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<イリエ衆の海賊>前編

 亜耶の魔法――、ビットを現出させる魔法陣が展開されたまま、イリエを含めた海賊衆に狙いを定めている。

 動けば撃つという無言の圧力を受け――実際に撃つ気は皆無なのだが――微動だにできず、海賊一同は昶と亜耶が“紫電”から降り立つのを見守った。


 イリエが冷や汗を額に浮かせて息を詰め、押し黙って二人の少女の足取りを目で追う。


 コツコツと石畳を叩く踵の音が粛清への秒読み(カウントダウン)のようだ、などと相も変わらず一歩ズレたことをイリエが考えていれば――、昶と亜耶の足音が止まる。

 靴音を意識して意図せずに足元へ下りていた勝色の碧い瞳を上げると、目に映ったのは昶がマスケット銃を拾い上げる姿だった。


「へえ。異世界(ここ)の銃がマスケットって聞いて、勝手に種子島っぽいのを想像していたけど、これはブラウンべスに似てるわね。75口径フリントロック式かあ、渋いわ……」


 黒い瞳がまじまじと銃身を見据えて形状を確認し、感嘆が漏れる。


「それにしても――。銃把(グリップ)が無いマスケットでバズーカショットスタイルとか、ある意味で器用よね。あんな風に撃つ人、現実で初めて見たわ」


 ちらりとイリエを見やれば、目が合った途端に「ぐぬ……っ」と喉を鳴らし、何故か気まずげにされた。


「当たれば、問題は何も無いだろう。……現に十回に一度は当ててきている」


 今回に限って言えば、イリエの立ち位置が“紫電”から距離があったこと、昶と亜耶が目線を上げざるを得ない場所に居たこと。銃床を肩に担ぐ“世界一腕の立つ殺し屋の構え方”をしていた故に衝撃を受け止めるポイントが無く、発砲と同時に銃口が上方へ跳ね上がる諸々の当たらない要素があって、昶も亜耶も全く以て脅威を感じていなかった。

 だが、あの撃ち方で目標に当たることもあったのか、と別の意味で感心してしまう。寧ろ的の方から当たりに来ていたのではなかろうか。

 それでいてあの満ち満ちた謎の自信はいったい何だったのかとも思う。もしかしたら、ブラフの一種だったのかも知れない。


「そもそも、大抵は銃口を向ければ降伏してくる。――それと、その銃は強奪品(せんりひん)だが、子分たち(野郎ども)に使えないと泣き言を吐かれて俺が使っていただけだ」


「早い話が正しい構え方を誰も知らなかったということですね」


 亜耶が思い至ったことをツッコミよろしく口切れば、イリエはぐうの音も出ない様子で口を引き結んだ。――どうやら図星だったらしい。



「ははぁん、そういうことね」


 この異世界での重火器の発展は、昶や亜耶の過ごす世界に比べると著しく遅れている。そこから(かん)がえるに、マスケット銃も目新しい部類に入るのだろう。

 イリエ衆の海賊は商船も襲うと聞いたので、きっと強奪した積荷の中に偶々マスケット銃があり、戦利品として持ち帰った。だけれど、誰も使い方を知らず、仕方なしに――格好良さを重視して――イリエが正しい構えを知らずに扱っていたと推察する。

 そんな状態でよく弾の装填ができたものだと、半ば呆れも含めて思うところもあった。


 昶は「ふむ」と喉を鳴らし、イリエの前に歩み寄る。何用だと勝色の瞳が物語っていると、昶の(てのひら)が不意とイリエへ向く。それに一瞬きょとんと勝色の瞳が瞬くも、次にはフッと一笑を洩らした。


「……ふふ、和解の握手か。悪くない判断だ」


「んなワケないでしょ。撃ってみるから弾と火薬をくれるかな」


 イリエの勘違い甚だしい皮肉な笑いと共に差し出した手が、昶によって軽く音がする程度に叩き落される。

 昶の申し出は思いもよらぬものだったのだろう。瞬く間にイリエの眉間に深い皺が寄った。


「やめておけ。少女(レディ)が扱える代物ではないし、怪我をするぞ」


「チッチッチ……。ダメダメ。あたしが手本を見せてあげる。いい?」


 昶は要らぬ心配だと、立てた人差し指を左右に振るう。有無を言わせぬ覇気ある黒の眼差しで見据えられ、イリエは僅かに口(ごも)りを見せつつ不承不承(ふしょうぶしょう)ながら装填用具一式を昶に手渡していた。

 よもや昶が銃の扱いに長けていると夢にも思っておらず、イリエはどことなく心配げな面持ちだ。――というか先ほどオートマチック拳銃で威嚇射撃をしたのだが、立て続けに撃ったせいか銃撃だったと気付いていないらしい。


「扱えそうですか?」


「うん。さっきの装填見ていて思ったけど、前に触らせてもらったブラウンべスと完全に同じね」


 実は昶の両親は陸上自衛隊員なのだ。両親の影響もあって銃に興味を持ったのもあるが、特に父親が重火器の扱いを昶へ熱心に()()した経緯(いきさつ)があり、その時に縁あって古い時代の――現在も諸々で見かけるが――銃を触る機会にも恵まれていた。

 因みに昶の言う『ブラウンべス』はマスケット銃の種類の一つ、十八世紀イギリス陸軍の制式マスケット銃及び派生型の愛称である。


**


 先ほどイリエが見せた装填作業を、ほんの少し手順を変えて昶は取り行っていく。撃鉄を半分起こしたハーフコック・ポジションにして、火皿に火薬を盛る。そこで初めて銃口へ薬包を詰め、込め矢で押し込む――の無駄な動作を省いた手順なのだが、その作業にイリエも子分の海賊たちも呆気に取られた面持ちを浮かした。

 如何(いかん)せん昶の手際は目を見張るほど良く、かつ恐ろしく早いのだ。あっという間にイリエが(ふん)をかけたであろう作業を済ませ、撃鉄を完全に起こしたマスケット銃を握っている。


「こんなので時間をかけていたら、装填の間に蜂の巣にされかねないわよ。訓練した兵士で二十秒、一般でも三十秒。毎分二・三発は撃てるって言われているんだから」


 唖然とする海賊一同を尻目に、昶は至極得意げに言い述べる。そして、次には辺りを見回し――、ふと何かに目を付けたようだった。


「――どの船も船首に同じ旗を掲げているわね。あれってこの国の国旗?」


 埠頭に停泊する船――、その全てが船首から突き出す斜檣(しゃしょう)の先に(あか)地に白い円を描く三角旗を掲げている。


 どの船も民間船舶の様相で、船尾には商船旗らしき旗と、その下に個々で模様の違う旗を掲げている。本来であれば、民間の船は船尾に商船旗を、船首に所有者を示す社旗を掲げる。しかし、それはあくまでも昶のかつて過ごした世界での見方であって、この異世界では決まりが若干違うようだ。

 だので、船首に揃って翻るのがオヴェリア群島連邦共和国の国旗かとも頭を過ったのだが――。


「あ、あれは、停泊許可旗だが……」


「ああ、なるほど。駐車券ってところね」


 国旗でないならば、()()()()()()()大して問題は無かろう。


 そんなことを考えながら、昶はマスケット銃をスッと持ち上げていた。


***


「あの旗を繋いでいる縄に弾を当てて切るから見てなさい」


 昶が示したのは、一隻のガレオン船。その船首で潮風になびく(あか)地に白円の停泊許可旗で、斜檣(しゃしょう)先端に固定される滑車から繋がる縄に括られている。

 昶から目標まで距離があって目線より上にある。先にイリエが昶と亜耶を狙った時と似通った条件だ。


 宣言を聞くと共に目標である縄の細さを確認し、イリエを含めて子分の海賊たちがざわっと声を洩らす。だが、昶は意に介することなく、持ち上げたマスケット銃を両手で把持する。


 床尾板をしっかりと右肩口に押し付け、右肩を後方へ下げて斜に構える。黒の目線は目標を抑えつつ、照星と銃口は微かに目標より外れた箇所を向く。――これは風向きと強さを考慮してのもの。


「――Fire In The Hole!!」


 楽しげな声音で掛け声(コール)を発し、引き金を引く。撃鉄が当たり金と火皿を叩き、一秒ほどの間を開け、ダンッ――と辺りに響く発砲音が尾を引いて木霊(こだま)する。


 次いでイリエ衆の海賊や遠巻きに様子を窺っていた民衆が耳にしたのは、引き伸びた縄が切れる音。そして、上方の縄が切れたことにより、海に向かって落ちていく停泊許可旗が目についた。


 宣言通りの結果を目の当たりにし、立ちどころに民衆たちから賞賛の声が上がりだす。反目でイリエも子分の海賊たちも茫然と、先ほどまで停泊許可旗が掲げられていた虚空を眺めている。


「せっかくのお宝も正しく使えないんじゃあ、宝の持ち腐れよ。いい武器を持っているなら単独プレイで悪さをして腐らせるより、人の役に立つことで場数を踏んで腕を磨くことね」


 一同の方へ振り向いた昶は、満足の笑みを浮かべて言う。その言は遠巻きながらも「悪さはやめなさい」と諭すものだった。


「……昶。腹が立つくらいドヤ顔です」


「殺生事禁止っていうなら、実力差を見せつけてやらないとね。良い反応でスカッとしたわ」


 確かにイリエ衆の海賊たちは反論無く立ち尽くしている。未だに亜耶のビットで牽制しているのもあるが、昶の有言実行に少なからずショックを受けたようだ。


「彼らは、この後どうしますか?」


「そうねえ。どうしようか……」


 今この場で見逃して、その後に品行矯正が成されるかは分からない。その上、自分たちは元の世界へ帰ってしまうので、その顛末を見届けるのが不可能かつ責任が取れない。

 このまま逃がしてしまって良いものか、ヒロが駆けつけるまで抑えておくべきか――。


 さようなことを相談し合っていると――、漸く我に返ったらしいイリエが静かな足取りで昶と亜耶へ近づいて来るのだった。


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