2-1-1 神の座する御山へ、お参りに
朝一のやり取り。
重たい瞼があがる。今回の過去視は以前のように客観的な立場からその出来事を視れた。というより、前回の金蘭に関する過去視がおかしかったのだ。まるで金蘭と同化したかのように記憶を追体験するという前回が異常だっただけ。人の心の内側を見るというのは中々恥ずかしいことだ。
いや、今回の晴明様幼少期も結構クルものがあったけど。なんというか、かなり荒っぽいというか子どもっぽいというか。年齢を考えればおかしくもないんだけど。初対面の子どもの頭掴んで尋問まがいのことするか?相手の霊気が感じたことのないようなおかしなもので、直前まで霊気を完全に絶つっていう平安の時代ではありえない離れ業をした相手とはいえ。
さっきまで見ていた時代。晴明が賀茂に弟子入りしたばかりで陰陽術黎明期であれば。今でいう陰陽術とは在り方からして異なる、名称がただ同じだっただけのものしかない時代に霊気を絶つなんてことは意図してできる存在は晴明と玉藻の前くらいだったはずだろう。
そこに第三者が現れれば晴明でなくても気になるだろう。そういう意味では吟も金蘭も独力でそれを為してしまっていたために晴明の目に留まり、家族となって式神になったのだろう。吟の場合は偶然だろうが。
心臓が止まっていても息を吹き返す方が異常だが。それに妖精によるチェンジリング。西洋の昔の魔術やらモンスターやらは関係ないものとして調べてこなかったが、これを機に調べるのもいいかもしれない。まさか身内にそんなモノと関わっているなんて思いもしなかったからだ。
当時の日本の造船技術で大陸へ渡るのは中々な冒険だ。それこそ陰陽術や魔術というデタラメを使えばまた事情は変わってくるが、モンスターと言っても過言ではない存在が極東にいた変哲のない少年に手を出すとは特殊事例すぎる。
しかし、吟も金蘭のような拾い子だったとは。血の繋がりがないことは知っていても、どのような経緯で安倍家に仕え、式神になったのかまでは難波家の蔵書に書かれていない。最初と最後がなく、式神だったという途中経過だけきちんと記録に残っている。
あとは吟の方が金蘭よりも年下であったり、吟が陰陽術を使えないということくらいしか記されていなかった。
以前からの過去視で吟のことは視えていたし、あの霊気の量から本当に陰陽術を一切使えないのか疑問で、才能はあっても全てを剣に捧げたのだろうと推察していたが、今回の事で長年の疑問は解消された。
後天的にああいう身体にされてしまったために、神気に似た力を制御できなかった。神気に似た力とはいえ、正確には海外の力だったから晴明や玉藻の前も制御の仕方を教えられなかった。自分たちに使えない力を教えるのは厳しかったのだろう。
金蘭の悪霊憑きは後天的なのかわからない。だが、彼女は確実に陰陽術の才能があった。自力で術式を作り上げ、陰陽術が浸透し始めた頃の晴明の高弟を欺ける隠蔽術式が使えたほどなのだから。
さて、そろそろ過去視の復習は終わりにして。
この主人の上に乗っかかって鼻歌交じりにこちらを眺めているダメ猫について言及しなければ。
「瑠姫。何で乗っかかってるわけ?」
『坊ちゃんを起こそうとしただけニャ。うなされてたから心配にニャって、顔を覗き込んでたら坊ちゃんがあちしの腕を掴んで……キャー!』
「どこまでが本当?」
『うなされてたのは本当ニャ。顔を覗き込んでたらそのまま馬乗りしちゃったけど』
「乗る必要なかっただろ……。というか、降りろ。動けない」
ちぇー、と言いながら降りる瑠姫。重いとか文句を言わなかっただけ温情だと思え。軽いけど、そんな文句も言いたくなる所業だ。
そうして降りた瑠姫の服装を見て気付く。顔は見えていたし、足の上に乗っているんだから体重を感じていて発言していたが、服装までは見ていなかった。しかし、何故そんな格好をしているのだか。実家にいる時は一度もそんな格好をしていなかったはずなのに。
「瑠姫、そのメイド服何?」
『フフン、どうニャ?』
自慢気に、うふ~んという声が聞こえてきそうなグラビアアイドルみたいなポーズをとる瑠姫。髪をかき上げたり、腰に手を当てて斜め27度に身体を傾けるとか本当にそれっぽいけど。
猫顔ではあるが、おそらく美形にあたる瑠姫。尻尾や猫耳、猫の手であっても胴体は人間ベースだ。そしてスタイルはなかなか良い。出るとこ出ててくびれるところはくびれてて引っ込んでるところは引っ込んでいるのだから。
あと使用人ということから、身だしなみには気を遣っている。髪や体毛などはかなりだ。そういうことが合わさった結果の答えとして。
「まあ、可愛いんじゃないか?いつも割烹着か和装だし、洋装っていうのは新鮮だ。それにそれ、いわゆるメイド喫茶で着ているようなメイド服じゃなくて昔の、最初の方のメイド服だろ?華美じゃないのがいいな」
『ふむふむ。良いこと聞いたニャ。ちなみにあの姫とかいう娘の着物はどうニャ?』
「姫さんの?あの人は良く似合ってたけど、新鮮味はないな。着物や和服なんてそれこそ瑠姫や母さんで見慣れてるし」
『たしかに。新鮮味はニャいね』
旧家というか名家だからか、我が家の普段着は和服だ。今は高校に通っているために甚平などは着てもいないし持ってきてもいない。寮の中でも和服を着ている人はいないので、郷に入っては郷に従えではないが、周りに合わせているわけだ。
こういうことも星斗に聞いていて良かった。新しく買うのも面倒だったので、家で使っていた物をそのまま使おうとしていたほどだ。
『で、やっぱり坊ちゃんは過去視をしていたのかニャ?』
「ああ。吟の過去について見てた。拾われた時のこと」
『ふうん~……。着々と平安の頃を視ているみたいだニャ、坊ちゃん』
「知れて良かったってことは多いよ。なにせ、呪術省には載せられていない情報ばかりだからな。特に晴明の初期の頃なんて情報が一切ないって言っても過言じゃない。呪術省からしてもいきなり台頭した天才ってだけだからな」
晴明の産まれを知っている人からしたらさもありなん。元々貴族でもないのに教養にあふれ、様々な異能を産み出した陰陽師の始祖。彼が今の呪術社会を産み出したというのに、そのルーツはまるでわかっていない。晴明学という学問まで存在するレベルだ。
割と優秀な星見でも、晴明の誕生までは見れたことがないのだとか。その人たち曰く、晴明周りは何故か何かに阻まれているようで全く読み解くことができないと。実は視ているけど、父さんに箝口令を敷かれているのかもしれない。
当代一の星見ということで、星見の人々の間ではかなりの発言力がある父さん。呪術省と反発することの多い星見の方々は、どちらかと言えば父さんの肩を持つ。意図的に口をつぐんでいる可能性はある。
「瑠姫。さっさと着替えろ。さすがにそれで外は歩かせられないぞ?」
『はーい。もしかして今日のデートもラーメンかニャ?』
「ミクの許可は取ってあるぞ?」
『前に約束していた綺麗な場所でご飯を奢るっていうのは?』
「それは夜。もう予約してある」
『さすが坊ちゃん!できる男っぽいニャ』
「はいはい。ありがと」
そう言ってお互い着替える。瑠姫は自分の服を霊気で編んでいるために、いつもの服へ霊気を作り替えればいいだけ。俺は脱衣所に行って着替える。いや、普通は使用人の瑠姫がどこか離れていくものだが、一々そう言うことを言うのは面倒だ。家族だからと俺が着替えていても平然とそこにいるし。
一応女性の瑠姫がいる場所で着替えるのは恥ずかしいので、こちらから離れる。家族とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
今日は行く場所が場所なので、式神を除けば本当に二人っきり。祐介や天海も含めて遊びに行くことは多々あったが、ちゃんとしたデートは高校に入ってから初めてだ。
だからちょっとテンションが上がってしまうのも、仕方がないことだ。うん。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。