<漸く合流、そして……>後編
首都ユズリハの城に再び“紫電”を駐機させてもらい、城に程近い店舗へ案内された。そこは古風な面構えの中にモダンな雰囲気を有した喫茶店で、飲み物と茶菓や軽食を振る舞う店のようだ。
すだれ衝立で個室風に各テーブルが仕切られた店内は落ち着いており、今は未だ客は疎ら。もう暫くすれば、時間的に客足が伸びてくるのだろう。
衝立で隠れる一番奥のテーブル。その中央に置かれた真鍮製の懐中時計を視界の端に入れつつ、注文した飲み物と甘味に手を付ける。ほうじ茶のような香ばしい匂いが鼻に抜ける温かい飲み物と、ほたて型の一枚貝を象った練り切り菓子の程よい甘さが、海賊騒ぎで疲れた心身に心地よく染みた。
その合間あいまに昶と亜耶は埠頭での出来事を綴り――、花冠の少女に伝えられた内容に話が差し掛かると、対面の席に腰掛けるヒロとビアンカは瞳をまじろがせた。
「“辰巳の場所”。花冠の女の子は、確かにそう言ったんだね?」
話題に上がった単語をヒロが反覆をすると、昶は然りに頷く。
「あの子はヒロ君に聞けば分かるはずって言っていたんだけど、どこのことだか知ってる?」
「うん。どこのことかは分かるんだけど――」
「ヒロ。そこって確か……」
ビアンカも心当たりが有ったようだ。事を察して口を挟めば、ヒロは首肯した。ヒロもビアンカも意外だと言い表す面持ちを浮かしており、花冠の少女が示した“辰巳の場所”が二人にとって意想外だったのが顕著に分かる。
僅かばかりに黙考の沈黙が場に訪れ――、と思えばヒロは口を開いた。
「“辰巳の場所”って言うのは群島の首都――、このユズリハの都を基準に見て北西方面の海域を指す言葉なんだよ」
「あー、なるほど。“たつみ”って、干支の“辰巳”のことなのね。方角を示していたのか」
暦で使われる干支は、年・月・日・時間・方位などを示すためにも使われている。つまり、花冠の少女が謎かけのように残した言葉は、待ち合わせ場所の方角を表していたのだ。
『たつみ』の音の響きだけでは意味が通らないのも納得した。ましてや、干支など関係無さそうな異世界にいるのだから、思いつかないのも無理はない。
「そこには、何かあるのですか?」
「あの海域には“ニライ・カナイ”があるんだ」
即座に返された言葉に、黒と金の瞳がきょとんと瞬く。――思い掛けない名称だったためだ。
****
「“ニライ・カナイ”って、沖縄神話の理想郷?」
「ですね。来訪神信仰にある聖なる地のことだったはず」
昶と亜耶の知るところにある“ニライ・カナイ”は、沖縄――琉球群島で伝わる海の彼方にある神の国の名称だ。棲む人々が不老不死の常世の国とされ、聖なる地だと信じられている。
それを口にしているとヒロとビアンカは不思議そうにするが、すぐに気を改めたのかヒロが話の続きを継ぐ。
「“ニライ・カナイ”は死者の国――、“冥界”への入り口と言われている。僕たち群島者は、この世の生きとし生けるもの全てが、死した後に必ず逝きつき生まれ変わりを待つ場所だと信じているんだ。だから、聖なる地っていうのも、あながち間違えてはいないかな」
舌も滑らかに語られる説話に、思わず感嘆の声が漏れ出す。
昶がかつて過ごした世界の“ニライ・カナイ”も、『生者の魂もニライ・カナイより来て、死者の魂はニライ・カナイに去る』と伝えられているのだ。これをヒロが綴る言に解釈することもできる。
異世界にありがちな名称は同じでも違う何かかと思えば、微妙に意味合いは似通っている。なんとも面白い事例だ。
「花冠の少女は何故、そのようなところを指定してきたのでしょうか?」
「うーん、と。これは僕の考えだけど、“ニライ・カナイ”海域の辺りは“冥界”への入り口が近いせいもあって、魔力濃度が高いんだよね。だから、そこの魔力を自分の力を振るう糧に使って、昶と亜耶を元の世界に戻そうって思ったんじゃないかな」
ヒロが自身の推測を口にすると、不意に彼の上着の袖口をビアンカが小さく引いた。それに応えて紺碧の瞳がビアンカへ向けば、憂慮を帯びた表情が映る。
「ねえ。“ニライ・カナイ”で力を使おうとしたら……、その。――あそこにいる魂とかは、大丈夫、なのかしら……?」
どこか言い辛そうな、小さく切れ切れに綴られる弁だった。昶と亜耶が何を言っているのかと見守る最中で、声をかけられたヒロは杞憂を告げる微笑みを浮かした。
「あの子は僕の嫌がることはしないと思う。きっと“ニライ・カナイ”にいる魂は喰わないし、喰わせない。――君は僕がイヤだって思うこと、しないでしょう?」
「え。ええ、まあ。あなたの嫌がることとか、するつもりは無いけれど……」
「ちょっと待って。それってどういうこと?」
「それと、随分とビアンカさんが関わりあるみたいな言い方ですが。もしかして……」
ヒロとビアンカの交わし合う会話に、昶と亜耶は思わず口を挟んでしまった。ふたりの口振りが、あまりにも花冠の少女とビアンカを同一視するような言い方だったから――。
*****
ビアンカが和菓子切りで食べ掛けの茶菓を弄ぶのを傍目に、ヒロは温くなった茶を口に含んで喉を潤してから口を開いた。
「僕たちが二人に話をしておこうって思ったのが、そのことなんだよねえ」
昶と亜耶に話をしておこうと思ったこと。それは、花冠の少女の正体についてだ。
恐らくは昶も亜耶も薄っすらと勘付いているだろうが、きっと自分たちのように核心めいた証拠は確認していないはず。そう思っての議題挙げだった。
「花冠の女の子はね、私と同じ力を持っていたのよ。あの黒い手の群れを使う能力も、私が持っているものと全く同じなの」
私には未だあそこまで上手く扱うことはできないのだけれど――、と補足をしつつビアンカは語った。
ビアンカが言うには、左手に宿るナニカ――暫定的に付けた名はレフティーだ――に、彼女の扱う能力の全てが関わっている。
そして、その左手のナニカを、花冠の少女も所有していた。だけれど、これはヒロとビアンカの住む世界に二つとない存在であり、そもそもがおかしな現象なのだという。
因みにヒロも似た存在を左手に宿しているが、ビアンカの持つものとは属性的な意味で微妙に違うとのことだった。
「――それで、ヒロとも話し合ったんだけど。この左手は強い魔力を持っているから、本気になれば宿主を過去の時代に跳ばしたりもできる。随分と前に、私は時渡りをさせられたことがあるの。だから……、もしかしたら、もしかするのかもって」
「……花冠の少女の正体は。強い力を使いこなせるようになった、未来の時代のビアンカさんかもということなのですね」
拙いビアンカの説明ではあったが、事は察した。そして、漸く腑に落ちた部分があった。
花冠の少女とビアンカが同一人物ではないかとの思議は、やはり正解だったらしい。
「素顔を見れたワケでもないから、証拠らしい証拠とは言えないんだけどね。それでも、あの子の正体がビアンカっていう考えは、限りなく正解なんじゃないかって思うんだ」
だから、懇意にしているヒロが嫌がる事態は起こさないだろうと、確約も無く確信した。
例え“喰神の烙印”を使いこなすほどの力を付けようとも、根本的な律儀で義理堅い性質は今のビアンカと変わらないだろう、というのがヒロの考えだった。
******
「えっと。それじゃあ、『魂は喰わないし、喰わせない』っていうのは? それって、どういう意味なの?」
「前に言ったよね。僕たちの扱う左手の魔力は、使った時に代償がキツイって。んで、ビアンカが力を振るうにあたって、代償に求められるのが『死者の魂』なんだよ」
言いながらヒロは、指ぬきの黒い革手袋を嵌めた左手をひらひらと振るう。傍らのビアンカも、薄茶色の指ぬきされた革手袋を嵌めている左手を摩り、その表情は複雑な心境を表している。
「ええ……、そ、そんな力だったの……?」
「力を振るうのに魂が必要とは……。強い力だけれど、おいそれと扱うわけにいきませんね」
ヒロとビアンカの左手については、詳しく踏み込んだ話を聞いてはいなかったが――。これは完全に予想外だった。まさか、そこまで禍々しくも不穏な力だとは思っていなかった。
「私は力を使う時に、ヒトの魂を喰らって魔力に置き換えるようなの。でも、魔力自体を調達できれば、魂は必要ないのよ」
「その分、魔力を調達するのが大変なんだけどね。でも、ちょっとした力を使う程度だったら、僕が魔力を分けてあげるとかして何とかなっているんだ」
――勿論、これらは先んじてヒロとビアンカの間で用意された、昶と亜耶に説明するための方便である。
実際、ビアンカが宿している“喰神の烙印”は、宿しているだけで死者の魂のみならず、生きとし生けるものの魂すら無差別に貪る存在だ。しかし、魔力自体を調達できれば魂を必要としないのは、実践済みの事実。
だけれど、“呪いの烙印”の詳しくを昶と亜耶に明かすこともできぬので、詳細は誤魔化しつつ、真実の中に嘘を混ぜ込んだ話が綴られているのが現状である。
「それらを見越して、花冠の少女は“辰巳の場所”――、魔力が多い“ニライ・カナイ”を指定してきたということなのですね」
「そういうことだと思うよ。あの子なりに考えた結果なんだろうね」
ヒロがそこまで言うと、不意と店内が騒がしくなった。どうやら大人数の婦人客が訪れたらしく、すぐ隣の席に着いたようだ。
衝立越しの姦しく華やぐ談笑を耳に入れ、ヒロは再び茶器を手に取って茶を啜る。人肌よりも冷えてしまった茶を口にしてふっと一息吐き出すと、紺碧の瞳は昶と亜耶を真っ直ぐに見据えた。
「ちょっとヒトが多くなってきちゃったから、この話はここまで。――本来であれば、これはヒミツにしておきたいことなんだけど。昶と亜耶は大きく関わっちゃったし、ふたりを信用したからこそ伝えようと思ったんだ」
だけど、これは他言無用だからね。そう念押しをされ、昶と亜耶は思うところはあるものの、黙って頷くしかなかった。
<いきなり次回予告>
元の世界へ戻るための約束を取り付けた昶と亜耶。
漸く肩の荷を下ろして異世界観光ができると意気込んだ二人へ、ヒロが口にした提案は?
ヒロ「いやあ、うん。女の子ばっかりで、今回ばかりは役得かなー、なんてね」
次回:<海に来たれ、海は招く>
※次話はまた執筆完了次第、更新していきます。




