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<漸く合流、そして……>前編

 帆布と手頃な太さの木の棒を調達して作られた即席担架に、失神したイリエが乗せられる。少しばかり雑じゃないかという勢いで担架を持ち上げると、子分である海賊たちは雑談混じりに場を後にしていく。その内の幾人かは、笑顔で手を振ってくる始末。

 中央広場で叩きのめした海賊たちもリュウセイに監視を任せたが、そろそろ目を覚ましてあの一同に合流するだろう。どの面々も頭目であるイリエの命に素直に従っている辺り、先に察した通り()の人の人望は厚い。


「なんていうか、嵐みたいなヒトって感じだったわね」


 イリエ衆の海賊の背を見送り、ビアンカがぼそりと呟く。彼女としては初対面かつ極々僅かな接点となったが、それでも随分と印象に残る人物だったようだ。


「でも、嵐って群島で初めて経験して、怖くて怖くて仕方なかったけど。イリエさんみたいな変な嵐だったら怖くないかも」


「いや……。あいつみたいな嵐の方が、僕は怖いよ……」


 嵐っていうのは船乗りを永年していると、ある程度の規模と進路の予測ができるようになって事前の対策が取れる。だけど、イリエを嵐に例えるとしたら、()()の行動予測は不可能で不可解過ぎるから――。

 さようにヒロが辟易と語り、妙に納得する部分が少なからずあった。


「イリエのやつは思い込みの勘違いから妙に強気だし、偶に顔を合わせるとベタベタと馴れ馴れしいし。話も通じなくてイライラしちゃうんだよね」


「もしかして、ヒロ君のことが好きなんじゃない? 憧れているのもあって、気に留めて注目してほしいみたいな?」


「そうですね。それで敢えて海賊業で悪さをして、ヒロさんの気を引こうとしている。子分たちの話しぶりだと、そんな風にも取れますね」


 悪さをして人目を引こうとする“試し行動”というものがある。「自分を受け入れてくれるかどうかを探るため、わざと困らせる行為」というやつだ。

 これは小さな子供が親の気を引こうとして取る行動であるが、稀に大人になってからも注目を得ようと問題を起こす者がいる。「自分を凄い人間だと認めてほしい」「自分の存在価値を一番に感じてほしい」といった自己顕示欲が起こす、というのが心理学的な見方である。


 それらを思って口に出せば、ヒロは(かんが)みる部分があったようで、勘弁してくれと言いたげに深い溜息をついていた。


「なんだよ、それ……。そうしたら、あいつの作戦勝ちじゃないか……」


 (ことわざ)にある『勝負に勝って試合に負けた』をイリエはヒロ相手に成し遂げたと言えるだろう。

 そんな風に思っていれば、ヒロの「次からは無視してやろう」という呟きが耳に届くのだった。



 紺碧の瞳がきょろきょろと辺りを見回す。多くの船が停泊する桟橋付近、資材や積み荷が(うずたか)く連なる場所。次いで店舗や出店の屋台が建ち並ぶ一角へ視線を移し――、最終的に“紫電”へと目を向ける。

 イリエ衆との間で起こった騒ぎも落ち着き、埠頭に居合わせた人々は今や各々の日常に戻っている。若干、“紫電”を気にしているようにも見えるが、無害なものという認識な雰囲気を醸し出す。


 そうした様子を映し見て、ヒロは首を傾げてしまった。


「あのさ。花冠の女の子はどこにいるの?」


 ふとヒロが思ったことを口切ると、昶と亜耶は揃って「あっ?!」と声を上げた。


 黒と金の二対の瞳が咄嗟に“紫電”の機体へ向く。


 イリエが埠頭に現れて騒ぎを起こした際、花冠の少女は“紫電”の肩に腰掛けていた。少しのいざこざの後に昶と亜耶は“紫電”の機体から降り、イリエの元へ足を運んだが、花冠の少女は場に留まったままだったはず。

 しかしながら――、今やその姿は何処にも無かった。辺りを見渡そうとも、花冠の少女と思しき人物は見つからない。


「あちゃー……、イリエを構ってる間に逃げられちゃったか……」


 逃がした旨を口にすれば、ヒロもビアンカも「ええ……」と声音と表情に心外さを帯びる。大丈夫なのかと物語る眼差しが向けられるも、杞憂だと返すように昶と亜耶は頷いた。


「元の世界に帰るための約束は取りつけましたし。問題は無いと思います」


「そっか。帰る話ができたなら良いんだけど……」


 良かったと口にしつつ、ヒロの言い方は歯切れが悪い。ビアンカも残念そうな面持ちをしており、何か思うところがある様子。もしかすると、ヒロもビアンカも花冠の少女に用件があったのかも知れない。


「何かありましたか?」


「うん。僕たちも気になることがあって、あの子と話をしてみたかったんだけど。……まあ、仕方ないかな」


 昶と亜耶が自分たちの世界に帰る方法を得られたなら、それはそれで良いというのがヒロの思いだ。


 結局、ヒロとビアンカが花冠の少女と話をしたかったのは、彼女の正体を問いたいという理由から。

 花冠の少女が“呪いの烙印”の宿主であるのは確実だ。しかも、その呪いは今現在でビアンカが宿しているはずの“喰神(くいがみ)の烙印”だった。

 これが意味することは――、花冠の少女とビアンカが同一人物だという事実(こと)。花冠の少女の見目や数々の言葉から(かん)がえるに、これは限り無く正解に近いだろう。そもそも、“喰神(くいがみ)の烙印”は膨大な魔力を以てビアンカを過去の時代に(いざな)った事例を持っているのだから、時渡りの術を得ていても不思議は無い。


 モヤモヤとした胸のしこりは残るものの、確認のしようが無い今となっては致し方ないと思う。


**


「そういえば、ふたりとも黒い手に捕まっていたみたいだけど。あれって花冠の女の子にやられたのよね?」


 昶からの不意な問いに紺碧と翡翠の瞳がきょとんと瞬く。一瞬だけ何のことかと表情が物語るも、すぐに何を問われたのか察してヒロは頷いた。


「そうなんだ。急にやられてさ、ビックリしちゃったよ」


「花冠の少女が作り出した魔力の塊という感じでしたが、よくあれを抜けられましたね」


 強い魔力を以て紡がれた束縛魔法を解くには同等の魔力で打ち払う他ない。だが、花冠の少女の魔力は底が計り知れず、同等の魔力を充てるにしても難しいと思われた。幾ら強い魔力を持つと自負する亜耶でも、あの黒い手に捉われたら解除は厳しいだろう。

 時間が来れば解けるように小細工された可能性も考えたが、それを口にする前にビアンカが緩く頷いていた。


「あれは私が(ほど)くことができたんだけれど……、ちょっと事情があって、時間が掛かっちゃってね」


「やっぱり強い魔法で捉われたから、解除するには時間が掛かっちゃうか」


「ビアンカさんの左手の魔力も相当強そうですが、花冠の少女の魔力に抗うには時間を取られるのも仕方ありませんね」


 それならば仕方無いとして昶と亜耶が言えば、ビアンカの代わりにヒロがかぶりを振った。


「あれって魔法じゃないんだよ。――なんて言うか。普通の魔法の原理とは違くって、『呼び出した』っていう言い方がしっくりくるのかなあ」


「呼び出した? 召喚魔法のようなものですか?」


「うーん、と。身体の中に飼っているものに自分の代わりに抑えさせていた、っていう感じかな。そいつらが主人である花冠の女の子に『ビアンカが解こうとしたら応じてやれ』って命令されていたみたいでね」


「ただ、私の力が花冠の少女(あの子)に一時的に封じられちゃって。その封印が解けるまで、あの黒い手の群れを(ほど)けなかったのよ」


 立て続けのヒロとビアンカの説明を聞き、昶も亜耶も「ふむ」と喉を鳴らす。――なにやら誤魔化すような隠し事をしているような気配を感じるのだが、深く踏み込むのも悩むところだ。


 そんな風に考えている黒と金の瞳の傍目(はため)には、ヒロとビアンカが目配せしあっている様が映る。

 紺碧と翡翠の瞳が無言のままで語り合い、互いの思惟が通じたのか頷き合う。そして、次には再び昶と亜耶を視界に収めた。


「――とりあえずさ。花冠の女の子から聞いた帰る方法の話も聞きたいし、僕たちから二人に話をしておこうかなってこともあるから。立ち話も何だし、場所を変えようか」


 “紫電”も城に戻さないといけないしね――。

 さようなヒロの提案に、昶と亜耶は(うべな)いに頷いた。


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