきた厳格さは強固であり、下手なことを言えば今までの考え方を全否定してしまうような、ある種のデリケートな話になってしまう。

 なので、ヒロとしては異性である自分より、昶と亜耶なら同性ならではの繊細な説得をしてくれて、かつ聞き入れてもらいやすいのではという期待があった。


「そういうことなら、この昶さんにお任せあれ」


「えっ、ほんとに?」


 パッと表情を華やかせたヒロを目にし、昶は幾度か頷く。上手くビアンカを誘導できる算段でもあるのか、昶は唇に弧を描いて自信に満ち満ちた様相だ。


「ヒロ君はビアンカちゃんに水着を着てもらいたいワケでしょ。普段はガードが堅いけど、偶には彼女に素肌を晒してほしい……、思春期男子のあるあるよね。でも可愛い女の子に可愛い水着を着てもらいたい気持ちも分かるわあ」


「あ。まあ……、うん。身も蓋もない言い方しちゃうと、正直そうなんだけど。なんかハッキリきっぱり言葉にされると、僕ってば、ただのむっつりスケベじゃん……」


 そもそも、ヒロは昶の言うような『思春期』といえる年齢を、とっくの昔に超えてしまっているのだ。それなのに、そんな若造じみた下心を自ら露呈してしまった気がして、自嘲が湧いて頬が引き攣ってしまう。

 だが、そうしたヒロの心情を露知らず、昶はつらつらと言葉を続けていく。


「泳げるようになるならないの前に、海に入ってもらうには先ず着替えてもらわなきゃだし。――美少女をひん剥いて水着にさせるなんていうのも役得じゃない。喜んで引き受けるわ」


「ひ、ひん剥いてって……」


「昶、言い方が色々と不味いので控えてください。ヒロさんもドン引きしています」


 昶の美少女案件で暴走しだす性質を了している亜耶には耐性がある。だけれども、知らないヒロの頬は先ほどよりも引き攣っていた。

 それを指摘すれば昶ははたと我に返り、「あは、ごめん」などと悪びれも感じていない謝罪を口に出す。と、次いで軽い咳払いをして再び口を開いた。


「兎に角、上手いことビアンカちゃんも誘ってみるわね」


「う、うん。よろしく頼むよ。――あの子、恥ずかしがりだから、お手柔らかに……」


 依頼をしてしまったが、果たして大丈夫なのだろうか。ビアンカは無事で済むのだろうか。

 そんな不安をヒロは感じつつ、諸島への到着を告げる船員たちの声を耳に入れていた。


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