1-2-4 さてさて始まりますは、神の御前で語られる滑稽話
血筋。
「うわぁ!銀郎様だあ!すっごいモフモフで触り心地良さそう!本当にオオカミなんだ……!ご先祖様もできたら自分の式神にして目一杯モフモフしたかったって書いてあったもんなあ!」
そう言いながら手をワキワキさせている桑名先輩。これを見てたしかにと頷く。この人は確実に難波の家系だ。こうもモフモフに目を輝かせる陰陽師は本当にウチの血筋くらいのものだろう。
星斗とかもゴンのこと撫でようとしてくるからな。病的に獣のモフモフ具合が好きな一族とか、そんなところで血を感じたくない。
「それでこちらが噂の天狐殿!難波君、抱え上げてもいい?」
「もちろんどうぞ」
「うえっへっへっへ!柔らかーい!もうね、触っただけでわかるよこの肌触り!尻尾と身体は柔らかさがちがーう!それに霊気がすごいなあ!あ、ほっぺに当たる肉球もいい!犬とか猫とも違った感触で、これを難波君と那須さんは毎晩好きなようにできるなんて羨ましいなあ!」
『耳元で叫ぶんじゃねえよ!ほんっとにお前ら一族は会った傍からどいつもこいつも遠慮なく撫でまわしやがって……!何で抵抗したら喜ぶかなあ⁉』
「だって僕たちにとっては肉球で押し返されるとかご褒美ですからぁ!」
わかるわかる。俺とミクは深々と頷いていたが、残りの式神二匹には白目を向けられた。ぶっちゃけ何をされても俺らからしたらご褒美だ。だって要するに、全身でモフモフを感じられるってことだろ?最高じゃん。
今のようにゴンに必死に抵抗されるというのは、おとなしくされていたら味わえない力を加えた肉球や、あの怒り顔すら見られないのだ。それはもったいない。さすがに限界点は見極めるけど。
『坊ちゃん。あっしはあれ勘弁ですからね』
「えー?尻尾くらい触らせてやれよ」
『星斗殿にすら触らせたことないんですが……』
「タマには触らせたくせに」
『小さい時の話でしょう?あ、いや?中学に上がってすぐでしたっけ?』
「なら久しぶりに触っていいですかっ⁉」
『マズッ、食い付いた⁉坊ちゃん勘弁を!』
「タマ、いいぞ」
「わーい!」
『あああああああああああああっ!』
銀郎の絶叫が響くのと同時にミクが銀郎へダイブする。そのまま手慣れたように全身へ手を伸ばしていくミク。それに悶絶したまま声も出ずに魂が抜けたんじゃないかと思うほどなすがままにされる銀郎。
ゴンは今も叫びながら抵抗しているというのに情けない。銀郎は歴代当主の面々にやられまくっているから抵抗しても無駄だとわかっているのかもしれないが。
ゴンや瑠姫は銀郎に比べればペーペーもいいところなので、そういうのに慣れていないのかもしれない。
『あちしには構ってくれないのかニャア?』
「俺までそうしちゃったら誰が辺りの警戒をするんだよ。魑魅魍魎は出てくるんだし、結構叫んでるから注目を浴びるだろうし」
『ちぇー。坊ちゃんだけ冷静でつまらないニャ』
瑠姫がぶーたれるが、三人の内二人がモフモフモードに入ってしまったために俺までモフモフモードに入ってしまえばここには式神を愛でる会が発足されるだけで、魑魅魍魎がやってきても誰も対処できない。戦うために来たというのに。
俺だってこんな外じゃなくて瑠姫が許してくれるならそれこそモフりたいが、そこは我慢だ。あの艶やかな体毛に包まれた肢体を好き放題できるならそりゃあ色々したくなるが、三人とも癒されてる状況を魑魅魍魎に見られたら襲撃されるだけだ。やつらに理性なんてないし、最近の魑魅魍魎は凶暴な奴が多いし。
こんな山奥にまで来て陰陽学校に通う学生が夜中に何してるんだよってなるだけだろ。一人ぐらいは正気の人間がいないと。それにモフられてるのは主力中の主力だし。
それから十数分ほどして、顔が艶やかに光っている桑名先輩とミクを見て満足したんだなと理解する。やられていたゴンと銀郎はげんなりしているが。
「いやあ、ごめんね難波君。あまりの可愛さに理性を留めれなかった。しかも天狐殿をこの腕に抱いただなんて……。一生語り継がせてもらうよ」
「やっぱり桑名家でも狐は信仰されているんですか?」
「それはもちろん。元は難波だからね。実家の方でも狐を見かけたら保護しているよ。呪術省の査察が来ると狐を抹殺しようとするからね。今でも過激派はいるんだって思うと悲しくなるよ」
「そんなの、蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んだ人がいるから、蜂蜜を作れる利があるけど蜂を絶滅させましょうっていうのと何ら変わりないんですよね。狐が一般人に利益があるかと言われたら癒しくらいしかないでしょうけど。陰陽師としては狐って優秀な生き物なんですけどね」
そんな連中を主導している呪術省を率いている奴らと血縁っていうのは本当に嫌だ。源流が同じなはずなのに、思想も能力もまるで違う。能力はまだ理解できる。難波と桑名みたいな突然変異や星斗のようなおかしな天才もいる。
都に住み続けた一族と田舎へ去った一族の差だろうか。都に残った賀茂も過激派思想だし。
というか。あいつらってどうして血筋と同輩だというのに晴明と玉藻の前が懇意にしていたって知らないんだ?それだけで狐を悪く思うどころか擁護派に回っていいはずなのに。
知らないか、思想誘導があった?まさか記憶が改竄されている?たぶん呪術にそういうのはあると思う。何故か実家に蘆屋道満が残した呪術大全っていう呪術の全てが載った本の原典が存在する。呪術省に置いてあるのは写本だったり。
何で我が家が持ってるかなあ。宝物殿といい、我が家は都から離れた分家にしてはかなりの物が残されている。土御門にもそれなりの物が残されているんだろうか。
「話の途中でしたけど、俺の主力はゴンと銀郎です。彼らに前衛を頼んで俺が後ろから援護するっていう昔ながらの戦い方です。瑠姫は一通りの陰陽術が使えますが、防御にスペックをかなり割り振っているので前に出て戦うタイプではないですね。守りの要と思っていただければ」
「ほうほう。難波の式神、その双角は知っていたけどまさに鉾と楯って感じなんだね。式神行使なんてできない僕からしたら本当に心強い援軍だ」
「あと特筆すべきことはないですね。苦手な術式とかも特にないですし。ああ、青竜のような自分が戦うのは苦手です。あくまで式神とか矢面に立ってくれる存在の補助が得意というだけなんで」
「あの四神がおかしいだけだよ。自分から魑魅魍魎に突っ込んだり、一つの術式で大鬼を消し飛ばしたりはできないのが普通なんだから」
外道丸には負けていたが青竜という陰陽師は日本の中では規格外に数えられる実力者だ。普通だったら八段という日本屈指の実力者でも三人がかりで遠くから挑むような大鬼を、肉体強化を施して接近戦で倒すという頭のおかしさ。
脳筋というか、あの人昔の武士と陰陽師のハイブリットというか。青竜塾なるものもできて接近戦を主とする陰陽師の一派ができているということを聞いて頭を抱えたりもしたが、関わらないことにした。
身を守るために陰陽術を教える塾も多いが、まさか肉体そのものを鍛えて致死率を下げようとするとか脳筋としか言いようがない。
マユさんが使っていたあの雷撃も相当頭がおかしい。外道丸をノックアウトさせかける極大術式、呪術省でも最高ランクに指定されるものを遥かに超えていた。それは呪術省にとって嬉しい誤算なのだろうが、あれで四神最弱って思われてるとかどういうこと。
大峰さんよりも実力があると思う、むしろ何故マユさんが麒麟じゃないんだと言いたくなるほどの実力差。外道丸を倒して、姫さんの黄龍と互角にやり合うとかどうなってるんだよ。玄武の本体が出てくるっていうのはそれだけ認められてるからだろうけど。
何でこんなにあの事件のことを詳しいかというと、Aさんが録画していたと思われる映像をたぶん姫さんが編集して送られてきたからだ。客観的に前回の事件を見ることができたが、本当に姫さんとマユさんの実力は頭抜けている。
その中に土御門が蟲毒を引き起こした証言もあったが、貰い所がAさんからとなると、証拠としてはやはり弱いだろう。なので保管し、いざという時に使わせてもらう。そんな映像を撮る余裕があったのはAさんしかいないってわかるし。
「それで、桑名先輩はどういう風に戦うんですか?概要は知っているので何となく想像はつきますが」
次も三日後に投稿します。
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