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<昶と亜耶>前編

 開け放たれているコックピットハッチからタンデム配置のシートへ滑り込む。

 既に起動状態になっている機体から響く振動が心地良い。


 黒い瞳が展開されるホログラフモニターを滑り、各項目を確認していく。軽く頷きながら追認していくと、ポニーテールに結い上げている黒髪が合わせて揺れた。


 魔法動力炉、魔力増幅装置、魔法攻撃用の管制装置、その他もろもろ。各項目――、異常無し。


 シートの背凭れに寄り掛かり、ふと短い吐息が口端から漏れ出した。


「各計器、アプリケーション共に異常無し(オールグリーン)。――若桜昶(わかさあきら)少佐、涼月亜耶(すずつきあや)少佐両名、これより“紫電(しでん)”のテスト飛行を開始します」


 気を改めた凛とした声が黒髪の少女――、昶の口をつく。


『<ラジャー。“アトロポス”飛行甲板の使用を許可します>』


 昶の申請に強襲揚陸艦“アトロポス”の管制官から応答が入る。それに合わせ、眼界に広がる飛行甲板にある左側カタパルトの先端に向かって順番に照明が灯った。


 “紫電”をカタパルトデッキに移動させる。身体に響く重く甲高いエンジン音、ファンの回る音、魔力の粒子が排出される感覚を受け、アドレナリンが湧き上がってくる。


「んふふ。やっぱり出撃の瞬間ってテンションが上がるわよねえ。血が(たぎ)るわ」


「昶。これはテスト飛行と言っても、実戦で新しいシステムを運用する訓練です。遊びじゃないんですよ?」


 複座の前方から、やや呆れ混じりの声が聞こえた。


 窘めに昶が眉間を寄せ、そこを見やれば――、目を見張るほどの綺麗な白銀髪。金色の双眸は呆然と昶を見上げていた。


「分かってるって。あたしは若さ故の過ちなんてしないわ。でも、反面でこれはあくまでも訓練なんだから、もう少しリラックスして取りかからないとね。――亜耶?」


「はあ……」


 緊張を感じさせない昶の正論ともつかない物言いに、白銀髪の少女――、亜耶は腑に落ちなさそうに首を傾ぐ。

 昶の言い分にこれ以上何の窘めを口にしても無駄だと察したのか、亜耶は前方に金の双眸を向けて額に取り付けられた“紫電”の制御装置へと繋がるサークレットの位置を正す。


「それじゃあ、サクッとテスト飛行諸々をやっちゃいましょう」


「はい。――若桜、涼月。“紫電”、出ます」


 出撃の決め台詞(セリフ)と共に強襲揚陸艦“アトロポス”のカタパルトデッキから、ふたりの少女パイロットを乗せた一機の魔導機兵――、“紫電”が離艦していくのだった。



「新システムも順調ね。動きも申し分無し」


「ですね。周域の魔力が不安定でどうなるかとは思いましたが……」


 “紫電”に飛行ユニットであるランドウイングを装備して、青と白のコントラストが清々しい空を飛ぶ。


 亜耶の言う通り、テスト飛行に入ってから気が付いたが、周辺空域の魔力が妙に濃さを持つ場所もあり、不安定だった。

 魔力の流れに左右される魔導機兵――、“紫電”の推移装置調整に僅かばかり手間取ったものの、空中での新システム試験も(おおむ)ね順調。これならば実戦で運用しても問題は無さそう、という印象だ。

 無事にテスト飛行も終わりに差し掛かり、昶も亜耶も安堵を浅い溜息として表した。


 昶と亜耶が搭乗する魔導機兵は人型のロボット――。例えるのであれば、某有名アニメ制作会社のリアルロボット系なスマートな見た目。滑らかに関節を動かす複雑な構造は、某アニメで地球人を滅亡させようと躍起になった某公国が採用した某システムかというくらい、魔導機兵を初めて目にした際に昶を感動させた。

『某』『某』と言っているのは仕方がない。何分と現代(いま)のアニメ業界はうるさいのだ。――などと、少々のメタフィクション発言を脳内で一人ツッコミさながら、昶は考える。



 昶はこの世界の生まれではない。彼女は不測な最期――、うっかり女神による手違いの事故死を迎え、別世界から転生した『異世界転生者』だ。

 元々の世界ではオタクな女子高校生として生活していた、極々普通の少女。唯一、『極々普通の』から逸脱しているのは、昶の有するオタク趣味が二次元全般のみならず、ミリタリー好きかつ父親の職業という切っ掛けが嵩じて天才的な銃撃の腕前を持つ射撃の名手だったり、鉄道好きだったりなどなど。オタク乙女の趣味とは一言に言い難いものを持つことだろう。


 その昶の相方である麗しい見目の少女――、亜耶は『転生者カテゴリーⅡ』と呼ばれる特殊な出自。

 出生の大本が昶の生前に描いた一次創作(オリジナル)同人誌の主人公。昶にとっての欲望という名の創作欲が生み出した理想の美少女――。そんな亜耶は、(くだん)のうっかり女神の配慮によって、昶を追う形でこの世界に姿を現した。言うなれば、亜耶は昶にとって娘であり妹でもある存在だった。

 殆どのことについては、同人誌(そうさくぶつ)からの設定がある故に俗に言う『チート』なレベル。内に秘める魔力量も桁違いなので、“紫電”の制御に関しては亜耶が一手を担っていた。


**


 難の無い順風満帆ともいえる帰艦飛行の最中――、突然に“紫電”のコックピット内に警報音(アラート)が鳴り響く。

 唐突なけたたましい音に肩を竦め、と思えば吃驚に黒と金の瞳が見開いて狼狽(ろうばい)を顕した。


「はっ?! なになにっ?!」


 目に映るのは赤の明滅。自動で展開したホログラフモニターには『 EMERGENCY(<緊急事態>)』と赤い文字で記され、昶は敵対勢力の襲撃が頭に過り、焦燥から辺りを見回す。


 しかし――、周囲モニターから見える空の情景に、目視できる不穏な敵機の気配は無かった。咄嗟に自機の上かと視線を上げても、太陽を背にして飛翔する機体も見えない。

 四方に見えるのは何処までも青く、広大に続く空。そして、(いびつ)な形の白い雲――。


 いや、妙だ。と、それらを黒い瞳が映して気が付いた。

 空と雲が魚眼レンズを通したように歪んで見えるのだ。正常な状態のはずが無い。


「亜耶。もしかして――」


「はい。周囲の魔力濃度で警報が出ました」


 金の双眸が同じように左右を注意深く見やり、冷静な声音で昶の考えが当たっていることを告げた。


「魔力濃度を示す計器が計測不能の『ERROR』表示。これは……」


 先ほどから周辺空域の魔力が不安定だとは思っていた。だけれども、ここまで異常な数値を示すほどでは無かった。

 些かの焦りが亜耶にも垣間見える。――ここまでの魔力を感知したのは、この世界に転移してから初めてだ。


「昶、このままでは魔法動力炉と魔力増幅装置が充溢(オーバーフロー)して、正常飛行も難しくなります。早々に空域を抜けましょう」


「え、ええ。これは“アトロポス”に戻って報告して、原因も調べないといけないわね」


 もしも敵対勢力――、“ラティス帝国”の実験の一環で引き起こされた現象ならば、大事(おおごと)になる。そう考えた昶は(うべな)いに頷く。


 亜耶が手早く計器の調整をし、微動の揺れを生じ始めた“紫電”の機体を立て直す。そのまま操作を続けていき、一気に加速をかけて危険空域からの離脱を図る。

 ランドウイングが魔力残滓である光の粒子を吐き出し僅かに機体を下げ、昶と亜耶の身体に重力加速を感じさせて“紫電”が滑空していった。


 しかし――。


「――――っ! これは……っ?!」


「え?! 今度は何なのっ?!」


 “紫電”の向かう先の空に、突として黒く大きな穴が穿たれた。


 周囲の青と白を飲み込み蠢く漆黒の穴は、さながらブラックホールを連想させる。そして――、大きな開口部から漂ってくるのは、寒気を催す暗然たる濃い魔力。


「ちょっと、亜耶っ! このままじゃっ!!」


「引き込まれますっ! 昶、“アトロポス”に緊急事態の通信を――」


 緊急を告げる警報音(アラート)に負けぬほどの声を張り上げ、昶と亜耶は狼狽(ろうばい)する。

 黒と金の二対の瞳が目にしたのは、進行方向に開いた黒い大穴から触手の(ごと)く勢いよく伸びてくる数多の漆黒の腕――。あまりにも驚愕の光景に声さえ上がらなかった。


 突然の出来事に回避行動をとることもできず、“紫電”の機体は黒い腕の束に囚われ、闇の中に引きずり込まれていくのだった。


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