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あの日、私はあなたの栞だった。  作者: 甘夏
一章 始まりは一つの小説で
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第二頁 小説家

「え? 柚羽先輩の地元戻るんですか?」

 私が入るサークル『小説部』の時間、朱峰と同様素っ頓狂な声をあげたのは、私の後輩である里奈(りな)

 里奈は私と仲が良い。同じ福岡出身であるためすぐに仲良くなり、一緒に出かけたりもしばしばしている。

 そして同じく、『速読』が出来る。里奈の場合は全体理解しか出来ないタイプの速読者だ。

「そーよ? 流石に戻らないと両親が心配するし……」

「柚羽先輩は優しいですねぇ、里奈なんて『戻らなくていいから勉強しとけ』って言われましたよ?」

 声色を変えて嫌味ったらしく言った里奈の顔を見て「なにそれ、里奈の両親意外と厳しくない?」と真顔で答える。

 私の両手には小説が握られている。ちら、と里奈を見た後、すぐに小説に視線を戻す。

「その小説、どーです? 結構考えさせられる小説でしょ?」

「……うーんまぁ、確かに」

 私が今読んでいる小説は、まさきとしか作『完璧な母親』。あらすじと言ったら、兄の波琉(はる)が死んだ翌年の、同じ誕生日に妹として生まれた主人公の波琉子(はるこ)が、兄の死から立ち直れない故狂った母の過度な愛情で精神を壊されていく……というもの。

 『生まれ変わり』『完璧』という言葉がよく出てくるこの小説は、人間に完璧なんてないと思っている人には、この小説はよくわからないで済まされる話であろう。私もその一人だなんて、口が裂けても言えないけれど。

「よく分かんない」

「どゆこと?」

「いやね、小説の文法自体は全然いいんだけど、結局何が言いたいのかがよく分からないのよ」

 本を閉じ、長方形のテーブルに静かに置く。

「?」

 頭にはてなを浮かべた里奈はすぐに表情を戻し「で、いついくんですか? 地元」と話を戻してきた。

「朱峰にも言われた気がする……夏休み入ってからすぐだなぁ」

「お土産のひよ子買ってきてくださいよ?」

「分かっとるて。里奈はひよ子好きやね」

「だって美味しいじゃないですか!!」

 二人だけの空間に声は木霊する。

「だとしても頭から食べると? 普通お尻から食べよらんの?」

「ハッ……! ライオンの捕食!?」

 思いついたように声をあげる里奈に「なにおう!? ひよ子買ってきてやらんぞ!?」と意地悪っぽく言ってやった。

「あーっそれだけはっ! それだけは勘弁ー!」

 全く……と呟き、息をついた私は「じゃあ私、そろそろ行くからね。いつも通り、後片付けはよろしく」と部室の扉に手をかけた。

「あ、先輩」

 扉を開けた時、呼び止められて振り返る。

「ん?」

「お気をつけて!」

「はーいはい」

 後ろ手で扉を閉め、私は図書室に向けて歩き始めた。


***


 時は十七時六分。

「疲れたー……」

 家に着いた私は息をつく。何故こんなに早く帰って来るのか。それは私が両親からアルバイトを禁止されているから。両親から余るほどの仕送りが送られてくるのだ。アルバイトをしようと思った時期もあったが、両親にバレたら何を言われるのか分からないので結局するのをやめてしまった。

 正直、バイトなんてどういう風にするのかなんてよく分からないし、コンビニでいう接客というものしか経験したことがない。そんな私を見て、「あんたはフリーランスが似合う」と、母がよく呟いていた。

「さてさて、と」

 有り余る本棚の中の小説を一つとる。今日は精読をしてみようかな。いつもは全体理解だし。

『鬼』と書かれた小説に右手をかけ引き抜く。

 と、同時。乾いた音を立てて、一つの小説が床に落ちてきた。

「?」

 それを手に取り、タイトルを見る。


『見えない世界の裏側に』


 ……見たことの無いタイトルだ。パラパラとめくってみると、どうやら現代ファンタジー物の小説のようだ。パソコンで少し調べてみると、一つの事実にたどり着いた。

「……ん、え?」

 もう一度、タイトルを見た。

 光々とするパソコンの画面に映るタイトルと、やはり一致している。

 信じ難いことであった。まさかこの小説が『もう手に入らない宝物庫』扱いされていたなんてと。

「あれ?」

 次に作者名を見る。

『永井霙』

 そのペンネームは私の知っている名前だった。まさかと思い、さらに調べる。

永井霙(ながいみぞれ)

 北海道出身の小説家。二〇〇四年八月二十三日生まれ。二千十八年に拙作『見えない世界の裏側に』ノーベル賞受賞者。現在は大学三回生で、小説家として活動している』

「大学三回生って、私の同期じゃん」

 そこでようやく思い出した。霙は私と同じ歳だったことを。

 三歳から六歳までの三年間家の隣でずっと一緒に遊んでいた、所謂『幼馴染み』だ。だが霙は小学校に上がる前に北海道に帰ってしまった。後に母から理由を聞くと、『お母さんの都合やけん、しょうがない』と頭を撫でられて言われた記憶がある。

「そっか……小説書くの好きだったもんね、あの子」

 霙の父は、若くして有名な小説家だった。母も霙の父の小説を持っていて、読んでいたのを思い出す。そして霙も同じく、四歳当時から自分で小説を書いていた。私もその小説を見せてもらっては面白いとよく言っていたものだ。

「……お父さんを継いだんだ」

 パソコンを閉じ、パラパラと速読してみる。

 ───なにこれ、なにこれ、なにこれ!?

 驚くほど惹かれた。

 ページを早めくりする手が止まった。

 その手はページを戻る手に変わった。

 『速読』ではなく、『一般の人のように、普通にゆっくり読みたい』

 そんな考えが勝る。

「……凄い、凄い凄い凄い! こんなに読み応えのある小説なんて無かったよ!」

 思わず声をあげてしまった。部屋に誰もいないのが幸運だろう。

 本の後ろを見る。現代ファンタジーがジャンルのこの本の総合ページ数は、一千ページを越えていた。普通の人ならきっと、この時点で読むことを辞めてしまうだろう。

 私は基本、三百から五百ページ程度の長編しか読まない。それ以上は飽きてしまって読む気が失せる。だがこの小説は違った。速読で少し読んだが、それは彼女が十四歳の時の実体験を元にした『ノンフィクション』だ。

 一体彼女の身に何があったのかは私にも分からないが、より具体的に、より感動的に書かれたこの小説は何故か読む気になれた。

「……会いたい」

 直感的にそう思った。

 今何処に住んでいるのかすら分からない中で、ただ会いたいと思った。

 連絡先も何もないまま、私は霙の身元について調べ始めて……気がつけば二十三時を回っていた。

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