<海賊の流儀>後編
ヒロは『海賊に聞くのが手っ取り早い』と言っていたが、海賊といえば海の無法者集団。そう簡単に話を聞き出すことができるものなのだろうか――。
そんなことを昶と亜耶は感じていたが、ヒロにはヒロなりの考えがあるのだろう。そう思慮して納得することにした。
「んで。ヒロ君ってばなかなか戻って来ないけど、大丈夫なのかなあ?」
「知り合いを探してくるは良いですけど、海賊に知り合いがいるのですね」
酒場に到着して店内を覗き見たヒロは、当てにしていた人物が居ないことに気が付いた。すると早々に「近くにいるはずだから探してくる」と、店の外へ戻ってしまったのだ。
残された昶と亜耶、そしてビアンカはヒロを酒場で待っていたが――。だいぶ時間が経ったものの、ヒロが戻ってくる様子が無い。
「停泊していた船の中に、リュウセイさんっていう人が頭目をしている海賊船団の船があったから、多分その人を探しに行ったんだと思うのよね。リュウセイさんは色々気付きの多い人だから、何か別の話の報告とかされているのかも」
円テーブルを囲み、女三人で酒場にいる現状。周りには下品で大仰な笑い声が響き、そちらへ目を向ければ酒を酌み交わすむさくるしい男衆が視界に入る。よくよく注意していれば、男たちの視線は稀有を含んでこちらを窺っており、あまり環境が良いと言えない。
しかしながら――、昼間から酒場に入り浸るとは良いご身分だとも思う。男衆の薄汚れたシャツやベスト、腰に携えたカトラスといった井出達から想像するに、彼らは生粋の海賊だ。海賊衆が陸地に上がった際は酒場に入り浸るというのは真実らしい。
そんなことを思い遣っていたのも束の間、いつの間にやらニヤニヤとした厭わしい笑みを浮かす男たちに囲まれていた。
「こりゃあ近くで見ると格段の別嬪さんたちだ」
「黒髪黒目の姉ちゃんは北方の者か。勇ましそうな格好が反対にそそるし、銀髪の姉ちゃんもヘソ出しの格好が色っぽいねえ」
「こっちゃのオデコっ娘は……、どっかで見たような。お触り禁止の娘だった気もするけど――、まあ良い。女ばっかで楽しんでないで、俺たちに付き合ってくれよ」
「そうそう。女同士じゃできない愉しいことして遊ぼうぜえ」
女ばかりで海賊の溜まり場に足を踏み入れれば当然の結果である。
酒臭い息と共に吐き出される下卑た常套句。それに辟易とした嘆息が漏れてしまう。
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「お生憎様だけど、人待ちをしてるの。お呼びじゃ無いから、さっさとあっちに行ってくれないかな」
慣れ慣れしくも円テーブルや椅子の背凭れに肘を付く男たちを冷然とあしらう。しかし相手も退かず、尚も絡む姿勢を窺わせている。
「そう言いなさんなって。悪いようにはしねえからよう、俺たちとも遊んでくれよ」
「しつこい男性は嫌われますよ。親切に忠告しているうちに――きゃあっ!!」
「ちょっとっ! うちの子に何してんのよっ!!」
昶の去なしに続いて亜耶が苦言を言い述べている最中、やにわに亜耶の口から悲鳴が上がる。ビアンカが悲鳴に反応して視線を向けると、立ち上がった昶の拳が男の顔面に直撃している様が映り――、と思えば殴られた男の身体は見事な大の字で倒れた。
「昶さん、亜耶さんっ?!」
何事だと思ったが、亜耶が険しい面持ちで立ち上がり臀部を気にしていることから、どうやら海賊の一人に尻を撫でられたらしい。そして触られた張本人より早く、昶が憤慨から拳を振るった――。
ビアンカが事を察したのと同時に、辺りにドッと笑い声が響く。殴り倒された男を馬鹿にした茶々が飛び、囃し立ての言葉と突然の暴挙に絡んできた海賊たちは鼻上に皺を寄せている。殴り飛ばされた男も起き上がり、忌々しげに拳を鳴らしている始末。
「このアマッ! 何しやがるっ!!」
「何しやがるはこっちのセリフ! 先に手を出したのはオタクらでしょ。自業自得よ!!」
「うるせえっ! 下手に出て優しくしてやりゃあ調子に乗りやがって。痛い目に遭ってヒイヒイ言うのがお好みなら望み通りにしてやるよっ!!」
「どこが優しかったのか問い詰めたいところですが、如何にも三下らしい下品な物言いですね。返り討ちにして後悔させてあげましょう」
双方共に不機嫌を含意する売り言葉に買い言葉。不穏な空気が酒場全体を包み込み、穏便に済ますのは不可能な状態だと推し量れる雰囲気を漂わせた。
*****
昶と亜耶、それに最初に絡んできた海賊三人だけの喧嘩だったはずが、いつの間にか他の海賊たちまでも喧嘩に参加している。
酒と喧嘩、奪って襲って犯すが海賊の華というけれど、騒ぎ好きにもほどがある。あわよくばご相伴に与ろうという魂胆なのだろうが、これはビアンカには到底理解できない部分だ。
「えええ、どうしよう……」
呆然と立ち尽くしているビアンカの背後から突として野太い腕が伸び、その身を拘束した。
吃驚で声も出ずに身が竦むが、それも瞬刻。すぐさま翡翠の瞳が不愉快を彩った鋭さを帯び、かと思えばビアンカの右肘が無法者の鳩尾にめり込んだ。思わぬ反撃に呻き声が吐息として漏れ出し、腕の力が緩んだところで身を返した強烈な掌底が顎先に見舞わされ、あっという間にビアンカを捉えた男は昏倒してしまう。
「もう。気安く触らないでよね。――って、ああ……、やっちゃった……」
騒ぎを止めるどころか、つい条件反射で切り返してしまった。これでは間違えなく自分も共犯として怒られる――というか、鼓膜が無事で済むか心配だ。
さようにビアンカが狼狽えている中、唐突に破裂音と思しき大きな音が鳴り響いた。
聞き慣れぬ大きな音に再び肩を震わせ、瞬く翡翠の瞳が映したのは、天井に向かって片腕を掲げている昶の姿――。
「ほらほらっ! さっさと消えないと、今度は体に風穴が開くわよっ!!」
昶の手にはオートマチック拳銃が握られ、威嚇射撃の一発が天井に穴を穿った。
上がっていた腕を下げ、海賊衆に銃口を合わせる。その昶の動きに男たちがざわついた。
「お、おおい。あれって小せえけど鉄砲だよな」
「ああ。だけど一発撃っちまったらそれまでだ。今の内に押さえつけちまえ!!」
自分たちの知る重火器より遥かに小型な拳銃を目にし、海賊たちは怯むものの、それも片時の合間。すぐさま表情険しく、昶の忠告を無視して向かって来ようとする。
そうした無謀かつ無知な言動に、昶の口角が意地悪く吊り上がった。
「ふっふっふ、前にも言ったけど――。これはマスケットとは違うのだよ、マスケットとは!」
昶が何処か楽しげに吠え、立て続けに数発の銃声が響いて男たちの足元やカウンターに穴を開ける。
当てるつもりの無い威嚇射撃ではあるが、意想外の連射に情けない悲鳴がそこかしこで上がった。――ついでにカウンターに隠れていた酒場の店主の悲鳴も聞こえた気がするが、致し方ない。
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向けられた拳を前腕に滑らせて払い除け、カウンターの要領で肘打ちを食らわせる。間を空けずに胴に蹴りを当てれば、大の男の身体が他の海賊を巻き込みつつ吹き飛んだ。テーブルもろとも叩き倒れた音を後に踵を返すと、金の双眸に次の相手が映る。
「海の男に喧嘩を売って、タダで済むと思うなよっ!!」
「二流・三流どころか、それ以下のモブいセリフです。そんなフラグを立てていたのでは早死にしますよ」
「おうおう、言ってくれるなあ。だが、やられたらやり返すのが俺たちの流儀だ。例え玉砕して早死にしようと、一泡吹かせられりゃあ海の男として本望!!」
「ぐう。潔いというか頭が悪いというか、とんだ脳筋思考ですね!」
半ば呆れつつ、振るわれた拳をアサルトロッドで殴って逸らす。
――本来であればアサルトロッドをソードモードに切り替えたり、魔法のビットを使って応戦するところだが、どういうワケか海賊衆は携えたカトラスを抜かない。こちらを必要以上に傷付けようとしてこないならば、殺生無しの平等でいよう。
さようなことを考慮したアサルトロッドを握った拳の一撃は、男の臍下辺りを捉える。人体の急所である膀胱を狙った加減の無い攻撃を受け、男は呻き声を喉から絞り出し、前屈みに倒れていく。
「――亜耶っ! 後ろっ!!」
ふと一息ついた亜耶の耳に、焦燥を孕んだ昶の声が届いた。
目の前の相手が沈黙したことで油断し、背後を取られた――。亜耶が咄嗟に踵を返すと同時に、ゴッ――と鈍い音が聴こえ、その音と共に眼界から男と椅子がフェードアウトする。
思わず椅子が飛翔してきた大本に目を向けると、ビアンカが物を振り抜いて投げた姿勢のままで立っているではないか。
「え。ビアンカさんがやったんですか……?」
「ビ、ビアンカちゃんが椅子をぶん投げた……」
予期せぬ援護に金と黒の瞳が唖然と瞬いた。反目で椅子を投げた当のビアンカは何やら困り果てた表情を浮かしている。
「ねえ。大騒ぎはいい加減にして穏便に済ませて。そうじゃないと――」
「何をやっているんだ、お前たちっ――!!」
ビアンカの訴えを遮って怒気を含んだ大声が空気を鳴動させ、酒場に居合わせた全員が吃驚で身を竦ませるのだった。
<いきなり次回予告>
酒場に現れた大声の主は怒りの面持ちのまま、紺碧の瞳で見下ろしてくる。
それに一同は冷や汗混じりで反省の意を示して――。
昶「えっと。異世界も反省とか謝罪する時って正座なんだね……」
亜耶「それよりも、口調が変わっていませんか? 怒っているせいですか?」
ビアンカ「……あの人、普段は凄い猫被りなのよ。怒らせたらいけない人なの」
次回:<満を持して>
※次話はまた遅れる可能性が大きいです。執筆完了次第、更新していきます。




