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<海賊の流儀>前編

 埠頭に揺れる大振り小振りな花々に目を向ければ、稀有の視線と取ったのだろう。紺碧の瞳の(ぬし)は目元を細めて口を開いた。


「あれは扶桑花(ぶっそうげ)。暖かい群島辺りでしか咲かない花なんだ」


「ハイビスカスですね。ヒロさんがカトラスの鞘に巻き付けている布にも刺繍がされていますし、お好きなんですか?」


 亜耶(あや)が指摘すると、ヒロはへらりと笑って「赤い扶桑花(ぶっそうげ)が好きなんだ」とカトラスの鞘に巻かれる白い布――、そこに施された赤いハイビスカスの刺繍を指先で大切そうに撫でる。と思えば気を改め、生垣の合間から覗く花を再び指差し示した。


「こっちの小振りな花は緬梔花(めんしか)。色の種類が沢山あって、色によって微妙に香りが違うんだ」


「群島では緬梔花(めんしか)って呼ばれて、本島の三大陸ではプルメリアって呼ばれているお花ね。地域で名称が変わるのよ」


 ヒロの説明にビアンカが補足を続ければ、「なるほどなるほど」などと(あきら)は思わず納得から頷く。


「あっちの(つた)に咲いているのはブーゲンビリアかな?」


「あれは筏葛(いかだかずら)って名前だね。あれも暖かい場所でしか咲きづらい花だから、本島(おか)だと見ないらしいね」


 更に昶が疑を投げれば、ヒロが間髪入れずに名前を教えてくれる。


 ヒロの住む無人島でも目にして、どうにも見覚えのある花々だと思っていたが、どうやら馴染みのある花で間違えないらしい。しかも聞くに花の名前は、昶が生前に暮らしていた世界の学名や和名が付けられているようだ。


 目線を花から市の屋台へ向ければ、更に見覚えのある果物や野菜の数々。

 黄色や桃紅色の楕円に近い形の香りが強い果実、同じく楕円形だが大き目で松ぼっくりのような形状をした剣状の固そうな葉が生える果物。イボイボとした形状が特徴的な緑色の野菜――これは野菜というのが正しいのかは定かでは無いのだが――、どれも既視感があるものだった。


「えっと。あれはマンゴーよね」


「群島だと菴羅(あんら)って名前だね。あそこで扱っているやつは甘くて美味しいよ」


「あちらはパイナップル、でしょうか」


鳳梨(ほうり)だね。凍らせて食べると美味しくて好きだなあ」


「ヒロ君が作ってくれた料理にも入っていたヤツ。これはゴーヤ」


「苦瓜。正式名称は蔓茘枝(つるれいし)だったかな。生命力が強くて、放っておいても良く育つから庭に植わってるんだけど。ビアンカが苦手にしているんだよねえ」


 果物や野菜に関しても花と同様、見覚えのあるものは昶や亜耶が知るもので間違えないらしい。ヒロが口にする名称も和名である。


 ゆるりと視線を動かしていけば、魚の絵が描かれたのぼり旗が目に入る。その(かたわ)らの屋台には魚の赤い切り身が乗った丼物が並べられていた。

 銀色の魚の絵と赤い切り身、これは紛うこと無き――。


「「マグロ丼」」


 昶と亜耶の声と、視線の動きで思惟(しい)を察したヒロの声が重なった。



「ん。美味しい! ちゃんとマグロ丼だわ、これ!」


 木の器に盛られる米と赤身魚の切り身――、マグロ丼を口に運んだ昶の感嘆の声が上がった。

 さすが港町。新鮮な海鮮は味が違うし、漬けに使っている汁も味が凄く良い――。嬉々としたグルメリポーターさながらの昶の感想に、屋台の店主も嬉しそうに頬を綻ばせている。


 マグロは異世界でもマグロなのかと昶と亜耶は関心を抱いたのだが、その注目をヒロは『マグロ丼が食べたい』の意味で取ったらしいのだ。

 勘違いしたヒロはあれよあれよと言う間に屋台の店主に話し掛け、マグロ丼の注文をしていたのだった。


「本当にお金を出さなくて良いのですか?」


 昶同様にマグロ丼の器を手にした亜耶が聞けば、ヒロは当たり前と言いたげに頷いた。


「うん、いいよいいよ。ここは男の僕に頼っちゃってね。それにさ、昶も亜耶もこっちの世界のお金を持っていないでしょう?」


「ごもっともです。――ありがとうございます。ご馳走になりますね」


「遠慮なくどうぞ――って。……あのさ、おやっさん。マグロ丼は三つしか頼んでないのに、なんで四つ分で計算してんの?」


 昶と亜耶で一杯ずつ。ビアンカは一人前を食べきれないと言うので、ヒロとシェアする目的から二人で一杯。合わせて三杯しかマグロ丼を頼んでいないのに、ヒロに提示された合計金額は四人分。

 それに気付いたヒロが苦情を口切れば、屋台の店主は首を捻った。


「なんでって。()()()のツケを払いに来てくれたんだろ?」


「は? 嫁のツケ……?」


 ついと紺碧の瞳が『嫁』と呼称された人物を見やれば、マグロの刺身を口に運んでいた翡翠の瞳の持ち主は不思議そうに首を傾いだ。


「ビアンカってば、いつの間に食べ歩きなんてしたのさ……。しかも僕のツケって、そんなことをするから一人前が食べきれないんだね……」


 呆れ混じりのぼやきが零された途端、ビアンカは(むせ)て咳込んだ。


 昶と亜耶の耳に何やら聞き捨てならない単語が聞こえた気もしたが――。

 昶が慌てて器片手にビアンカの背をさすってやっていると、暫し咳込んでいたビアンカは落ち着きを取り戻し、間髪入れずに不満を大いに含んだ涙目をヒロへ向けた。


「そ、そそそそそんなことするワケないじゃない! そもそもあなたとずっと一緒だったでしょ! いつ食べ歩きをする暇があったっていうの?!」


「あれ。言われてみれば、それもそうか。ずっと僕ん()に居たし、ここに来てから別行動もしていないしなあ」


 ビアンカが自主的に回遊することは極々(まれ)だ。あまつさえ自身の財布を出さず、付け払いにするなどあり得ないのはヒロも了している。

 そしてビアンカの言う通り、暫しの期間をビアンカはヒロと共に彼の家(無人島)で過ごしており、昶と亜耶の案内として首都ユズリハに来てからも一緒に行動していた。一人で行動して食にありつく暇など無かったはず。


 店主の勘違いではなかろうか。さようなことを思いつつ、紺碧の瞳を改めて店主に向ければ、有無を言わせぬ催促の(てのひら)が伸びてくるのだった。


**


「いやはや。それにしても、英雄様の嫁さんも気が強いなあ。まさか海賊連中に喧嘩を売って、それを一人で叩きのめすとは思わなかったわ」


「はい? なにそれ?」


 手渡された金銭を仕舞い込みながら店主が口にすると、ヒロは不満の表情を一変させて首を傾げていた。


「なんだい、嫁さんから聞いてないのか。素行の悪い海賊連中が果物売りの売り()に絡んでいたんだが、そいつを止めた上に連中を海に放り投げて黙らせちまったんだぜ」


「えええ?! この子が?!」


 再び紺碧の瞳がビアンカを映せば、ビアンカは否を示して大きくかぶりを振った。


 気が強いという部分は否めず、不穏な現場に出くわせば場合によって止める行いを取るだろう。しかし、ビアンカには全く以て身に覚えが無い。

 そもそもが先にも言った通り、ビアンカはヒロと行動を共にしていたため、そのような所業を成す機会も無かったのだ。


 だが、店主は騒ぎを起こした張本人がヒロの嫁――、ここは後でどういうことか問い詰めようと昶と亜耶は考えつつ――ビアンカだと信じきっている。


「昶、もしかして……」


 亜耶が口を開くと、昶は言いたいことを推したのだろう。空になった器を返しつつ、幾度か頷く仕草を見せた。


「ねえ、おじさん。その子って亜麻色の長い髪で白いワンピース着ていて、それでもって花冠を被っていなかったかな?」


 ビアンカと見間違える少女だとすると、昶と亜耶に思い浮かぶ人物は一人だけ。――(くだん)の花冠の少女である。

 花冠の少女が首都ユズリハに居るのはビアンカの中二病設定(レフティー)の話で明確であり、かつヒロのツケでマグロ丼を食べたという話も説明がつく。


「ああ。そういや嫁さん、花冠を被っていたな。ちっとばっか派手派手しかったけど、似合ってたぜ。今日は被ってないんだな」


 ビアンカに目を向けながらの返弁。それに当のビアンカは困惑するが、昶も亜耶も、ヒロでさえ腑に落ちた様を窺わせた。


「……やっぱり、あの子みたいね。ここで騒ぎを起こしたんだわ」


「え? その花冠の女の子って、そんなに私に似ているの?」


「ビアンカさんと花冠の少女は、背格好の雰囲気がよく似ているんですよ。顔の全体像は花冠で隠れてしまっているので、髪色だけでビアンカさんと思われたのでしょう」


「そういうことか。だったらビアンカと間違えているのも納得だな」


 似ていると思ってはいたが、第三者から見ても間違うほど似寄っているのだ。


 これは埠頭の市で情報を集めようとしても、ビアンカのことだと思われていて混乱を来しかねない。――さようなことをヒロは考え、喉の奥を鳴らして唸る。と思えば思慮で下がった頭を上げ、昶と亜耶を真っ直ぐに見据えた。


花冠の女の子(その子)が海賊連中に絡んだとなると、ちょっとだけ戻って途中にあった酒場に行こう」


「え。ここで行方の情報を集めずに酒場で情報収集をするのですか?」


 慮外なヒロの申し出に亜耶が問いを投げれば、ヒロは(しか)りに頷く。なにか思うところがあるのだろう、その表情は面倒くささや厄介さを示唆させるものだった。


「この辺りで花冠の女の子を見掛けないってことは身を潜めているのか、もしかしたら不測の事態が起こっているかも知れない。海賊に手を出したってなると仕返しにも注意しないといけないし、どこの海賊連中相手だったのかは海賊に聞くのが手っ取り早い」


 一般民にとって海賊は一括りに“海賊”で、どこの一派か判別がつかないから――。そんな風にヒロは言葉を続け、やや足早に歩みを進めていった。


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