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あの日、私はあなたの栞だった。  作者: 甘夏
一章 始まりは一つの小説で
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第三頁 その名前は

 夢を見た。

 また同じ夢だ。伸びる入道雲、ひまわり畑の一本道。

 そこに佇む、ぼやけた一つの影。


「待って」


 今度は去ってしまう前に呼び止めてみた。

 ……ピタリ、と歩むその足が止まった。


「あなたは誰? なんで私の夢に出てくるの? あなたは……私は、あなたの知り合いなの?」


 思い付く限りの質問をぶつけてみた。話せるわけが無い。そう思っていた。

 夢だから。所詮夢だ、こんなものまがいものに決まっている。

 しかしその影は、口を開いた。そして言った。


『霙』と。


「───えっ?」

 気がつけば現実に戻っていた。

 目に見えるのはあの景色ではなく、いつものワンルームの天井だ。むせかえるような暑さが室内を包み込み、クーラーもつけていないことに今気が付いた。

「…………」

 ゆっくりと、身体を起こす。

 あの子はついさっき、夢の中でなんといっただろうか?

 頭の中で木霊するあの声を、もう一度、もう一度と確かめる。

「……霙、そう、霙。あの子は確かに言っていた。霙って、そう言っていた」

 じゃあ、あの影は霙?

 そう思うと、色々と疑問点が浮かぶ。

 何故私の夢に出てきているのか。私の夢に出てきて、何を伝えようとしているのか。

 ……そして、何故幾度も、私に背中を見せるのか。

 夢の中で会話できるのであれば、もしかしたら個人情報なども聞き出せるのではないか。そう思うと、寝直す手段が一番最善であり、早かった。

「あぁやべ、遅刻する。今日終業式だし、早く行かなきゃ」

 それは七時四十二分のことであった。寝ている間だけで意思疎通が出来るだなんて、まるでファンタジーみたいね。本当に、みぞれの世界に迷い込んだみたいな、そんな感覚だった。


***


『新入生は早くも夏休みに入ります。三回生の皆さんは就職の関係で忙しいですが、くれぐれも…………』

 教授の長い長い話は、毎回二十分を超える。

 真面目に聞ける方が余程変人だと思えるほど長い。確かに大事なことも言っているのだが、大半は教授の雑談とも言える。

 聞き飽きたよ、何回言うの?

 言いたい気持ちを抑え、私は教授の話を耳に入れず、あの夢の続きを想像してみる。私があの夢から現実へと目を覚ます前に、「本当なの?」と聞いておきたかった。

 きっと彼女は言うのだろうか。「本当だよ」と。

 「嘘だ」と否定はしたくない。だが、「本当なんだ」とも肯定をしたくもなく、頭の中がモヤモヤするだけだった。やがてそれ以上のことを考えるのを辞めた。でも、思い出したからには何か手がかりとなる情報を集めたい。

「……あ」

 いた。そんな人が、この大学に。


「永井……って、霙のこと?」

 終業式終了後、ゆらゆらと小さなアホ毛を揺らしながら、茅島朱雀(かやしますざく)は呟く。

彼女は霙の中学、高校の同期であり、同じく北海道出身。

 普通の人にとっては珍しい、オレンジに近い薄栗の髪色をしており、その姿は身長154センチという大学生にしては少し小さな体格をした私の同期である。コンプレックスの本人に言ったらそれこそ怒られるけど。

「ほら、霙と中高一緒だったんでしょ? なんか知ってないかなーって思ってさ」

「そう言われてもねぇ……」

 うーんと考えた朱雀は「あぁそうだ」と思い出したように顔をあげる。

「?」

「そうよそう思い出した。霙、あんたのこと一時期すごい話してた時があったって言ってたの覚えてる?」

「え?」

 てっきり忘れられたのかと思っていた。仮に夢に出てくるあの姿が霙だったとしても、何回も見てきたあの夢の中で私の名前を呼んだ事は一度もない。

「柚ちゃんがー柚ちゃんがーって、中一の時に元気そうに話してたって入学した時話してたじゃない」

「……あぁ、そうだったっけ」

 忘れていたのは私の方だったか。こりゃ霙に申し訳ないなぁ。

「忘れちゃダメっしょ親友のことー。大好きだったんでしょ?」

「ごめんごめん。朱雀は霙の連絡先あるの?」

「持ってるけど、最近は連絡とってないなぁ……。あっちもあっちで忙しいみたいだしさ」

 ほら、と端末を出して私に見せてきた

その画面に映るのは、霙のLINEプロフィール。

『暫く多忙。親友のみんなごめんよぉ……』と、なんとも彼女らしい一文で締められている。

「もし欲しいなら、私から連絡しとく?」

「あ、そうしてもらえるとありがたい」

「おっけい、朱雀ちゃんに任せろ」

「朱雀ちゃんに任せるわ」

「よっしゃやったるでバリバリ」

「それなんて関西弁?」

「関西弁っていう関西弁」

「アホ!」

 マシンガントークが続き、一つ間を置いて「んじゃ、私先帰るね。柚は図書室行くんでしょ?」と呟いた。

「うん、今日も本読んで帰ろっかなぁって」

「そかそか、また二学期ね。連絡ついたらLINEするわ!」

 程なくして彼女は教室から出ていってしまった。

「……さて、私も行きますか」

 朱雀の後を追うように、私も教室から出ていった。


***


「……あれ、もうこんな時間っ」

 気がつけば時計は十七時を指していた。図書室はもちろん、家で本を読んでいるとあっという間に時間が過ぎていく。休日本を読んでいたらいつの間にか午後三時……とか、そんなのザラだった。

「帰らなきゃ」

 立ち上がり、椅子をしまい積み上がった数冊の本を持とうとする。

 ……と、手が滑り、その数冊の本は床に打ち付けられた。バサバサと音を立てて落ちる本は、さながら時間の経過を表しているようで、一日ってあっという間なんだなと感じる。

「あっやべやべ……」

 短く声を上げた私は本を拾いあげる。一冊の本に書かれていたタイトルに、本を拾う私の手が止まった。

『親友』

 日本人初のノーベル文学賞受賞作家、川端康成(かわばたやすなり)の少女小説だ。

 新制中学一年のクラスメート、めぐみとかすみは、赤の他人ながら瓜二つ、誕生日も同じとあって親しくなっていく。鵠沼(くげぬま)での夏休み、上級生の容子への憧れや嫉妬。微妙にすれ違っていく友情の行方は……という、あらすじだけを読めばかなり乙女な小説である。

 ……ふと、私は考えた。


『どこからが幼馴染みで、どこからが友達で、どこからが親友なのだろう』


 友達から親友になるには、どうしたら良いのだろうか。そう自然と考えたのだ。

 小学校の頃の友達というのは、『遊ぶ約束』をし、遊んで、時間が来ると帰宅する。そんな順序が当たり前で、楽しくて、何も考えずに過ごしていて、なんでも話し合えて、なんでも分かり合えるのが友達なんだと思っていた。

……では、『親友』という存在は、一体何をしてどうしたら『親友』という肩書きになれるのだろうか。

 中学の先生は『親友は大切に持ちなさい』と教えてくれた。でもその親友はどこからが親友なのかが、当時の私には分からなかった。

 誰かが教えてくれる訳でもない。自分達が勝手に親友と呼びあったら、そこで親友なの?


 帰り道、考えていた。

 霙と私は、親友なのだろうか、友達なのだろうか。あるいは、『それ以下』の関係なのだろうか。考えて考える度に頭の糸が絡みついて、上手く整理出来ない。こういう時に、頭というのは物事の整理が苦手なんだから困るよね。

「あぁー、だめだ。全然結論に至らない……」

 はぁ、と私は息をついた。重苦しい空気に耐えかねたのか、蜩がそれを『元気出せよ』と言っているかのように、穏やかに鳴いているのが聞こえる。

 いやいや無理でしょ、頭ごっちゃなんですけど。

 そう思いながらも私は帰路に着いた。

 ……朱雀から連絡が来ていたのは、丁度そんな頃合いだった。

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