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ピアニストの月

作者: ほおぬ

「今何度だよ?」


僕は携帯を見ながら天気の確認をした。


「うーんと、28度だって。」


「めっちゃあちぃ、6時だぜ?ほぼ夜なのに、容赦ねぇ暑さだ。」


もうすぐ梅雨に入るという時期の18時は、空が薄青く広がっていてまだ明るい。たわいない会話しながら、自動販売機でジュースを買う。空から飛行機の飛んでいる音が聞こえるのと同時に、心地よい風が吹いてくる。自動販売機からガラガラと缶ジュースが出てくる。缶をガチャリと開けて、良い飲みっぷりでゴクゴクと飲み、空を見上げていると、飛行機が東京方面の東の方へ飛んで行く。


「今日も楽しかったなぁ。それより部員もっと増やさね?」


そもそも音楽部員が僕と西田だけだ。こんな人数が少ないのに、つぶれないなぁと感嘆しながらジュースを飲む。新入生が入学してから結構経つ今では、入部する人が少ないけれど、編入部員もたまにいるのだ。


...ほぼ諦めているけど。


僕らは、いつも部活が終わったら、帰宅最中に公園でたわいない会話をする。今日も公園で平凡な会話中だ。


「腹減ってきてない?」


...確かに何か食べたい。あ、そういや飴ちゃんがあった。


食べる?と促すと、さすが女子力あるなお前!なんて言う激励の褒め言葉がくるのは、日常茶番事のことだ。


「この後お前どうすんの?」


「うーん、家にご飯があるからこのまま帰るよ。西田はどうするの?」


「家に帰っても誰もいねぇし、本屋に寄っていくわ。」


「うん、バイバイ。気をつけて帰れよ。」


「飴うまかった!ありがとう。バイバイ。」


相変わらず朝から容赦ない暑さだ。もう少し涼しくしてくれてもいいのにと、天気に文句をいいながら学校に登校する。教室は蒸し暑さがすごいのに、学校側がまだエアコンをつける時期ではないのだ。暑さに我慢して授業を受ける。


やっと授業も終わって部活に行く。僕たちの部活はゆるゆるだけど、お互い小学校からピアノを習っているから、コンクールには出場する。


「今年もピアノコンクール出場するのか?」


お互い歴とレベルはほぼ一緒だけど、若干、西田の方がレベルが高いのだ。昔からコンクールでは、いつも西田が1位で、僕が2位だった。少しの差なのに追いつけない。僕は幼い頃からずっとライバル心を燃やしている。


...僕は今度こそ西田に勝つよ。夏の高校部門ピアノコンクールで。


夏休みに入ると、ピアノができる時間は多くなる。それに、8月下旬に、夏の高校部門ピアノコンクールがある。


「もちろんだよ。」


「そっか、羨ましいなぁ。…俺、コンクール出られないかもしれない。」


...え?


「親の出張で東京に引っ越すことになったんだ。寂しくなっちゃうかもしれないな。俺もできるだけ親に、この高校卒業するまで何とかならないかって言ったけど、だめだった。お前といる時間が、ピアノを弾ける時間が、幸せな時間だったよ。でも、もっとピアノの話もしたかったし、帰り道にコンビニ行ったりとか、お前からもらったお菓子とか食べて、幸せ時間が長かったら、よかったのにな。でも俺、ピアノやめないから。だから、俺にまた会うまで、強くなっとけよ」


いつも元気いっぱいで僕の隣にいつもいてくれてよくしゃべるのに、今は涙を流しそうな目だ。


...西田がいなくなったら、ライバルがいなくなったら。


考えもしなかった。西田が突然いなくなってしまう事を、僕は怒りや驚きより、失望が大きかった。


西田は高校部門ピアノコンクールに出場しなかった。


大学に進学すると、驚いたことに西田がいた。彼の姿を、入学式体育館の中で見つけた。しかし、自由時間が少なかったので、話すこともなく、入学式が終わった。


大学にピアノクラブがあった。大学にしては珍しい部活と思う。その中に入ると西田がいた。西田は、僕に気づいてくれたのか、僕をじっと見つめていた。


「もしかして、お前原田じゃないのか?小学校の時から俺とずっと一緒にピアノやってた原田じゃないのか?」


「そうだよ、僕だよ。久しぶり!」


高校の頃のように、帰宅中に2人の時間が始まる。


「またお前と大学で出会うなんてな。腐れ縁か何かなのか?」


「なんで腐ってるんだよ。」


2人で笑いながら、夜道を歩いて行く。


「俺はさぁ、『月の光』が好きなんだよ。ゆったりとしてて日本人にはよく好まれる曲だと思うんだよな。日本人って月見とかさ、花見とか自然が好きじゃん?何でもない日に満月を見上げたときとかに、その音楽を聴いたら涙がぽろっと出そうなくらい、心がゆるくなる曲が好きなんだ。」


… 西田は相変わらず涙もろい。そういうところ、僕が見てきたところで1番好きだ。


帰りの月が2人をゆらゆらと照らした。

ご愛読、ありがとうございました。

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