<満を持して>後編
ヒロはリュウセイを探し出し、昶や亜耶たちのいる前で詳しい話をしようとしていたらしい。そして、漸くリュウセイを見つけて酒場へ戻ってくれば、海賊衆が昶や亜耶を取り囲んでの乱闘騒ぎをしているではないか。
思わず怒りの声が出たよね――。そうした成り行きをヒロは苦々しげに語り、未だに片付けに興じる海賊たちを傍目にし、綺麗に整えられた円テーブルの席にどかりと腰掛けていた。
「市で騒ぎを起こしたのって、リュウセイさんのところの海賊じゃ無いんだ」
そうした中で話頭に上がったのは、市で起こった花冠の少女と海賊が絡んだ騒動――。
リュウセイが子分から又聞きしたという状況説明に昶が口を挟めば、生壁色の瞳の主は酒を煽る合間に首肯した。
「うちの海賊連中の話だと、市で騒ぎを起こしていたのはイリエ衆の連中だったらしい」
リュウセイが言うや否や、ヒロの眉が顰められた。――煩わしさを示唆する表情は、昶と亜耶に厄介な海賊連中なのだろうと窺わせる。
「そのイリエ衆は、ヒロさんに従っていない海賊たちなのですか?」
「前にヒロ、言っていたわね。悪さばかりしている海賊がいて手を焼いていたって。その海賊たちの頭目が、確かイリエって名前だったような……」
各々の瞳がヒロを見据える。すると、ヒロはちらりと紺碧の瞳で伺い、煩瑣を含む嘆息を吐いた。
「そうだよ。言うことを聞かないで、港に来れば市や酒場を荒らす。海に出れば商船や漁船なんかも構わずに襲う素行の悪い連中でさ。――ビアンカと出会う少し前の話なんだけど、商船拿捕の現行犯を見かけたからお灸を据えてやったんだ」
「はは、あんときゃ見物だったな。船腹にご馳走してやれってヒロ坊に言われて、大盤振る舞いで砲弾を食わせてやったんだ」
「えええ。船を沈めちゃったの?!」
「球形弾で窓を増やしてやったが、あの程度じゃあ即急に塞げば浸水で沈没することもねえさ。奴さんたちは尻尾を巻いてさっさと逃げちまったがな」
昶と亜耶が不穏な内容にギョッとしたのも束の間、リュウセイが否を口出して大仰に笑う。
球形弾は爆薬を含まない鋳鉄製の砲弾だ。船体に命中しても着弾時に爆発はせず、穴を穿つ程度。――実体弾の中では損害は比較的少なく済むが、当たりどころが悪ければ大事なはず。
だけれど、イリエを頭目とした海賊船襲撃の際には、船腹だけを確と狙ってマストなどには当てなかったそうだ。
それにしても、よほど優秀な砲撃手たちがいるのだろう。今酒場に居座る海賊の中にいるのかは定かではないが、ただ騒ぐだけの烏合の衆ではないのだと思わず感心してしまった。
*****
「その時の修理をしに首都ユズリハに来ていて、暇潰しに市で騒ぎを起こしたって感じなのかな」
「多分ね。応急処置でやり過ごしていたけど、いい加減にガタが来たんでしょ。僕が無人島に戻って不在な時期を見計らって、潜りの造船所に持ち込んできたってところかな」
今回は昶と亜耶の案内をするために出て来たけど、いつもだったら一度無人島に帰ると暫くは本国に戻らないからね――。さようにヒロは続けていき、再三の溜息をついた。
船乗りというものは、ある程度の船の修繕技術を有している場合が多い。だが、それも資材の関係で応急処置に過ぎず、本格的な修理となれば造船所へ足を運ぶ必要がある。
しかし、オヴェリア群島連邦共和国では、各港町に存在する造船所には国で申請・許可を受けた者しか船を持ち込めず、国の命に従わないイリエ衆などの海賊は立ち入れない。だので、正規の造船許可を得ていない、ヒロ曰く潜りの造船所を利用する必要があるのだ。
因みに正規の造船許可を持たない造船所が開けていられるのは、戦争などの有事に造船・修理の行える場が少しでも多い方が良い――、と存在が黙認されているから。
その微妙な抜け穴を野良海賊たちが利用しているのだが、恐らく大らか気質なオヴェリア群島連邦共和国の人々は、細かなこととして気にしていない。こちらも許容範疇を超えた大騒ぎさえしなければ目を瞑っているのだ。
「こんなことなら容赦せずに鎖弾も使ってマストをへし折ってやるんだった。失敗したなあ」
『後悔先に立たず』を声音で表しつつ、ヒロは黒髪を搔き乱した。面倒くさいを態で表して辟易とぼやき零すヒロを目に、亜耶は何やら勘がえを示唆させる。
――素行の悪い海賊が闊歩する時期に誘われたのは、偶然か必然か。しかし、それは置いておいて、花冠の少女が市で売り娘を助けたのは事実。
だが、その騒動は新たな厄介事の可能性を孕んでいる。これは、ヒロが『海賊に手を出したってなると仕返しにも注意しないといけない』と口にしていたことから、素行不良のイリエ衆が自分たちを叩きのめした相手を捨て置かないだろうという推測だ。
肌身に感じた寒気を催す魔力と多岐にわたる不穏な憶測。それらから不信感や警戒心を抱いてしまったが、思うに花冠の少女は悪戯が過ぎる部分があるものの、根本からの悪ではないだろう。そうでなければ、おいそれと人助けもしないはずである。
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「亜耶、どうしたの?」
亜耶の様子を不思議そうに昶が声をかければ、思想で下がっていた頭がはたと上がり、長い白銀髪が揺れた。
「少し考え事をしていました。そのイリエ衆とかいう海賊が仕返しとして、花冠の少女に悪さをしなければ良いのだけれどと思って……」
「うーん、そうねえ。でも、ヒロ君の訓えもあるし。女の子に乱暴なことをしないんじゃないの?」
ヒロの訓えを受けた海賊たちは、女性に暴力を振るうことを禁じられている。酒場騒ぎの一件もあるので一概に訓えを守っていると言い難いが、それでも得物を抜かないといった気遣いは見られた。なので、イリエ衆の海賊が万が一にも花冠の少女を捉えたとして、さほど暴力的な訴えをしないのでは――。
そういった考えからの昶の推考だったが、ヒロは眉間に皺を寄せてかぶりを振った。
「イリエの海賊連中は本来の自由で在るべき海賊っていうのかな。僕の言うことも聞かないヤツらだから、何を仕出かすか分かったもんじゃない。だから、もし先に花冠の女の子を見つけられちゃっていたら厄介なんだ」
「……ヒロは花冠の女の子が捕まっていて、それで姿が見えないんじゃないかって心配しているのね」
「うん、可能性はあるかなって。首都に来てから酒場に来るまでの間やリュウセイを探している時にも、花冠の女の子が居たらしい程度の話しか聞けなかったし。イリエの海賊連中も見かけなかったしさ」
埠頭に停泊した帆船――。その船尾に翻る海賊旗を目にし、首都ユズリハに訪れている海賊がリュウセイたちだけなのは把握していた。そして、リュウセイの海賊一派が人目の多い場で品行悪さを見せないのも了している。
だので、市で話を聞いた際、自らに従わない海賊の仕業かと頭の片隅を過った。もしもそうだとすれば、女性に対しても無体を働きかねないので、花冠の少女の安否を憂慮した。
だが、憶測ばかりが先走って確証がないこともあり、ヒロは敢えて口にしなかったのだ。
「どうかなどうかなって思っていたんだけどさ。リュウセイの話を聞いて、漸くイリエの連中かって確信できた感じなんだよ」
「だからヒロ君ってば、酒場に行こうって言い出した時、凄く面倒くさそうな顔をしていたのね」
「決めつけが良くないとはいえ、見当があったなら教えてくれても良かったんじゃないですか? こちらは勝手も分からないし、ヒロさんの考えが読めなくて何が何だかという感じだったんですよ?」
昶と亜耶の不服を含んだ申し立て。それを受けてヒロは体裁悪そうにしつつ、誤魔化しを含意した笑みをへらりと浮かせた。
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「それと、花冠の少女が捕まったって考えるのは早急じゃないかな。なんか聞いた話だと結構強かったっぽいし」
「魔力量も桁違いな印象を受けましたので、魔法の扱いも慣れているはずです。そう易々と捕まることもないと思いますね」
市の海賊相手の喧嘩騒ぎも、花冠の少女が海賊たちを叩きのめして収束している。大の男を相手どって一人で立ち回りをしたと考えるに、花冠の少女はかなりの手練れである。
昶と亜耶を異世界転移させるほどの魔力も持ち合わせているため、それを攻撃魔法へ換えるのも容易だろう。
「そうよね。花冠の女の子をイリエ衆の海賊が捕まえようとしても大騒ぎになるはずだし。それなら町の人が見ているはずだから、何かしらヒロに報告が来ると思うわ」
「イリエんところの野郎どもは、ヒロ坊が本国に戻ったってんでコソコソ隠れているだけって可能性もあるな。――まあ、連中の船は修理で造船所だろうし、足止めの暇潰しでまた騒ぎでも起こすんじゃねえの?」
立て続けに杞憂だろうことを述べられ、ヒロは「ぐぅ……」と喉を鳴らして唸った。
「ま、まあね。確かに言われれば、うん。そうなんだけどさあ。でもでもでもさ。やっぱり僕としては……、女の子が危ない目に遭いそうなのが心配で――」
ヒロの性格を知るビアンカやリュウセイにとって、らしさである女性尊重な信条から綴られる答弁だったが――、それは不意と遮られた。
何故ならば、突として大きな音が上がると共に酒場の扉が乱暴に開け放たれ、数人の男が足早になだれ込んできたからだ。
「な、ななななにっ?!」
息せき切って現れたのは、海賊の井出達をした面々。彼らはリュウセイを酒場の奥で見つけるや否や、居合わせた者の視線を一身に集めつつ、大きく声を張っていた。
「お頭っ! イリエの海賊どもが騒ぎを起こしてまっせ!!」
――噂をすれば何とやらな状況である。思いも掛けぬ報告を受け、酒場全体がざわついた。
「何があった? 詳しく見た野郎はいるのか?」
「なんでも女を追っているらしいっす。チラッと見たヤツの話だと、亜麻色の髪だったってんで、英雄の旦那の嫁さんが仕返しで追われていたんじゃないか……って、――あれ? 英雄の旦那も嫁さんもそこにいるっすね?」
リュウセイの傍らにいるヒロとビアンカの姿を認め、報告に駆け付けた海賊衆は呆気に取られて言葉尻をしぼませる。
だけれども、その一報で事を察することはできた。途端にガタリと椅子を跳ね除けてヒロは立ち上がり、続くように昶も亜耶も腰を上げた。
「あの子ってば空気読み過ぎね。このタイミングで出てくるなんて」
「私たちも追いかけて、先に花冠の少女を保護しましょう」
「うん。本当なら昶にも亜耶にも危ない目には遭ってほしくないんだけど……、今は頼むよ。首都は迷いやすい造りだからはぐれないように気を付けて」
「二人とも無茶はしないで。――あと、ヒロは足が速いから。頑張ってついてきてね」
最後に何やら妙なフラグを立てられた気がしなくもないが――。
そんなことを思いつつ、昶と亜耶は気を引き締め、頷きを以て諾を示すのだった。
<いきなり次回予告>
中央広場で繰り広げられる喧嘩騒ぎ。
無法な海賊たちを相手取って果敢に立ち回るのは――。
???「あーあ。お腹が空いたから出てきたのにツイてないなあ。この際だから、この人たちを食べちゃおうかしら。……ううん、そんなことしたら彼に怒られちゃうわね」
次回:<花冠の少女>
※次話はまた遅れる可能性が大きいです。執筆完了次第、更新していきます。




