2-1-4 神の座する御山へ、お参りに
社へと続く道。
引っ張られて連れて来られた場所には朱色が少しはげた小さな鳥居と、やはりこじんまりとした祠。先ほどの場所からそこまで離れてはいなかった。
その鳥居の側面に彫られた文字を見て納得する。難波家が寄進した鳥居だったからだ。年は彫られていないが、鳥居の状態から相当古いものだということは分かる。
『お兄ちゃんたち、こっちだよ!クゥちゃんも早く!』
少女の声を確認すると、鳥居の内側に白い空間が出来上がっていた。その中に入り込み、半身を出している少女だが、もう半分は白い空間に入り込んでいて見えなかった。
その少女は促しておいてその空間に一足早く入っていってしまった。
『ププーッ!またクゥちゃんって呼ばれてるニャ!』
『うるせえぞ、瑠姫。……この中は神が座する社の内部だ。お前らはオレらの神気で慣れてるから大丈夫だと思うが、この先は神気が溢れたまさしく神のための場所だ。人間の身には厳しいものがあるかもしれない。用心して中に入れ』
「わかった。そもそも神様相手に用心しないで会おうとは思わないよ」
ゴンの言葉に頷いて、ミクの手を取って鳥居の先へ行ってみる。白い空間に包まれた瞬間、今までの比ではない程の神気を全身に受ける。それは暴流のようで、全身を波打つ塊が打ちつけてくるのと同時に細い針のような神気も身体の穴という孔を刺してくる錯覚に陥る。
いや、これは錯覚じゃなくて現実だ。これが神の座に人間が入るということなのだろう。ただの人間では神の座に入ることそのものが毒であるように。霊気とか神気に耐性がなければ、それだけで圧死してしまう。鈍感な人間でも、感じ取れないものでも、これは触れただけで消し飛ぶ。
そんな流れに逆らうように進んでいく。その時間は刹那だったか、それとも数時間あったのか。一歩踏み出すたびに、足が重くなる。感じ取れるものがミクとつないだ手しかない。ゴンや銀郎と繋がっているはずの霊線が感じ取れない。全身に神気を浴びるとここまで感覚が鈍くなるのか。
そもそも、今進んでいる方向が合っているのかすらわからない。ゴンはここに来たことがあるはずだが、一切教えてくれない。さっきの子も先導してくれるわけでもなく、一面真っ白な景色が続いているだけ。
足を進めれば、それだけで思考が塞がっていく。何をしても、歩いていることしかわからない。五感がだんだんと奪われていく感覚は、まるで人間からこの場に相応しい存在へ変革していっている奇妙さを覚える程。
だが、ミクとつないだ手だけは確実にここにある。一度振り返ってミクの顔も全身も確認して、そのミクが平然としていることに少し微笑んでからもう一度歩みを再開する。進む方向は直感任せだ。
そしてやはり時間感覚がわからずに進んでいくと、途中から針と弾丸の嵐から、身体を包むような暖かいものに変わる。それを感じ取りながらも、おそらく進んできた方向が合っていたのだろうと思って歩幅が大きくなる。痛みに近い感覚がなくなってから足を進めることが苦ではなくなる。
「遊び過ぎたかえ?まあ、久しゅう狐の子に会ってなかったもんで、遊んでもうたわ。でもこれも通過儀礼として目ぇ溢してくんなまし」
耳元で囁かれるお淑やかな声に、足を止める。聞いたことのない声のはずなのに、温かみの感じる落ち着く声。母性を感じるとか、そういう包み込むような。これが神様の声というものなのか。
動いていないはずなのに、辺りの景色が変わっていく。霧ではないが、晴れていくようにまるで位相が変わっていく。白い空間から緑の草原へと。穏やかでそこには静寂しかないような安寧の地へ移り変わったようだ。
そこに平然と寝そべっているゴンと瑠姫、正座した銀郎。
「いやいやいや。何で俺たちより先にここにいるわけ?後ろにいたんじゃないのか?」
『オレたちは分け御霊とはいえ神の一柱だぞ?人間が通らないといけない道をわざわざ試練込みで歩くわけあるか。オレらはあそこをくぐった時点でこの場所に出るんだよ』
「なんか理不尽だ……。俺とタマだけ苦労したとか」
『珠希はあんま疲れてないみたいだが?』
そう言われてミクの顔を見てみるが、たしかに疲労は見て取れなかった。えー、俺はこんなに疲れてるのに。そんなのってあり?
「明様、大変だったのですか?そうおっしゃってくだされば、前を代わりましたのに……」
「いや、タマの壁になれたのならそれでいいさ。それにあの神気の奔流をタマがまともに受けたら気が狂ってたかもしれないぞ?」
「それはあらぬな。あの空間は通る者全てに等しくあの荒波を受けてもらう。あの場所を通って平然としているそこの娘は、お主よりも神気に近しいのか慣れとるということかえ。ただただ、器の違いゆうこと。憑いてるものがものやしのう」
俺たちの会話に入ってくる知らない声。そこへ目線を向けてみると白髪のお狐様がその場に凛と立っていた。体長はゴンよりも大分高く、俺たちの腰ぐらいはありそうだ。そのお狐様に先程の少女と、少女に瓜二つなもう一人の少女が張り付いていた。
「初めましてや、次期難波の坊ちゃんと狐憑きの少女。妾こそがここの伏見稲荷大社に住まう宇迦之御魂大神。気軽に宇迦様と呼びい」
『宇迦サマ宇迦サマ。コト、お兄ちゃんとお姉ちゃんここまで連れて来たよ?褒めて褒めて』
『コトずるーい。ミチ、ずっとここで宇迦サマ守ってたのに』
『守護はコトたちの使命だから仕事じゃないモーン』
ここの主神の挨拶と共に、脇にいた少女たちが姦しくし始める。そのせいで挨拶のタイミングを外した。名を告げられたのだから、こちらも返さなくてはならないのに。
それを気にせず宇迦様は、綺麗な一本の尾で器用に二人の頭を撫でていく。宇迦様は九尾ではなく、尾は一本だけのようだ。
「はいはい。二匹とも少し静かにしーや。もう少し落ち着いたらどうなん?あんたら、クゥよりも年上でしょう」
『クゥちゃんは拗ねてるから真似したくなーい』
『クゥちゃんはツンデレさんだから参考にしたくなーい』
ぶーたれる少女たち。ここの成立年からしてそうだとは思っていたが、この少女たちゴンよりも年上だったか。そもそもゴンって天狐としても比較的に若い方とは言ってたから、そういう別格の存在からするとかなり下の方なのかも。
今のやり取りにまた爆笑している瑠姫を無視して、俺とミクはその場に正座をして頭を下げて挨拶をした。
「初めまして宇迦様。私が難波家次期当主の明です。こちらは分家の那須珠希」
「初めまして、宇迦様」
「頭をあげい。……ふむ。確かにその名も真実。良い名を親にもらったようやえ。でも、真名がちゃんと二人の間にはありんしょう?ここは神の御座。真名があるのならそちらで呼ぶがよい。なあ?ハルにミク」
さすが神様というか。どうやって知ったのかわからないけど、俺たちが約束した名前で呼び合っていることを知っていた。宇迦様に隠し事はできないというのなら、機嫌を損ねないためにも言う通りにするのが正しいのだろう。
「わかりました。この場ではそうさせていただきます」
「うむうむ。素直なことは良いことだぞ。妾もハルとミクと呼ぼう」
上機嫌に笑う宇迦様。狐の姿をしているが、間違いなく神様なのだ。女性、だろう。男神には見えない。
次も三日後に投稿します。
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