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<嘘と隠し事と誤魔化しと>後編

 ふう――、とビアンカの口端から浅い吐息が漏れ出す。ビアンカが魔力残滓の感知をし終えたのに気付いた亜耶は、“紫電”を操作して掲げていた機体の腕を下ろしてやった。

 ビアンカが気を改めるために再び呼吸を整えていると、妙な視線を感じることに気が付いた。ふと下がり気味だった(こうべ)を上げると、黒と金と紺碧の瞳が自身を見据えており、思わずたじろいでしまう。


「え……、なんで、みんなして見ているの……?」


 思わぬ注視に、気まずくなり頬が引き攣る。ヒロの誤魔化しが上手くいかずに“喰神(くいがみ)の烙印”のことが露見してしまったか、などと頭の片隅を過るものの――。注目する黒と金の二対の瞳は、稀有や畏怖の目ではなく、優しく細められてどことなく生温かい。

 何故(なにゆえ)、こんな慈愛に満ちたような目を向けられているのだろう。何か変なところでもあったか、と翡翠の瞳が焦燥を露わにして挙動不審気味になっていた。


「ビアンカちゃんの『レフティー』は何か言っていたかな?」


「え? レフティー?」


「だから、昶さあ。()()()はそんな名前じゃないんだってば。ちゃんとビアンカが真名(まな)をつけてやってるの」


「え? え? なんで、()()()()を話しているの?!」


 昶の言の葉は直ぐに意味が解せなかったのだが、その後に続いたヒロの言で何があったのかを察し、ビアンカは驚愕した。

 なんで左手の甲――、そこに宿る“呪いの烙印”を昶と亜耶に誤魔化さずに話しているのだ――、と。憤りと非難を存分に含意した翡翠の瞳がヒロを睨めば、紺碧の瞳は弁解を述べようとビアンカを映す。


「だってさ。昶たちの世界にも人間を宿主にする存在の話があるっていうから。――ついポロッと言っちゃった」


「うん。まあ、漫画での話なんだけどねえ。でも、ビアンカちゃんの()()は汲んだから、大丈夫よ! 後になって思い出して『あーっ!!』って悶えたくなるかもだけど、要は楽しんだもん勝ちだから! ある意味で良い想い出になるから!!」


「黒歴史としての想い出ですけどね。でも、個性的で良いと思います。ビアンカさんの個性として、私は受け止めます」


『漫画』や『黒歴史』とは何のことだろうか、何を指したものかでビアンカは理解に苦しむところがある。――しかしながら、昶と亜耶に自身の()()を知りながら一個性として、恐れずに接してくれる心持ちがあるのは理解した。

 “呪いの烙印”へ知見があることに驚きはしたものの、それを受け入れてもらえたのは有難く、気持ちが軽くなって喜ばしい。――と、些かの誤解を抱懐して思い馳せていく。


「ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいわ」


 へらりと嬉しそうにビアンカが笑うと、昶も亜耶も「うんうん」と微笑みながら頷いた。

 こうして昶と亜耶の中にあったビアンカの「控えめで照れ屋な可愛い女の子」のイメージは、「中二病を患った左手に何かが宿って疼く系の女の子」と上塗りされていくのだった。


****


「んで、ビアンカ。なにか分かった?」


 ヒロが手招きをしながら座るように促すと、ビアンカは従って“紫電”の(てのひら)へ腰を下ろし首肯(しゅこう)していた。


「纏わり付いていた魔力残滓は、なんとなくだけど探れたわ。――探れはしたんだけど……」


 何か問題があったのか、ビアンカの表情が些かの陰りを窺わせる。と思えば、指抜きされた革手袋の嵌められる左手を僅かに上げ、手の甲を右手で撫でた。


「魔力を探っていたら、()()()が声をかけてきて。なんか、『迎えに行く方法と日取りは後で考えて伝えるから、昶さんと亜耶さんはのんびり過ごしてね。首都ユズリハは海賊飯もマグロの串焼きも群島牛の丼物も美味しいけど、お財布がないから“オヴェリアの英雄”名義でツケておいちゃった。ごめんね』――、って言われたんだけど……」


「は? そいつがそう言ったの?」


「そうなのよ。伝言らしいんだけど、『一語一句、絶対に間違えずに言えと脅されたから、仕方ないだろう』ですって。――この子が困惑して嘆いているの、初めてだわ。凄い裏声で声真似みたいなのもしてくれたし……」


 翡翠の瞳が左手の甲を改めて見やり、困惑を帯びる。思いも掛けない報告に、ヒロまでも意外さを表情に帯びたかと思えば、次には頬を引き攣らせて苦笑いを浮かせた。


「そいつって……、そんな性格だったっけ……?」


「ううん、違うはずなんだけど……、何なのかしら……」


 ビアンカが身に宿す“喰神(くいがみ)の烙印”は自己中心的で威圧的――、正に傲慢不遜(ごうまんふそん)な性質だったはずだ。ビアンカの言うような、伝言を声真似付きで言い述べる手合いでは無い。


 人々に畏怖される“喰神(くいがみ)の烙印”を脅し、伝言を(かこつ)ける存在とは、果たして何者なのだろうか――。


 ヒロもビアンカも解せぬ面持ちを浮かし、首を捻ってしまう。


*****


「えっと……、とりあえず話の感じだと。伝言を“喰神の烙印(そいつ)”に任せたヤツが首都ユズリハにいるってことか。しかも――、“オヴェリアの英雄(ぼく)”名義のツケってなんなのさ……。誰なのか心当たり、全然無いのに……」


 何故(なにゆえ)なのかを解せず、困惑を彩ってヒロが零す。


 昶と亜耶は首を傾げるばかりだったが、ビアンカが口にした内容の意味は察した。

 ビアンカは魔力残滓を察知し――、(もとい)、ビアンカの左手の甲に宿る『レフティー』と暫定的に名付けるに至った存在は、昶と亜耶に関わる伝言とやらを預かっている、――という()()らしい。しかも口振りから思うに、花冠の少女からの言付けだと思われた。


「ビアンカさんが知覚したのは――。花冠の少女から私たちに宛てたメッセージ、なのでしょうか」


「うん。その首都ユズリハ……、だっけ? そこに居そうな感じよね?」


 花冠の少女の伝言だと確定するには短絡的思考かと思われたが、ビアンカは頷いて肯定した。恐らくは間違えないだろうというのが、直接的に“喰神(くいがみ)の烙印”から話を聞くに至ったビアンカの主観だ。


「そうみたい。『首都ユズリハで飲み食いして楽しむのに夢中だけれど、迎えの方法と日取りは真面目に考えているだろう』――、って。『何故(なにゆえ)にあの娘ははしゃいでいるのだ』なんて言って、その花冠の女の子を知っているような口振りだったけど……、拗ねたのか何も言ってくれなくなっちゃった」


「なに? レフティーってば、花冠の女の子のことを知っていそうなの?!」


 思いも掛けないビアンカの口述に昶が食いつくと、翡翠の瞳が吃驚に瞬いた。


「え、ええ……。レフティーって、変な名前が付いたけど……。そんな感じで言っていたわ」


「問いただせないのですか?」


「……無理強いして聞き出したいところなんだけれど。腹を立てられちゃうと厄介な子だから」


「ごめんなさい」と眉根を下げてビアンカが至極申し訳なさそうにするものだから、昶も亜耶もそれ以上は何も言えなかった。

 なんて気合いの入った中二病の設定付けなのだろう、と誤解を孕みつつ――。それでもビアンカが微かな魔力残滓から花冠の少女の手掛かりを得てくれただけで、今は幸いなのかもしれない。


******


「そうしたら。その首都ユズリハに行ってみましょうか」


「そうですね。早くあの花冠の女の子を捕まえて元の世界に戻らないと――」


 言うや否や、昶と亜耶は腰を上げて行動に移ろうとする。その動きを紺碧と翡翠の瞳が呆気に取られて見つめていたと思えば、ヒロが手を掲げて昶と亜耶を制していた。


「昶も亜耶も不慣れな場所じゃあ、首都ユズリハが何処かなんて分からないでしょ?」


 (もっと)もなヒロの意見に、はたと昶と亜耶の動きが止まる。確かに性急過ぎるとは思う。右も左も、勝手も分からない異世界で、“首都ユズリハ”が何処なのかさえ不明なのだから。

 困窮を彩った黒と金の二対の瞳がヒロとビアンカを見やれば、ヒロは口角を吊り上げる笑みを見せた。


「案内役、僕たちが買って出るからさ。首都ユズリハだったら僕の勝手知ったる場所だし、力になれると思うよ」


 至極得意げにヒロが言い出せば、ビアンカも任せろと言いたげに頷いている。


「い、いいの?」


 思わず聞き返すと、ヒロは笑顔のままで大きく頷いた。


「任せてよ。でもまあ、とりあえず――。僕、海に落っこちてびしょびしょのベタベタだし。一度、家に帰って良いかな?」


 ヒロは先ほど海に落ちたことで、ずぶ濡れの状態。晴れ渡り天気が良く、だいぶ髪も衣服も乾いたと謂えど、海水に(まみ)れた身のべた付きが気になるようだ。「武器も傷むと困るし、手入れがしたい」と言い出したため、昶と亜耶は(うべな)いに頷いていた。


「ヒロさんの家は、ここの近くなのですか?」


「うん。すぐそこの無人島だよ」


 亜耶が問うとヒロはへらっと笑い、一つの島を指差した。


 ヒロの指し示した先の島は、遠目からだが緑豊かな印象を受ける場所だった。手前に見える白い浜辺は広く――、遠浅な海独特の翡翠の水面が広がって波が打ち寄せている。

 まさに人の手が入り込んでいない人気(ひとけ)の無い無人島だが、よくよく見れば波打ち際には桟橋と数隻の小型帆船が見える。小さく連なる緑の山中には、ぽつんと家が建っているのも見受けられた。


「ヒロ君って、無人島に家を建てて住んでいるの?」


「そうだよ。しがない()()()()()なんだよねえ」


 隠居生活という年齢でも無いだろうが、無人島に家を構えているとは思わなんだ。

 さようなことを昶と亜耶が表情で物語っていたが、ヒロは立ち上がると“紫電”の機体から身軽く下りていき、自身の乗ってきた小型帆船(ディンギーヨット)に乗り移った。


「昶と亜耶もおいで。たいした持て成しはできないけど、僕のお客さんとして歓迎するよ」


 猶々(なおなお)と笑顔の面持ちのまま、ヒロは誘いの言葉を投げ掛けるのだった。


<いきなり次回予告>

ヒロの棲む無人島に誘われた昶と亜耶は、そこでヒロとビアンカの歓迎を受ける。

昶と亜耶の様々な疑問は尽きぬままだったが、今は暫しの休息を楽しむことになり――。


昶「ところでビアンカちゃんはヒロ君と一緒に暮らしてるの?」

ビアンカ「ふえっ?! わ、私も歓迎されて居候しているだけよ?!」


次回:<ヒロとビアンカ>

2月15日の土曜日・16日の日曜日に前後編で10時投稿予定。

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