<初めまして、異世界の港町>後編
「あはは。昶も亜耶も凄く緊張していたし、ケイゴはケイゴで格好つけているし。可笑しかったなあ」
首都ユズリハの城を後にして、ヒロは思い出し笑いを口に含む。そうした茶々的な言いぐさに、昶と亜耶は揃って「仕方ないだろう」と表情に表した。
相手――、ケイゴはオヴェリア群島連邦共和国の大統領。謂うなれば王族だ。不敬が無いよう気を遣うべき存在であり、緊張するのも無理はない。
本来であれば王族と立ち会える機会も滅多にないだろう。あまつさえ昶も亜耶も、ヒロのように友達口調で語らえるほどケイゴと慣れ親しんでもいないのだ。
「昶さんと亜耶さんは、王族の方とお話するのは初めて?」
不意とビアンカが口にすれば、昶も亜耶もゆるりと否定にかぶりを振った。
「元の世界では帝国の長――、アルフォス・ラーズ女王陛下が関わるイザコザに巻き込まれたことがあったし。王族護衛に携わった経験はあるのよ」
「その時の功績で女王陛下直々に騎士の称号も賜っていますしね」
「えっ? そうなの?!」
「二人は近衛騎士だったの?」
思いも掛けていなかった昶と亜耶の返弁に、ヒロとビアンカの吃驚が声音に出る。だが、そうした顕著な反応に昶は苦笑いを浮かし、亜耶は再び緩く首を左右に振るう。
「いえ。近衛騎士の誘いは受けたのですが、丁重にお断りをさせていただきました。なので騎士の称号自体も、帝国が体裁を保つための報奨として与えられた、という感じですね」
昶と亜耶が過ごす世界で起こった紛糾は、ラティス帝国に関わる事案。その紛争とも内乱ともいえる出来事の最中で、昶と亜耶は年若い女王の救出・護衛の大役を果たした。
国有事への余慶として、昶と亜耶には近衛騎士への誘いがあったのだが、二人はそれを丁重に辞退していた。
だが、流石に女王の守護という大任を果たした者に報酬の一つも贈らないとなっては、国の威信に係わるというもの。だので、謙虚な姿勢を示した昶と亜耶には、帝国騎士の称号叙勲と魔導機兵が一機――、帝国軍の最新型正式採用機“フェンリル”が授与されたのだった。
「でも、まあ――。国に仕えるってなったら、それはそれで大変だもんねえ」
「そうよね。日々礼節を重んじてって感じでしょうし。お城勤めだと自由が無くなりそうよね」
ヒロとビアンカが宮仕えの大変さを綴れば、昶と亜耶は揃って頷いてしまう。
昶も亜耶も、宮仕えをする気は更々無かった。自分たちの柄じゃないという理由もあったし、何より冒険者としての自由を失いたくなかったのだ。
「国のために働くっていう立場や収入の安定に魅力もあったけど――」
「やはり冒険者として日々を過ごす魅力には勝てませんでしたね」
帝国騎士としての誘いは蠱惑的であり、役職からくる所得安定を思えば勿体ないと意見されるだろう。
だけれども、この時の固辞が間違えていたとは思わず、昶も亜耶も傭兵業を傍らに冒険者として、日々充実を感じながら過ごしていた。
****
昶と亜耶の話を聞いていたヒロが押し黙り、思想の様を見せていた。不思議げな視線を向ければ、それに気付いたヒロは、苦笑いともつかぬ微かな笑みを表情に帯びた。
「――昶も亜耶も、ビアンカもさ。冒険したり旅を続けたりって楽しい?」
「え? そりゃあ、ねえ。大変なことも多いけど、それも全部ひっくるめて楽しいと思うわよ。――っていうか、急にどうしたの?」
藪から棒な問いに、昶も亜耶も小首を傾いでしまう。反目でビアンカは事情を知っているのか、領得の様を見せている。
質問に質問を返す形にはなったが、理由を乞えばヒロは指先で頬を掻く仕草を取る。言いにくさではなく、何やら熟考にも窺えた。どう答えるのが言葉選びとして正しいのか――、さような思慮を感じさせるもの。
そんな風に昶や亜耶に思わせながら、ヒロは漸く口を開いた。
「いや、僕さ。今の今まで殆ど群島から出たことが無いんだ。だから、冒険の旅に出ようって意気込んだことも無いし、旅の楽しさっていうのが今一つ分からないんだよね」
「あ、そうなの。意外だわ」
「ヒロさんは旅慣れしていそうな気がしていました」
意外も意外な事実だった。――昶も亜耶もヒロの気質から冒険者らしさを感じていた。だけれども、それは勘違いだったらしい。
「随分と前に強制的に旅に出されて、他の大陸に渡ったこともあるんだけどさ。自主的に故郷を出たんじゃないからか、旅の楽しさっていうのを実感できなくてね。――まあ、色々とあって全然楽しくなかったっていうワケでも無いんだけど……」
「自分で旅に出ると決めたのではないんですか?」
「うん。引き籠ってないで余所の国も見てこいって追い出されたんだ。酷い話だよねえ」
「それは乗り気じゃ無かったから楽しく感じなかった、ってだけだと思うなあ。『追い出された』って言っている時点で、ヒロ君が不満タラタラだったのが分かるし」
昶がぽつりと漏らせば、亜耶もビアンカも同意を示すように頷く。それに対してヒロは小さく喉を鳴らして唸り、「そうかなあ」と納得がいかない様子で溢した。
*****
「昶さんも亜耶さんも、ヒロとは違って自主的に動き始めたのよね。私の旅もやりたいことがあってのものだったし。――無理強いじゃなかったから、そういう意識の違いなんじゃない?」
「あたしたちも必要に迫られて冒険者になった感じだけど、寧ろ旅や冒険に憧れていたしね。自由気ままにできるワクワク感の方が強かったかな」
昶を異世界転生させた女神シリカは、転生者は冒険者に身を窶す者が多いと言っていた。だので昶も、先ずはという形で早々に冒険者ギルドに登録している。
亜耶も女神シリカの手で昶の下へ送り込まれてから冒険者ギルドでの登録を経て、昶の相方として日々を過ごす。
『必要に迫られて』などと口にしたが、仕方ないといった諦めは昶にも亜耶にも皆無。昶に至っては女子高校生――、凡人として一生を送るより、異世界転生者として物語のような出来事に潜り込むなど願ったり叶ったりだった。
若干スリルがありすぎて生きた心地がしない展開もあるが、冒険者として東西南北津々浦々と自由気ままに巡る現状を楽しんでいる。
「ヒロさんは『自分が故郷を守らなくては』という固定概念が強すぎて、祖国を離れるのが心配なのでしょうね。だから、旅をしていても心ここに有らずで楽しめなかったのでしょう」
「あー……、うん。そうかも、かなあ。多分、実際は僕が居なくても今の群島は何とかなるとは思うんだけど……、なんか離れるってなると気が揉んじゃってね」
俗に言う“俺がやらなきゃ回らない症候群”の思考だ。
全てを自分だけで背負い込んで忙しくしているタイプ。悪く言ってしまえば部下に仕事を回すのが下手な、他人を信用しきれていない性質の持ち主とも言えるか。――なんとも意外な感じもするのだが。
「国守に関しても、ある程度は他人任せにしてしまうべきですよ。そう割り切っていけば、旅をしていて楽しめると思います」
「だよね。今だったらビアンカちゃんと一緒に旅に出るっていう機会もあるだろうしさ。――あたしたちみたいに異世界に放り込まれる事件が起こるかも知れないし」
「そうですよ。もし異世界転移したなんてなったら、否が応でも適応が求められます。謂わば愉しんだもの勝ちなんですよ」
亜耶と昶が立て続けに強引な窘めを口にしていくと、ヒロは苦い顔を浮かして喉の奥を鳴らす。
――ただ、傍らで話を聞いていたビアンカの翡翠の瞳は楽しげに輝いており、昶と亜耶の言う異世界転移への想望を醸し出している。そのことに昶が気付くと、黒色の瞳が笑顔に細められた。
「ビアンカちゃんは、どんと来いって感じね」
「ええ。昶さんと亜耶さんが暮らしているような別の世界って凄く気になるわ。こちらの世界とは全然違うみたいだし、馴染めるのか心配もあるけれど――。やっぱり好奇心の方が勝っちゃうわね」
「うんうん。万が一にもあたしたちの世界にヒロ君とビアンカちゃんが来る機会があったら、今度はあたしたちが案内をしてあげるからね」
「ふふ、そうですね。きっと違い過ぎて驚いてしまうと思いますが、楽しんでもらえるのは保証しますよ」
「楽しみにしているわ。――ねえ、ヒロ?」
「え。まあ、そうだねえ。今だったら、楽しめそうな気もするし。機会があれば、だねえ。うん」
楽しげなビアンカに気乗りのしなさげなヒロ。正反対な二人の反応に、昶と亜耶は可笑しそうにくすくすと笑う。
と思えば気を改め、黒と金の二対の視線は首都ユズリハの――、異世界の街並みを再び映した。
「そうしたら、とりあえず街の案内をお願いできるかな? 花冠の女の子の情報を少しでも集めないと」
「うん、任せて。このまま人出が多い埠頭方面に下って、先ずはそこで見掛けなかったか聞いてみよう」
受け答えを口にするや否や、ヒロは踵を返して下へ広がる街並み――。その先にある埠頭を指差し示す。
眼界に入るのは多くの船と人混み、そして市のような屋台の数々。随分と賑やかそうな雰囲気に映り、昶と亜耶の眼差しは期待の色を湛えていた。
<いきなり次回予告>
首都ユズリハの埠頭付近は、柄の悪い船乗り男が多い印象を受けた。
その理由を知り、昶も亜耶も納得を示すのだが――。
昶「あの恰好の船乗りって。もしかして、海賊……?」
ヒロ「うん。今日は何か海賊衆が多いね。どこかの船団が来ているんだな」
次回:<海賊の流儀>
※次話はまた遅れる可能性が大きいです。執筆完了次第、更新していきます。