おまけその2/昨日より今日 今日より明日
書いた事すら忘れていました。踊っているのでここに載せました。
…たぶん、「真夏の怪異」つながりです。
月に浮かれてトースターが踊りだしたのを見た時には、唖然とした。
不条理じゃないか。
ひとりごちるわたしの前で、優雅な踊りは続いている。繊細なターンは、風に舞う花のよう。なめらかに床を動く様は、水面の白鳥のよう。惚れ惚れするほどの優雅さだ。
それが、トースターでさえなければ。
とりあえず気を落ちつけようと、わたしはグラスにワインを注いだ。月光が赤い波に反射した。
ボトルが踊りだしたのは、その時だった。お買い得品千二百円の赤ワインのボトルは、すべるように床を移動すると、トースターにお辞儀した。
進行した不条理が、目の前でソシアルを踊っている。
月光は静かに部屋に降り注ぎ……。
声もなく、トースターとボトルが踊る。どんな踊り手にも無理だろう、この上なく典雅なステップで、不条理の極みが流麗なターンをくり返す。
手にしたグラスを空けるべきかどうか迷い、わたしは眉根を寄せた。ここで飲む事は現実逃避になりはしないか?
が、こんな現実を誰が信じると言うのだ。
逡巡していると、たわしがわたしに礼をした。ふきんや洗剤が次々と輪を作り、ゆっくりと踊りはじめる。
目の前で不条理の大群が舞い踊った。
これでもかこれでもかと披露されるステップは高度で洗練され、文句なしに美しく、見た者全ての目を奪うだろう素晴らしさだ。
それが、3枚百円檄安ふきんやナイロンたわし、ヤシノミ洗剤でさえなければ。
わたしは黙ってグラスの中身を飲みほした。空けたグラスを床に置くと、グラスまでもが踊りだした。
何て事だ。
目覚めると朝だった。昨夜の不条理は皆、元の姿に戻っていた。
ただ一つ、トースターを除いては。
最初に踊りだしたトースターは引っ込みがつかなくなったらしい。部屋の真ん中で、まだ踊っていた。
朝ごはんが作れないじゃないか。
わたしはつかつかとトースターに歩み寄ると、
べん。
と殴った。
トースターは、引っくり返って静かになった。
わたしは物事にこだわらない性格だ。
トースターにパンを押し込み、冷蔵庫からミルクを取り出す。
良い天気だった。
今日も何事もなく、平和な一日が過ごせそうだ。きつね色に焼けたパンにバターをぬりぬりしながら、わたしはそう思った。