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<女の子、三人寄れば>後編

 ビアンカと昶が酒蔵に赴き、亜耶は酔いの回っているヒロと共に残されていた。


 ぼんやりとした(まなこ)で料理を摘まんでいるヒロを傍目(はため)に、金の双眸が室内を見渡すと目に映るのは床に置かれる湾曲のある剣――、赤いハイビスカスの刺繍が施される白い布の巻かれたカトラスの鞘。他にも見覚えのあるサバイバルナイフなどの短剣や苦無(くない)のような形状をした武器が置かれ、ヒロが携帯する得物の多さを露見する。この多種多様さでは、海に落ちた際に上がって来られないのも無理はない。

 多様性に富んだ武器を扱って戦うのかという感心もあった。ヒロは基本的に近接戦を得意としているだろうことも窺える。


「ヒロさんは剣術に長けているようですが。こう――、近接戦に関して、何か気構えとかはありますか?」


「へ? 藪から棒だけど、急にどうしたの?」


 思いも掛けていなかった亜耶からの質問に、ヒロは手を止めて紺碧の瞳を瞬かせた。


「私は魔法でビットも使いますが、アサルトロッドでのショートレンジで戦うことも多いです。――ただ、知り合いはロングレンジ攻撃タイプの人ばかりなもので。なにか剣を用いた戦い方でアドバイスをいただければと思ったのですが……」


 不意な問いでヒロは不思議そうに首を傾ぐが、亜耶からの返しに領得がいったのか微かに首を縦に動かした。


 昶は短剣――、サバイバルナイフを持ち合わせていたが、あれは懐に入られた時の護身用だ。彼女の主体となるのはオートマチック拳銃であり、また射撃に関しては天才的な才能がある。


 そして、亜耶はビットと呼称される物体を呼び出しての不思議な魔法攻撃を行いつつ、剣形態に変わる武器を扱っていた。アサルトロッドと呼ばれる武器を使う際は、必然的に近接戦になる。

 しかしながら、女性という性別差もあって、力負けを否めない部分があるのだろう。勿論、亜耶は亜耶の考えの下、誰にも負けない自負を持って今まで戦闘を行っているはずだったが――。弱点ともいえる部分を補うため、剣を扱うヒロへ教えを請うた。そうヒロは推し、喉を鳴らして唸った。


********


「んー。できれば女の子に物騒なことを教えたくないんだけど……」


「そこを何とか。こうしてゆっくりと話を伺う機会もなかなか無いので、是非とも」


 ヒロは渋りを見せて眉間を寄せてしまうが、亜耶は退く気を見せない。

 前のめり気味に食い下がってくる亜耶を目にし、ヒロは暫し「んー」と喉を鳴らして唸っていたが、ふと紺碧の視線を上げると亜耶を見据えて口を開いた。


「――やられる前にやる、かなあ?」


 ぼそりとヒロが呟けば、亜耶は微かに(こうべ)を落として項垂れた。

 なんとも言えず、当たり前と言えば当たり前なことだ。それをアドバイスと称して口出され、思わずガックリとしてしまった。


「ええ……、まあ。それは……、そうなんですけどね……」


「えっとね。僕が言うのは――、急所を的確に狙って、手早く相手を仕留めるって意味ね」


 亜耶が嘆息(たんそく)していると、ヒロは微かな苦笑いを浮かして言葉を続けていった。

 説話に亜耶の落ちた頭が上がり、再び金の瞳はヒロを映す。すると、ヒロはカトラスを自らの手元に引き寄せており、鞘から抜くこと無く柄を持って亜耶に向ける。


「僕はカトラスを使うけど、こいつは元々船乗りたちが狭い船倉や障害物の多い船で戦うことを想定していて、剣身が他の片手剣より短い。かつ、普通の剣に比べて重量があるのが特徴だ」


 通常の片手剣として代表的なブロードソードより、カトラスは若干剣身が短い。身幅は広く、激しい打ち込みに堪える仕様になっているのも特徴の一つだと、ヒロは口述していく。


「先端に向かって剣身が湾曲していて、切っ先が鋭利なのも特徴だね。ただ、今も言ったように使うことを想定した場所が場所だから、払いから斬るよりも突き刺すこと――、刺突に向いた武器なんだ」


「でも、刺突だと相手を痛みで怯ませることはできても、致命傷にはなりにくい。だから急所を狙う、ということですね」


 亜耶が推察から口を挟めば、ヒロは口角を吊り上げて「ご名答」と不敵な笑みを見せた。


「殺さずに相手の攻撃を制するのなら、利き腕の肩を狙って武器を使えなくできる。逃げる動きを制するならば、太腿や膝を狙う。あとは刺突の方法じゃあないけれど、視界を奪うのなら額を斬るのも良いね」


 これなら然程(さほど)力も必要とせずに相手を牽制できると話を続けていき、不意に「だけど――」と言葉を切った。


*********


 カトラスを把持(はじ)した手首が軽く捻られ、剣身は水平を取る。その動きに亜耶が首を傾ぐと、ヒロはカトラスの先端部を亜耶に向けて左胸を示した。


「相手を殺す場合は、左胸からやや中央寄りを突くのが手っ取り早い。そして、その場合は剣身を横に寝かせる。――それは何故か?」


「……肋骨を避けて、内側に滑り込ませるため?」


「正解。――骨っていうのは思ったよりも頑丈だ。剣身を縦にしたままで胸を貫こうとしても、意外に力がいる。だから肋骨の合間を縫って刃先が入るよう、剣身を横にするんだ」


 肋骨が太くはないと言っても、骨を断つには存外と力が必要である。その僅かなタイムロスすら惜しく思い、ヒロなりに考えた結果の戦法だと言う。


 そうした説明に亜耶が納得している内に、ヒロはカトラスを(かたわ)らに置き直し、代わりに皿の上に乗せられていた取り分け用の菜箸を一本だけ手に取った。と思えば、胡坐(あぐら)をかいていた足を崩し、亜耶の近くににじり寄ってくる。

 亜耶がきょとんとしていると、腕を伸ばさずにいいほどの至近距離までヒロは近づいてきて、手にした菜箸を亜耶の身に触れない程度のギリギリに差し向けた。その菜箸も中ほどを手にし、丸みを帯びた筆頭の方が向くように気遣いを感じさせた。


「本来は狙うべきは首――、喉仏の辺りだって言われているね。斬るも良し突くも良し。女の子の力でも首は柔らかい部位だから、斬ったり貫いたりは容易だと思う」


「……でも反対に急所としては有名ですよね」


「うん、そうだね。有名だからこそ、首を狙うと見せかけて胸を貫く、なんていうフェイントもかけられる。目線は首に、だけども狙うは他の急所(ばしょ)ってね」


 亜耶の指摘にヒロは頷き、菜箸で首を狙う仕草を見せ、次にはその筆頭で亜耶の左胸を突く動作を取った。


「あとはね――」


 呟きと共に菜箸の筆頭がゆるりと亜耶の胸から下腹部へと滑り降りる。そうした動きに亜耶がギョッとしたのも束の間――、前のめり気味になっているヒロは犯意の欠片も無く、へらりと笑って菜箸を止めた。


 ヒロが菜箸で示した場所は、亜耶の臍から僅かに下辺り。さような場所を指され、亜耶は眉間に深く皺を寄せて訝しげに金の瞳でヒロを映した。


「そんなに怖い顔しないでよ。――()()も急所なんだ。ここには神経の束があって、ほんの少し刺されただけでも激痛が走る。オマケに骨が無くて、凄く刺しやすい」


「……なるほど。ここならば男性と対峙した際も、身長差を利用して狙いやすいですね」


 納得して亜耶が呟けば、ヒロは「うんうん」と頷く。妙な箇所を指し示されて身構えてしまったが、下心など無い教示の続きだったようだ。


 ヒロの長所は人当たりの良さと気安さであろう。そして、女性に対しては優しく、一定の距離以上に近づきすぎないよう配慮している様子も窺えた。

 だがしかし。いかんせん今の距離感はおかしい気がする。随分と酒を呑んで酔っているのもあるのだろうが――。


 そんなことを亜耶は考えていたが何かを感じたのか、不意と金の視線を上げていた。


**********


 亜耶が視線を上げてヒロの背後を映した途端に、ゴッ――、と鈍器がぶつかる鈍い音が鳴った。その音と同時にヒロの口元から「ぐ……っ」と絞り出すような声が漏れ出す。


「う……、いたい……」


「戻ったわ。――昶さんの希望もあって果実酒を幾つか持ってきたんだけど。()()の残りが半分以下だったし、作り変えをすると思って酒壷ごと持ってきちゃった」


 いつの間にやらヒロの背後にビアンカが立ち、痛みで唸っているヒロを白眼視気味に見下ろす。ビアンカは両腕に酒壷を抱え込んでおり、その壷底が見事にヒロの頭頂部に直撃している。

 ビアンカの印象に似つかわしくない行動だったが。ああ、これはワザとだ――。そう亜耶に思わせる所業だった。


「ちょっとヒロ君。うちの子に何してるの?」


「え?! 何してるって、なにがっ?!」


 昶の呆れが混じった声が聞こえれば、ヒロにとっては突拍子もない問いだったのだろう。吃驚から下がっていた頭を勢いよく上げ、それによってビアンカが抱えていた酒壷が頭の上から落ちそうになって慌てて支える。

 何が何やらと亜耶が事の成り行きを見入るしかなかったが、金の瞳が所在無さげに彷徨っていると、ビアンカの翡翠の瞳と視線が交じった。


 ビアンカは眉間を寄せ、亜耶の髪を見ているようだった。

 亜耶の頭の天辺(てっぺん)から背の中ほどまで真っ直ぐに伸びた、目を見張るほどの見事な白銀髪――。窓から射し込む太陽の光を反射させて煌めく髪色を目にし、そこで一つ、ビアンカは溜息を吐き出した。


「群島で滅多に見ない毛色の女の人が相手だからデレデレしちゃって。――亜耶さんは大切なお客様なんだから、変な気を起こしたりしちゃ駄目じゃない」


「ええ……。そ、それって、もしかして……、ビアンカってばヤキモ――」


 嘆息(たんそく)と共に漏らされたビアンカの苦言だったが、ヒロは何故か嬉しそうに紺碧の瞳を輝かせて背後のビアンカに目を向けようとする。

――途端に室内に、再び鈍い音が鳴った。そして再三の、喉を絞る短い呻き声。


「うわあ。今、凄く痛そうな音が……」


「思いっきりいきましたね、ビアンカさん」


 そうか、ヤキモチからの行動だったのか。ヒロが必要以上に亜耶に近づいていたのを見て、ビアンカはどうやら有らぬ誤解を抱いたらしい。

 昶と亜耶は苦笑いを浮かし、何やら生温かい気持ちになりつつ。痴話喧嘩とも取れるヒロの弁解とビアンカの無視というやり取りを見守っていた。


<いきなり次回予告>

遥か先の時に“英雄”と呼ばれる少年の身に起こった出来事。それは過ぎ去りし日を追想する夢。

彼の人の見る夢話は一つの足掛かりとなる。


???「格好いいことを言い述べても、シマラナイのが彼なんだけどね。私との約束なんて、綺麗サッパリ忘れているんだもの」


次回:<動き出した時、約束の刻>

3月14日の土曜日・15日の日曜日に前後編で10時投稿予定。

※現状であくまでも予定。一週開いてしまうかも知れません。

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