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<思わぬ再会>前編

 異質な空間から引っ張られて吐き出されるように、出口だと思われる光の先へ――。


 暗い場所から明るい場所へと追いやられ、目が眩む。光から咄嗟に庇って瞑った目を薄く開き、黒と金の二対の瞳が映したのは――、三つの目立つ大陸。その真中にある大地に(そび)えるのは、青々とした樹海に囲まれた一本の大樹。そして、細々(こまごま)と点在する小さな島々に――、青い空と碧い海だった。

 今まで見たことも無い風景に、(あきら)亜耶(あや)もギョッとした表情を浮かす。


「うわっ! なになにっ?! 今度は何なのっ!!」


 あまりにも唐突過ぎる事態に、昶の口から意図せずに焦りの声が溢れ出した。


 暗闇の――、“時空の穴(ワームホール)”だと思われる場所で少女が両腕を広げた途端に、闇が晴れて“紫電”の機体が光に引き寄せられた。

 何も対処ができずに引力に誘わ(ひか)れるまま異空間の外に出れば、目に映ったのは自分たちの知るものではない()なる世界。


 これに驚くなと言う方が野暮だという出来事に見舞われたのだ。


「昶っ、制御が利きませんっ!!」


「ええええええ?!」


 不意に聞こえた亜耶の焦りを帯びた声に、昶は再三の吃驚を声に出して顕す。

 思わず複座の前方を見やれば、亜耶は右往左往とでもいうように装置の調整に動く。亜耶がそうそうと冗談を口にしないのを分かってはいるが、悪い冗談では無いのが明確。


「亜耶、落ち着いて。どういうことなの?!」


「“紫電(しでん)”に纏わりついた魔力が異質過ぎて、魔法動力炉と魔力増幅装置が上手く作動していません。なんなんですか、この現象は!!」


「あ、あたしが知るはず無いじゃない! ――って、制御できないってことは、このまま……」


「墜落しますっ!」


 まるで亜耶の非情な宣言を待っていたかのように、水平飛行をしていた“紫電”の機体がぐらりと傾いだ。と思えば、重力に従って急激に下方に引かれていく。


「う、嘘でしょーーーーーーーっ?!?!」


 周囲モニターいっぱいに映し出される青と碧――。

 徐々に碧い海原が近づいて来る事実に、ふたりの少女の悲鳴が尾を引いた。



「ねえ。今の、何かしら?」


「なにか結構大きそうなものが、空から落ちてきたよね。なんだろう……?」


 桟橋(さんばし)で釣りに勤しんでいた一組の男女――、黒髪の青年と亜麻色の長い髪を一纏めに結い上げる少女が首を捻る。

 紺碧と翡翠の二対の瞳が上空から下方の海原へと流れ、何が起きたのかの推測も及ばぬ出来事に疑問が口をつく。青年が手にした釣り竿を桟橋(さんばし)に置くと、眉間に怪訝げな皺を寄せて立ち上がった。


「変に強い魔力も感じたし、見に行ってくる」


「えっ?! 危ないものだったらどうするの!」


 青年の提言に少女が吃驚に立ち上がれば、青年は黒い革手袋を嵌める左手を上げ、「心配するな」と言いたげにへらりと笑った。


「危ないものかを確かめるのも、僕の仕事だし。海に害を及ぼす厄介なものだったら、壊さないとだからね」


 左手をひらひらと揺らして青年が(きびす)を返すと、その上着の裾を少女の手が引いた。青年が頭を傾いで振り向けば、射るような翡翠の眼差しが目に映る。


「それなら、私も行くわ。ヒロがダメって言っても、ついていくからね」


「ええー……、ビアンカは大人しく家で待っていてよ……」


 亜麻色の髪の少女、ビアンカの思いもかけない力強い申し出。意に染まぬ言葉に黒髪の青年――、ヒロと呼ばれた青年は苦い顔を浮かした。

 もしも危ないものだったらという憂慮からヒロは渋るが、ビアンカは否の意からゆるゆると(こうべ)を振るう。


「いやよ。ヒロにばかり任せっきりにはできないし。万が一の時は私が補助(フォロー)をしないと、あなたが大変な目に遭うじゃない。――ヒロが無茶なことばかりしないように見張るのが、私の仕事よ!」


 ビアンカが自信を持ってきっぱりと言い切れば、ヒロは「ぐ……っ」と喉の奥を鳴らして二の句を言い噤む。


 こう言い出したらビアンカが梃子(てこ)でも動かないのは、ヒロも了していた。だので、ついと諦観(ていかん)で大げさな溜息を吐く。


「もう、仕方ないなあ。絶対に船から落っこちるような真似だけはしないでよね」


 心の底からの詮方無さを帯びた声音でヒロが言うと、ビアンカは真剣な(まなこ)を見せつつも満足そうに大きく頷くのだった。


**


「え……。なんだ、これ……?」


 紺碧の瞳が映したものが謎過ぎて解せなさ過ぎて、ヒロは唖然と目をまじろいだ。


 細身な一本マストを有する小型帆船(ディンギーヨット)で沖合近くに出た。そして、眼界に現れたのは――、これは鉄の塊だろうか。このように大きな鉄製のものは生まれてこの方、見たことが無い。


 周辺の海域は遠浅なため、水深はそれほど無い。鉄の塊に見える()()は、ヒトが尻もちをついて座り込むような形で鎮座し、腰なのだと思う部位辺りまで海水に浸かった状態だ。

 今は座っているらしい形状だが立ち上がれば――、いや、これが(もの)的に立つのかは分からないが、全長はおおよそ十八メートル。二本マストの小型帆船であるケッチ船ほどの大きさか。


 ヒロは船首に立って手にした(かい)で海面を掻き、船を謎の物体に接舷させる。呆気に取られて半開きになっていた口元を引き締め、気を改めて紺碧の瞳で上から下まで流し見るも、やはり何なのかさえ想像が及ばない。


「なんていうか、偶像みたいじゃない? ヒトっぽい形をしているわよね?」


「うん、そんな感じがする。――あと、さっき感じた不穏な魔力を表面に帯びているね」


 翡翠の瞳が映すものを解せずにビアンカも首を捻っていたが、見たまま受けた印象を口に出す。


 ビアンカは持ち前の好奇心から、少しでも近くで見ようとしているのだろう。不思議そうに瞳を輝かせ、船の縁に手を付いて中腰で身を乗り出している。そのせいで船の重心が偏り僅かに傾いだため、ヒロはビアンカを手で制して「落っこちるから」と軽く諫めた。

 窘めに従ってビアンカが腰を下ろしたのを認めると、ヒロは再び正体の分からぬ物体に怪訝さを帯びた紺碧の瞳を差し立てる。


「空から落ちてきたのは、こいつで間違え無さそうだけど。――中の方に感じる魔力の波長って。なんか、覚えがあるというか……」


 この正体不明な物体が表面に帯びている魔力は、暗然たる様相を感知させた。まるで“呪いの烙印”を行使したかのような暗く重く濃い――。しかし、相反する慈しみを抱懐しているようにも感じる。

 遥か上空から海へ落ちてきたにしては、壊れた様子も無い。もしかすると、この包み込むように表面を覆う魔力が原因かと推察していく。


 そして、更に内側に感じるのは、身に覚えのある魔力の波長だった。どこで感じた魔力だったかヒロが首を傾げていると、不意に腰に巻き付けた帯布を引かれた。

 はたと思想を中断して帯布を引く(ぬし)を見やれば、座り込んだままのビアンカが怪訝そうに何かを指差し示している。


***


「ねえ。頭みたいなところに襲い掛かっているの……」


 翡翠の瞳がヒロを見上げていたと思うと、ちらりと正体不明の何か――、その偶像じみた物体の頭に当たるであろう部分へ視線を上げる。

 釣られるようにヒロが目線を追い掛け、微かに苦笑いを浮かして頬を指先で掻いた。


「うん。ツクヨミ、滅茶苦茶怒っているねえ」


 ビアンカが指先で示した場所では、ヒロの使いの魔物――、セイレーンのツクヨミが金切り声を立てて羽ばたく。

 ツクヨミは端正な面持ちを怒りに歪め、鉄の塊に鋭い鉤爪を打ち立てている。その度に爪が金属を引っ掻く耳障りな音が響いた。


「見たこと無いものが縄張りに入り込んで怒っちゃったんだ。止めてくる」


「え?! ちょっと、ヒロ――ッ?!」


 ヒロは言うや否や船の縁に足を掛け、身軽い動きでヒトの形を模した鉄塊に乗り上げる。その拍子に船が大きく揺れ、ビアンカは小さく悲鳴を上げて縁に縋り付いた。


 複雑に凹凸が連なる部分を足場に、ひょいとヒロは高くまで登っていく。尚も鉤爪で金属を叩くツクヨミの元まで辿り着くと、ヒロは適当な突出部分を片手で把持して(おもむろ)に上着のポケットに手を差し込んで漁る。

 ヒロがポケットに入れた手を差し出した途端――、ツクヨミの攻撃的な動きがはたと止まった。


「縄張りを守ろうとしたんだな。偉いぞ、ツクヨミ。これを持って巣に帰りな。あとは僕に任せて、ね?」


 ヒロが優しく声掛けをすれば、立ちどころにツクヨミは顔色を変え、藤色の瞳を細めて微笑む。次には差し出されたヒロの手に握られたもの――、自家製の干し肉を口から出迎え咥えると、大きな翼を羽ばたかせ、鼻歌ともつかぬ鳴き声で喉を鳴らして飛び去っていく。

 なんとも現金なものだ。ツクヨミを見送ったヒロは嘆息(たんそく)するが、自らが手と足を掛ける謎だらけな物体に再び視線を向けた。


「さて――、これが何なのかは分からないけれど、このままにしておいたら厄介そうかな。()()()の出番ってところか……」


 ヒロは黒い革手袋を嵌めた左手の手首を振るい解し、普段よりも幾音か下がった声で独り言ちた。


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