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冬/魅魔

 雪の中で小さな竜が踊っているよ……久々に並んで歩く街中で彼がそう言ったのは、十二月に入った頃の事だった。


 大学を卒業してから顔を合わせるのは初めてだったが、相変わらず風変わりで、それでいて心の和む笑顔を持っていた。



「なんだい、そりゃ」



 私が尋ねると、彼は答えた。



「見えないかい? 冬のしもべさ。ほら、あそこに。雪の中に混じって踊っている」



 指差した先には、ちらちらと舞う雪のスクリーンがあるばかりだった。私は見えるとも見えないとも言わぬまま、彼を見つめた。



「竜ってのは、火に属するもんだと思ってたけどね」



 ぽつりと言うと、彼は答えた。



「それは西洋の火竜ドラゴンの話だよ。竜ってのは本来、色々いるんだ……自然のエネルギーだから。


 東洋の竜は主に水を支配するだろう? でもこの竜たちは、そうした偉大な竜とは違う……どちらかと言うと、妖精や小鬼に近い」



 彼は、私には何も見えない空間をじっと見つめた。



「彼等は冬に属するもの、冬のしもべ。竜だけじゃない、『冬』は色々な従僕を持っているのさ。


 僕は以前、吹雪の時に白銀の狼たちが『冬』の狩人と共に野山を走っていくのを見たことがあるよ」


「冬の……何だって?」


「狩人。『冬』の息子たちさ、荒々しい……他にもいろんな息子がいるけど」



 ふと、彼は言葉を切った。眉をしかめる。それからいきなり私の腕を取ると、ぐいぐいと引っ張るようにして歩き出した。



「どうしたんだ?」



 慌てて問うが、彼は一言、早く、とぶっきらぼうに言っただけだった。足早に歩く彼に歩調を合わせ、ついていく。随分歩いてからようやく彼は足を止めた。私の腕を放す。



「何が……おい、どうしたんだ、一体?」



 きっと口を引き結んだ彼に、私は尋ねた。彼はしばらく何も答えなかった。だがやがてぽつりと呟いた。



「奴だ」


「奴って?」


「また来ていた。僕を見張って……畜生! 何だってこうもつきまとうんだ」


「おい、何の事だよ」



 私が尋ねると彼は目を閉じ、うなだれた。



「『冬』の息子の一人だ」



 ややあってから答える。



「君は、君までが僕を頭のおかしな奴だと思うかい? 僕には見えるんだよ。雪と共に舞う竜たち、吠え猛る冬の魔性。そういったものが見えるんだ。僕には……どうしようもない。そして、彼……」



 彼は両手で顔を覆った。



「彼……『冬』の息子。おそらくは最も若い者の一人だろう。僕は以前、雪山で遭難しかけた時に彼に遇った。


 偶然だった。最初は……山の精霊かと思ったよ、あまりに峻厳で、荘厳で、美しいものだから。でも違った。奴は……違った!」



 うめくような言葉が顔を覆った手の間から漏れた。



「冬の魔性の一人だったんだ。それが何だって僕なんかにつきまとうんだ。冬になるたびに奴は現れて……僕の周りに監視の網を張る……」


「監視? 何で」


「知るものか! 奴に聞けよ、もう三年も来てるんだ。冬になるたびに僕の恋人や、友人たちに災厄が起こって……」



 はっと彼は顔を上げた。



「しまった」



 呟くと私を庇うようにして前に出る。急に冷え込んできた事に私は気付いた。どうしたのだろう。


 びょうっと鋭い音を立てて風が吹き、矢のような鋭さが頬に触れた。着ていたコートがぱりぱりと音を立て出す。


 喉にきた衝撃に私はむせ、咳き込んだ。大気がとんでもない冷たさになっていると気付いたのは、その時だった。呼吸をしただけで、喉が焼けつく痛みに襲われる。



(どうしたんだ。ここは雪山じゃないんだぞ!)



 ぜいぜいと喉を鳴らしつつ、私は体を抱え込んだ。手足が自由に動かなくなってくる。凍死の一言が頭をよぎった。そうなってもおかしくない程の、異常な寒さだった。ここはまがりなりにも街中だというのに。



「やめろ」



 隣にいる彼が低く言ったのはその時だった。



「……やめろ! あの時命を救ってくれた事には感謝している。だがこれ以上、僕の知人や友人に手を出すな。


 用があるのは僕にだろう、狙うんなら僕を狙えよ。何か するなら僕にするがいい。


 それがいやなら、二度と姿を見せるな!」



 最後の一言ははっきりとした拒絶の意志を持っていた。


 途端に沸き起こった激しい風の音に、その冷たさに私は目を閉じ、息を詰めた。だがそこに何かがいる事を感じ、無理やり目をこじ開ける。


 そして、見た。庇うように私の前に立つ彼と、もう一人……舞い狂う雪の小竜に囲まれて立つ、恐ろしいまでに美しい、異形の者を。








 異常な冷気は始まったと同じに、突然終わった。私は体を抱えたまま、瞬いた。今見たものは何だったのだ?



「大丈夫か」



 彼が近寄ってきて心配そうに尋ねる。答えようとして私は、コートの表面が凍りついているのに気付いた。今更ながらに絶句する。



「今のが、奴か?」



 尋ねると、彼は躊躇してから頷いた。



「三年前からずっとだ。今回は、随分簡単に引いたけど……どうして僕を見張ってるのか、わからない」



 私は無言だった。しもやけになりかけている指をぷらぷらと振る。今見たものは、黙っておく方がいいだろうと思っていた。真面目な彼の事だ、変に悩むに違いない。


 私が見たものは美しい魔性だった。舞う白銀の小竜。風に踊るぬばたまの髪。その目は彼に向けられていた。まなざしは傷ついたような哀しみと暝さをひそめていた。



 あれは、想う者に拒絶された者の顔だった。


ダンスがテーマのはずなのに、ちょっとちがっちゃってるものもありますね。いや何だか、全体的にちがっちゃってるかもですが。


感想とかいただけると嬉しいです。この後、ギャグバージョンを追加しました〜。

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