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<女の子、三人寄れば>中編

「んー、料理もお酒も美味しい!」


「ほんと美味しいです。お酒も飲みやすくて……、つい飲みすぎてしまいそうです」


 昶と亜耶の口から絶賛の言葉が上がれば、ヒロは照れくさそうにへらりと笑った。


 泡盛に似た蒸留酒、果実酒に香草酒。酔い覚まし用に用意された果実水。

 白味魚の塩煮に豚肉の角煮、新鮮な野菜が盛り合わされたサラダに果物などなど。


 異世界の料理がどのようなものなのか僅かな不安と大きな楽しみがあったが、ヒロの用意してくれた酒や料理の種類は多岐に渡り、見た目の見事さもさることながら味も格別。目も舌も楽しませるとは正にこのことを言うのだろう。


 頬を緩めて酒と料理に舌鼓を打つ昶と亜耶を、翡翠の瞳がじっと見つめている。それに気付くと、昶も亜耶も不思議げに首を傾いでしまった。


「……どうしたのですか、ビアンカさん?」


「あ、ごめんなさい。――昶さんも亜耶さんもお箸の使い方が上手だなって思って。つい見惚れちゃったんだけど……、使い方に慣れているのね」


 ビアンカが凝視していたのは昶と亜耶の手元――、その手に握る箸だった。


 親指・人差し指・中指の三本で上部の箸を、下部の箸は親指の付け根に挟んで薬指の第一関節辺りで支える把持(はじ)の仕方。――昶も亜耶も綺麗な箸使いをしている。

 言われてからビアンカの利き手に目を向ければ、どこか拙い箸の握り方をしており、彼女が箸を苦手としているのが垣間見えた。


「あたしは元々の世界で住んでいたところが箸文化の国だったからねえ。箸の使い方に関しては、小さい頃から正しい方法を教えられたのよ」


「私は何だかんだで普通に使えていますね。特に意識したことも無かったですが」


 昶の生前は箸文化である日本で暮らしていたため、箸の扱いは手慣れたもの。特に意識すること無く、正しく把持(はじ)ができる。

 亜耶に至っては、恐らく『転生者カテゴリーⅡ(創作物)』の出自故か、箸の持ち方に関しても補正のようなものがかかっていて、綺麗な取扱いができるのだと思われた。どちらにしても、今まで意識もせずに箸が使えていた気がする。


「そっか、元々の文化としてあったのね。私ね、お箸を使うのが未だに苦手で、気が付くと変な風に握っていて。上手に使えるのが羨ましいわ」


「ビアンカは群島に来て、初めて箸を使ったって言うからねえ。――最初の頃は握り箸をしちゃって酷かったんだけど、教えた甲斐もあって上手になったと思うよ」


 話の内容的にヒロの故郷であるオヴェリア群島連邦共和国とやらは、箸文化らしい。よくよく見れば、ヒロも綺麗に箸を使えている。


 さして疑問にも感じなかったが、ふと考えれば『箸』という単語で話が通っている不思議もあった。

 スプーンやフォークにナイフではなく箸という文化から思うに、オヴェリア群島連邦共和国――、『群島』と略称される国はゲームでいうところの東洋イメージの国に近い文明なのだろう。そう考えれば、ヒロとビアンカの毛色と系統の違いにも説明がつく。


 花冠の少女がいるという首都ユズリハも、もしかすると日本の沖縄辺りに近い雰囲気なのかも知れない。それは昶に些かの楽しみを覚えさせるのだった。


*****


「あー……、お酒が足りなさそうかな。お腹の方は膨れてきたみたいけど……」


 紺碧の瞳が料理と酒の進み具合を目にし、口にする。

 料理はだいぶ減って進みが悪くなったことで、腹が満たされたのを推察できた。だけれども、酒類と水の減りは著しい。


――というか、昶も亜耶も歳が歳なので、先にも言ったように『良識の範囲内』で(たしな)んでいる。ヒロの出してくれた酒は美味しいが、呑み過ぎないように気を付けていた。だので、酔った自覚はあるが、気分が良い程度。

 反目でヒロとビアンカの呑むペースが速いのだ。『水代わりに酒を呑む』との格言は伊達ではない。


 ヒロの頬は朱を差し、目元も気怠い雰囲気。床に乱雑に置かれていたクッションに寄り掛かり、下手をしたら(かたわ)らに座っているビアンカにすら寄り掛かり兼ねず、かなり酔っているのを窺えた。

 ビアンカはと言えば、ヒロに負けないペースで呑んでいたにも関わらず、顔色にすら出ていない。本当に酒を口にしていたのかと疑いたくなるほどだった。


「んー。酒蔵から新しいお酒を取ってこようかな」


「それなら、私が行ってくるわ。ヒロは食事の準備とかもしてくれたんだし、ゆっくりしていて」


 だいぶ酔いも回っているみたいだし――、とビアンカがしっかりとした動きで立ち上がれば、それを見上げたヒロはへらりと笑う。元々が表情豊かで頬筋緩い印象が余計に緩さを増している気がするが、恐らくは気のせいではない。

 きっとヒロは酒を呑むのは好きだが、あまり強くないのだ。もしかすると、現状では既に足取りも覚束ないはず。


 そんなヒロとビアンカを目にしていた昶が、不意と腰を上げていた。


「ヒロ君の酒蔵、あたしも見てみたいからビアンカちゃんと一緒に行くわ。酒瓶とか一人で持たせるのも申し訳ないし、亜耶はヒロ君のことを見ていてあげて」


「分かりました。お願いします」


 どうしたのだと言いたげに金の瞳を向けていた亜耶だったが、昶に言われるままに頷いていた。


******


 外に出てから、畑を通り抜けて家屋の裏手に回る。屋敷林と建物が日の光を遮る場所に、窓の無い小さな木造建築が存在した。そこに足を踏み入れれば日陰に建てられていることもあって、ひんやりとした空気を感じる。

 出入り口に置かれた携帯用提灯(ていとう)に火を入れ、灯りに照らされるのは下り階段だ。地面を掘った場所に雨風や外気を防ぐ目的で外装を(こしら)えた、()わば冷暗所なのだろう。


「足元に気を付けて」と促されてビアンカと共に昶は階段を下っていくが、前を歩くビアンカの足取りは本当にしっかりしたものだった。


「――ビアンカちゃんって、お酒に強いんだね」


 ついつい思ったことを昶が口にすると、ビアンカは振り返ってはにかむように微笑んだ。


「ふふ。私、酔いにくい体質なのよ。顔色とかにも全然出ていないでしょう?」


 照れくさそうにしつつも自慢げな笑みを見せられ、昶は釣られて口端を上げながら頷いた。


 先ほども思ったが、ビアンカはヒロ以上に酒を呑んでいた。微かな酒気の香りはあるものの、顔色にも足取りにも飲酒の気を感じさせない。


「本当に水代わりに飲んでるって感じのペースだったし、大丈夫なのかって心配したけど平気そうだよね」


「そうね。変に酔ったことも無いし。色々な種類のお酒を一度に飲むと悪酔いするっていうけど、そういうのも全然なかったしね」


「うわ、マジでか。()()()()()するのが一番良くないっていうのに……」


 蟒蛇(うわばみ)でザルどころかワクといったところか。傭兵部隊“アトロポス”の男衆たちにすら、なかなかといないタイプである。大人しそうな見目に反した意外な返弁に、思わず頬が引き攣って苦笑いを浮かしてしまう。

 さように呆気に取られている昶を目にし、ビアンカは可笑しそうに笑って再び階下へ足を動かし始める。


「あれ? その笑い方って……?」


 薄暗い中で聞こえる、ビアンカの鈴が転がるようなくすくすという笑い声。それを耳にして、昶は聞き覚えのような感覚を抱いて首を傾いでいた。


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