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<動き出した時、約束の刻>前編

 鈴を転がすようなころころとした少女の笑い声が聞こえる。


 紺碧の瞳がゆるりと辺りを見渡すと、そこは潮風香る港町。埠頭の一角にある建物と建物の間――、日が射し込まずに薄暗い場所だった。


 気が付けば、自身の周りには海賊たちが幾人か倒れている。

 剣は抜いておらず、腰に携えた鞘の中に。どうやら自分は海賊連中を殴って昏倒させたらしい。――まったく以て粛清(しつけ)と称する拳を振るった記憶は無いが。


 猶々(なおなお)と聞こえてくる笑声に下がっていた(こうべ)を上げれば、おさげとして一つ束に結った肩下まで伸びた黒髪がさらりと首筋を撫でた。


「……あれ?」


 思わず疑問の声が漏れる。だが、その反応も無理はない。このように髪を伸ばすなど、ここ何百年か無かったのだから。


 よくよく見れば、着ている服も普段好んでいる黒を基調とした衣服ではない。裾の(ほつ)れたシャツ、薄汚れたベストとボトム、元々は紺色だったのであろう色褪せた腰布、頭に巻かれたバンダナ。

 この格好は未だ“呪いの烙印”を宿していなかった、()()()()()だった頃にしていたものなはず。


 ついと色々なことに気取られて、目の前でころころと笑う(ぬし)を失念していた。だけれども、それで相手は気を悪くするでも無く、悦楽の笑いは尚も止まらない。


「――お久しぶり、になるのかしら。……()()()は、本当にありがとう。面倒くさい人たちに絡まれて困っている時に、あなたは助けてくれたわよね」


 鈴鳴りの声をかけられ――、ヒロはハッと眼界に佇む存在を認識した。


「君は――」


 流れ込む潮風に揺れる亜麻色の長い髪。頭上には花が溢れるほど編み込まれた花冠を戴き、それが目元を覆い隠すために瞳の色と素顔は分からない。

 白を基調にしたゆるりとしたワンピースドレスを身に纏うのは――、背格好や見目の年齢から思うに幼気(いたいけ)な年頃の少女だ。



 ああ、そういえば――。


 少女を目にして、ヒロは過去の出来事を想起する。そして、これが夢想事象(ゆめ)だと気が付いた。


『同盟軍』と呼称された軍勢を率いる長を務めた頃。それよりも少し前に、ヒロが経験した事柄だった。

 海賊衆全体を統率する首魁が不在で未だ未だ海賊たちの品行が悪く、少女は不運にも素行不良の海賊連中に絡まれてしまった。それを食料調達で偶々港町に訪れていたヒロが助けたのだ。

 持ち前のお節介気質から厄介事を放っておくことができず、あまつさえ女性に乱暴を働こうとするのを黙認できなかった。だので、『難事に首を突っ込むな』と苦言されていたにも関わらず、口より先に手を出した。


「ごめんね。あの時に君に貰った懐中時計――。僕、早々に壊して動かなくしちゃったんだ」


 過去の出来事を夢に見る中で思い出したのは、少女に感謝の気持ちとして貰った懐中時計の存在。だけれど、その懐中時計は(くだん)の戦争――、“群島諸国大戦”の終結の最中で壊れ、時を刻むのを辞めてしまった。

 それを申し訳なく告げれば、花を冠する少女は(こうべ)を振るう。


「止まっていた時は動き出したわ。――時が導きとなって、“稀人(まれびと)”は元の世界に帰りつく」


「え?」


「未だ約束の時間(とき)は決めていない。だけれど、時の導きが決するのは(たし)かなるものに。――私がそう決めたからね」


 一方的な言葉が紡がれるが、言っていることが解せない――。ヒロの瞬く紺碧の瞳が困惑を物語るが、花冠の少女は意に介せずに薄桃色の唇に微笑みを浮かした。


 いやに既視感を覚える口元だと思う。――かつて出会ったことがあるからではない、極々身近に極々最近に視た覚えがあった。


 この少女は何を言っているのだろうか。この少女の笑顔は()()の笑みと似ているのだろうか――。


**


「うえ……、頭痛い……」


 目覚めて早々に頭痛に苛まれ、寝転がったままでクッションに突っ伏し、思わず頭を抱え込んだ。

 これは二日酔いなのか、それともビアンカに思い切り酒壷で殴られたからか。兎にも角にも頭が痛い。


「なんか変な夢も見たし……、何だったんだろう……」


 懐かしい過去の出来事ではあった。しかしながら、過去を思い出す夢であり、違う夢だった。


 そもそも思い返してみれば、夢に出てきた少女の見目は(あきら)亜耶(あや)が語った花冠の少女の特徴そのものではないか。

 色とりどりな多種多様の花が編み込まれた仰々しい花冠、亜麻色の長い髪。瞳の色は花冠から垂れ下がる花で隠れて見えず、素顔は分からなかった。初対面ではなかったのを傍に置いて――、既視感を覚える少女だったと思う。


花冠の少女(あの子)――。どことなく……、ビアンカに似ていたような……」


 思い至った疑と共に身体を起こして紺碧の視線を動かせば、毛足の長いラグマットで横になる白銀髪と亜麻色の髪が眼界に入った。

 その途端にヒロの中から疑念が綺麗に抜け落ちた――、気がした。――何故ならば。


「あ。ヒロ君、おはよう」


「昶、おはよ。――ってか、なんていうのかな。その……」


「うん。言いたいことは分かるわ。みなまで言うな的な」


 既に起き出していた昶の黒い瞳とヒロの紺碧の瞳が映すのは、隣り合って眠るビアンカと亜耶の姿だった。


 どういうワケか寄り添っている見目麗しい二人の少女――。敷物の上に散った長い髪が窓から射し込む朝日に照らされ、亜麻色と白銀色が光を反射させている。

 至極心地よさそうに穏やかな寝息を立てて眠っているが、些か近い気もする。ビアンカが亜耶の懐に擦り寄りそうな状態で、そのまま亜耶に抱き寄せられて抱き枕にされるのではという距離感。寧ろその状況を見たい――、などと頭の片隅を過った。


「……尊い」


 ヒロの口を意図せず、思った言葉が零れ落ちる。それに同意を示すように昶はこくこくと頷いていた。


「カメラでも持って来ていればなあ。美少女が寄り添い合って眠っている――、創作意欲を掻き立てる。素材として凄く美味しすぎるわ」


「ぬう。僕も流石に写真機(カメラ)は持っていないからな。残念……」


 正に目の保養、心への潤い。手を合わせて拝むのではないかというノリでヒロと昶は、ビアンカと亜耶が目を覚ますまで頬を緩めて見守るのだった。


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