1-2-2 さてさて始まりますは、神の御前で語られる滑稽話
とある先輩との邂逅。
授業を四つ受けて中休み。いつも通り瑠姫の弁当を食べて雑談していた頃、教室の扉付近にいた摂津がこっちを呼んできた。
「難波と那須ー。お客さん」
「ああ」
扉の前で待っていたのはシューズと組証が赤色の男子生徒。髪の色は赤みがかった茶色に、朱色が強い紫色の瞳。なるほど、かなりの霊気を持っているのはわかった。だけど二年生が俺たちに何の用だろうか。
「初めまして、難波の次期当主と分家の那須さん。二年の桑名雅俊です。ちょっとお時間よろしいですか?」
「もちろんです。……桑名?先輩のご出身は静岡ですか?」
「あはは。さすがだね。そう、分家の桑名です」
廊下に出て桑名先輩と話し合う。別に秘密の話ってわけでもないし、防音の術式や場所の移動などは必要ないだろう。
あと俺が分家にあまり興味なくてもさすがに桑名は知っている。異端すぎるからだ。
ウチの分家は断絶しない限り基本的にウチの領地内に居を構える。領地外だとしてもそこまで離れていない。一度断絶したミクの家だってそこまで遠いわけじゃないし。電車か車さえあればいける。
それに桑名はウチの血筋にしてもかなり特殊だからなあ。星斗が指揮する桜井会が喉から手が出るほど欲していた戦闘に特化した家柄。でも迎秋会に呼ぶことはなく、難波の当主になることを一切考えていない分家だ。
そういや桜井会どうなった?今度父さんに聞いておこう。
「もしかして分家としての挨拶とか、ですか?」
「それもあるけど、この前の事件で大活躍だったから顔を見ておきたくて。二人とも一年生なのにすごいなあって。鬼の足止めと、救護拠点での方陣維持はどれだけの霊気があればできるんだろうって」
「成り行きで仕方がなく、ですよ。あの鬼を止められそうなのはウチの式神くらいだったので」
「わたしも瑠姫様に霊気を送っていただけですから……」
俺に至っては前半戦ダウンしてたし。倒した魑魅魍魎は大蛇一匹じゃないか?あとは伊吹抑えてただけだし、それはゴンと銀郎がすごいんであって俺の実力とは言えないからなあ。ミクは二匹倒してるし、その上で拠点防衛や天海の手伝いをしていたから大活躍と言っていいかもしれないけど。
九十九分の三を倒したのは大活躍と言うのだろうか。伊吹のことは土御門の後始末だし。伊吹が出て来なければそこまで俺は仕事をしたとは言えない。結果的には、被害を食い止めたことになるのかもしれないけど。
「謙遜することはないよ。学生でスコアを挙げたのは少ないからね。特にあの伊吹っていう鬼は呪術省でも確認が取れていない鬼だ。本当に酒吞童子なら大金星だよ」
「どうですかね……。そういう桑名先輩は討伐に参加したんですか?」
「それはもう。一応退魔の家系だから。むしろ僕としてはこれくらいしか取り柄がなくて。苦手な術式も多いからさ。よく京都校に受かったと思ってるよ」
「苦手な術式?誰でも苦手なものくらいあると思いますが……」
「僕は極端でねえ。攻撃術式と呼ばれるモノは得意だけど、隠形とかの補助術式はめっぽう苦手だ。発動しないこともままある」
「発動しないんですか?」
ミクが首を傾げながら聞き返す。術式が発動しない、というのは条件的になかなかありえない。方陣のような難しい術式なら発動できないこともあるだろうが、補助術式は基本的なものばかりだ。中学生でもほとんどが使える。
霊気がかなりあり、この学校に合格して進級もしている人が補助術式を発動できないというのはなんともおかしな話だからだ。
偏見ではあるが、安倍晴明の血筋ということもその一端だろう。難波家もかなり特化した家系ではある。だが発動しないということはない。苦手はあっても。
「そう、全くね。でもそうかー……。そこまでは現代の難波家にも伝わっていないのか。手紙で交流してたのも百年くらい前までだっけ?」
「正確には覚えていませんが、戦前なのはたしかですね。今では本家に残っている書簡など整理してますが、桑名から手紙が来なくなったのはそういう約束だったからとウチの書に残っています。未来を視て、その頃には交通網が整っているから情報交換はいらないと書いてありましたが」
「表向き本家から飛び出したのは二つになった都の情報収集だったらしいからね」
相手方も知っていて助かった。基本本家の人間が分家に落ちる理由は後継ぎになれなくて本家から追い出されるからだ。分家の人間も本家に返り咲くことがあったし、そうやって追い出された分家も数多くあるわけだが、桑名は唯一の特殊な分家だ。
今交流がないというのがかなり特殊なのだが。情報収集は街道の整備や電気機器の発展により簡易式神を飛ばすということをしなくなったので大分楽になった。本家でも満足に情報収集ができるようにお役御免というわけだが。
本当は違うらしい。
「その体質というか、修める術式が特殊すぎるためと聞きましたが。退魔に特化しているから?」
「そうそう。それであの土地の維持には向かないっていうのと、ウチの先祖が民草を助けたかったから出向したって記録に残ってる。百年前くらいに交流は途絶えてしまったけど、今でも僕らは難波に恩義を感じている。異端扱いせず、のびのびと自分らしさを求められたんだから。こんなことになったし、もう一度協力し合おうと思って」
「なるほど。それでわざわざ」
桑名先輩から差し出された右手を取る。分家の人から直接力になると伝えられるのは初めてだ。ミクは別。あの家は本家の力がないとどうにも先に進めなかったのだから。
星斗とか、桜井会の人たちとかもう少し協力的なら扱いやすいんだけどなあ。本家を見返してやろうとか、考え方が古いとかって何かと批判的なんだから。自分たちで考えるのは良いけど、クーデターとか画策しないでくれよ、頼むから。
「本当は本家の君が上に立つべきなんだろうけど、戦闘に関してはこっちの方が一日の長だ。もし同じ現場に居合わせることになったら僕に任せてほしい。学校でも一年先輩であるわけだしね」
「わかりました。でもこっちもこっちなりの戦い方があるので、今夜あたりちょっと抜け出して外で戦ってみませんか?全員の実力を知るにはいい機会だと思います」
「そういえば君たち、こっそり外で魑魅魍魎狩ってるんだっけ。……うん、そうだね。実力は知っておきたいから今夜ちょっと抜け出そうか」
交渉は成立。こうも世の中が変わってしまうと、次に何が起きるかわからない。Aさんたちじゃないにしても、同等の戦力が攻め込んでくる可能性は大いにある。呪術省の駒になるのはごめんだが、自衛手段はいくらあってもいい。
桑名先輩の術式は一子相伝というか、血筋固有の力だと思うので真似はできないと思う。初代桑名は相当な特異性質だったと思うが、それが桑名という家で代々続くなんて。本家には似たような力を持った人間は産まれていないのに。
人間の遺伝は不思議だ。たぶん最初の変質はウチの土地のせいだったんだろうけど、その後は静岡に移り住んだことでその性質が安定して子孫にも現れたのか。
天海の例もあるし、遺伝ってやっぱりかなり重要だとは思うんだけど、それを専門にしようとも思っていないので調べるつもりもない。
「集合場所はどこにしますか?さすがに校門の前じゃ警備員に見つかりますし」
「近くにある喫茶店のマルカわかるかい?あそこの前集合でどうだろう」
「そこならわかります。ではマルカに放課後集合ということで」
「うん。じゃあそういうことで。那須さんもよろしくね」
「はい。桑名先輩、よろしくお願いいたします」
とても感じの良い人だった。桑名の力はいつか見たいとは思っていたので在校生にいたというのは僥倖だ。資料で読んだだけだが、相当に特殊で、桑名の血筋じゃないと使えないとか。
だから弟子とか取らずに、血筋で使える人だけに継承するのだとか。天海の風水と同じで一家の血に縛られた技術とも言える。
それと何か忘れてるような……。
「ああ。ゴンとか銀郎紹介するのを忘れてた」
「それは放課後でも良いのでは?」
「それもそうだな。教室に戻ろう、タマ」
「はい。明様」
ミクは結局、人前では前のように様付けで呼んでくる。たぶん本家と分家っていう関係こそを強調するためだろうけど。その代わり二人きりだとハルくんって呼んでくれるんだが。その二人っきりっていう時間はほぼないのでかなりのレアな時間だ。
寮も男女別々だし、外には人が往来してるし。精々が魑魅魍魎狩りから寮へ帰る時のわずかな時間だけだ。
そんなちょっとでも二人っきりの時間があるんだから、良しとするか。
次も三日後に投稿します。