<女の子、三人寄れば>前編
――『女三人寄れば姦しい』
女性が三人も集まれば、それはそれは賑やかである。そういう意味合いな諺であるが、これは誰が言い出したものなのだろうか。
諺の数々は遥か昔に“稀人”――、異世界転生者や転移者が持ち込んだ言葉だと耳にしたことがある。そこから思うに、どのような異なる世界にあっても、女性は賑やかかつ華やかなのが想像に難くない。
さようなことを思い馳せ、ヒロは勝手場で料理に勤しむ。
居間と部屋続きになっているため、ヒロの目に見える居間では昶と亜耶、それにビアンカが談笑に花を咲かせている。
「うーん。女の子で華やかなのは目の保養として。――現状って……、僕、邪魔じゃないかなあ。……ちょっと心配」
ぽつりと憂慮が口端を漏れた。
確かに『女の子同士で楽しんで』と口にして、愉しげにしているのは喜ばしい。特にビアンカに至っては他人に対して一線を引いた遠慮気味な部分があり、なかなか他者と慣れ合う機会が無い。なので昶と亜耶が相手をしてくれるのは、兄に等しい目線として有難い。
しかしながら――、反目で女の子たちが楽しそうで男の自分は肩身が狭い。果たして自分が話題に割り込んで良いものかと思い、ついつい振る舞い準備も兼ねて勝手場に逃げ込んでしまった。
「……まあ、いっか。ビアンカが楽しそうなら、ヒロお兄ちゃんは本望かな」
異性と同性では性差から、できる話できない話があって然り。この無人島のヒロの家では他のヒトがいないこともあり、ビアンカに退屈させてしまっている部分も少なからずあるだろう。
ならば、今は昶と亜耶を歓迎しながらビアンカを見守ろう。そう考慮しつつ、ヒロは調理を続けていくのだった。
*
「いやあ。まさかヒロ君の趣味が料理だとは思わなかったわ」
ヒロは女性三人が俗に言う『ガールズトーク』で盛り上がっているのを目にして、湯浴みから戻った早々に持て成しの準備をすると勝手場に赴いていた。
お構いなく――、などと口にしつつ、ふとした疑問を昶と亜耶は抱いていた。その疑を投げれば、ヒロはへらりと笑って自身の趣味が料理だと語ったのだ。
「そうですね。意外さもさることながら……、なんていうか。――情報量の多い人だと思います。国の英雄という立場で、島主でいて持ち家もあって独身。人当たりも良くて気遣い上手で、挙句に料理などの家事全般ができるって……」
「うんうん。チートかってくらいトンデモな物件だわ。流行りのスパダリ? いわゆるハイスペック男子って言うのかしら?」
『チート』や『スパダリ』に『ハイスペック』、これは何を言っているのだろうか。そもそも、ヒトを『物件』と例えるのは、異世界の風潮なのであろうか――。さようにビアンカは首を傾げつつ、確かに昶と亜耶の言うことが一理あると思う。
話頭に上がっているヒロは年の功的な部分があるのだろうが、基本的に何であろうと卒なくこなす。愛想が良く、気の抜けた不真面目な部分や女性関係での不遇さも――、ある意味で彼の美徳だ。
「……そういうのって。普通の女の人から見たら、魅力を感じるものなの?」
その辺りの感覚がビアンカには解せず、こそりと小声で問えば昶は首肯する。
「一般的な女性目線で見たら、凄い競争率の高いタイプの男の子だと思うよ」
「私たちの世界に居たら、間違えなく女性クルーが黙っていないでしょうね」
まあ、偉そうに女心の大弁はできないが――。なにせ昶や亜耶の周りは女っ気が多い傾向にあり、参考物件となるハイスペック男子が少ない。男っ気が皆無というワケではないが傭兵業に身を窶し、強襲揚陸艦“アトロポス”に乗船していることもあって、爽やかさよりむさくるしさの方が目につきやすいのだ。
加えて昶も亜耶も現状では然程色恋沙汰の浮いた話も湧き立たず、気になる異性も特にいない状態。ただ、女子としてその手の話が嫌いでも無いので、ついつい話に乗ってしまう。
「あ、なんか。クシャミ出そう……」
額を寄せてこそこそと話をする女性一同を傍目に、女子の口端に上がった張本人は勝手場の隅でむずむずとする鼻先と闘っていた。
**
控えめなクシャミが聞こえたと思えば、やや間を空けて上機嫌そうな鼻歌が耳につく。調理器具が奏でる音が響く中、段々と鼻腔を良い匂いが擽ってきた。醤油に僅かに火を通したような香ばしさ、煮物のような香り――。
いったい何を振る舞ってくれるのだろう。ちょうど空腹も感じてきて香りに刺激され、期待に気持ちが華やぐ。
「はい。ちょっと遅くなっちゃったけど、これが先付けね。今朝、海で釣った魚の刺身と鯛の子の花煮だよ」
居酒屋で言うところの所謂お通し。『先付け』の言い方は、確か懐石料理用語だったはず。
ヒロが持ってきた小鉢には鯛の子――、鱈子の煮付けが盛られていた。淡い薄桃色の鱈子が茹でられたことで花が咲くように膨れ開き、薄口醤油で味付けをされたのであろう汁の甘い香り。その上に飾りとして桜の花弁型に切られた、――これは百合根か。なんとも凝った見栄え。
「お酒は足りなければ酒蔵から取ってくるから、遠慮なく言って。――てか、昶と亜耶にお酒って呑ませて良いのかな?」
「大丈夫じゃないの? 昶さんと亜耶さんは船乗りだって言っていたし、船に乗る人たちってお酒をお水代わりに飲むんでしょう?」
傍で取り合わされるヒロとビアンカの会話を耳に入れ、出てきた先付けの意外さで呆気に取られていた昶と亜耶はハッとした様を見せた。
「あー、あのね。あたしたちって『船乗り』って呼び方されるけど。……多分、ヒロ君やビアンカちゃんの思っている『船乗り』とは違うかな」
「はい。恐らくお二人の言う『船乗り』は、本物のことを指しているのでしょうね」
確かに昶と亜耶は初邂逅の際に、自らのことを『船乗り』だと称した。そして、その単語選択は間違えていない。傭兵組織が有する強襲揚陸艦“アトロポス”という、全長二百メートルはある大型艦艇に乗り込んでいるのだから。
しかしながら――。『酒を水代わりに飲む』と言うからには、ヒロとビアンカの過ごす異世界の雰囲気から思うに、二人がイメージしている船乗り像は海賊衆などの、純粋な『船乗り』を指しているだろう。
「因みに私たちのいた世界では、良識の範囲内であれば誰でも飲酒しても大丈夫でしたね」
「うんうん。流石に子供にはミルクやジュースって感じだったけどねえ」
「そっか、それなら大丈夫だね。流石に無人島でミルクの調達はできないけど、果実水なら用意があるし。酔い覚まし用に出しておくね」
「それじゃあ、私が飲み物の準備をするわ。その後に配膳の手伝いをするから、昶さんと亜耶さんはゆっくり待っていてね」
面倒さや厄介さの微塵も無い、正に至れり尽くせりの歓迎ムード――。
本当に何の手伝いをしなくて良いのかと昶と亜耶に思わせながら、ヒロとビアンカは異邦人の持て成しに精を出すのだった。
***
床板を隠すように絨毯を敷き詰め、座ることを想定した場所に更にラグが置かれ、各所に大小さまざまなクッションが乱雑に放置されている。テーブルを使わない風習なのか料理皿を並べた盆を直に置き、酒瓶や果実水の入った容器は珪藻土コースターの上へ。
ヒロの作った酒の肴は海で釣ったという魚の料理が中心で、周りが海に囲われる無人島であるから理由は解せるが、意外なことに肉や野菜類の品目も見受けられた。しかも、男性の作った料理に想像しがちな大皿に盛り合わせたものばかりでなく、一人に一皿という形で綺麗に盛られた料理もある。
「……もっと、男飯って感じなのが出てくるって思ったけど。意外や意外、ね」
「はい、見た目への拘りを感じます。それに、郷土料理っぽさもあります」
一見すると沖縄の郷土料理――。ゴーヤチャンプルーやラフテーに似たものもあるが、よくよく見ればそれを大本にした創作料理といったところ。
ここまで日本の沖縄料理に似ていると、やはりこの異世界に赴いた異世界転生者や転移者に沖縄の人々が居たという信憑性も増すというもの。
「殆どが群島の郷土料理よ。――お肉の方は群島牛と群島豚っていう地域家畜のものね」
「へえ。ビアンカちゃん、詳しいね。流石と言うべきか、なんと言うべきか」
「やはり好みが影響されるとか勉強したくなるというのは、本当のことなのですね。その辺りを思うに、ビアンカさんの雰囲気の変化にも納得です」
ビアンカがヒロに代わって料理について返弁するが、どういうワケか何処か得意げだ。それに気付いた昶と亜耶が若干の含みある言い方をすれば、ビアンカの頬に微かに朱が差した。
ビアンカは元々『渡り鳥』と俗称される旅人で、旅から旅の生活の中、ヒロと出会って行動を共にしていると言っていた。
昶と亜耶、ヒロとビアンカが件の白い部屋で初邂逅を果たした時は、ヒロとビアンカは知り合って一か月も経っていなかったそうだ。その際にビアンカはヒロのことを『彼氏じゃない』と言い切っている。
そして、現在はヒロと出会って一年ほど。先のガールズトークの際に、ビアンカは恥じらいながらもヒロに対しての想いを綴ってくれたが――。今回の再会までの期間で僅かながら進展が有り、言うなれば『ご馳走様』という感想。
なんとも若い反応に、ついと微笑ましさを抱いてしまった。だが、実際はビアンカの方が昶や亜耶よりも遥かに年上なのは、露ほども知らずといったところだった。