4-4-5 終わりの円舞曲はノクターン
幕引き。
「ふむ。終わりだな」
終わりは呆気なかった。呼び出した百鬼夜行は特殊な個体もいはしたが、実力からすれば全くもって平凡。学生の戦力を甘めに見積もって、明などの優秀な存在も鑑みてちょっとした意地悪をして厳選した九十九匹。
明側にちょっとしたアクシデントがあったようだが、それも無事に解決して参戦。であれば、良い意味でのサプライズもあったためにこの時間で全滅というのも納得できた。
「姫、満足したな?」
「しておらんよ?でも、あんさんが終わりと言えばそれまで。あたしの霊気が尽きたとでも言えばええんとちゃう?」
「そうだな。彼らも頑張ったということにしよう。五神の二人には心底消沈したが、それ以外に良いことがあったから良しとしよう。では、終わらすか」
Aは近くにいた簡易式神を手元に呼び寄せる。そしてそのまま、広域干渉術式で京都全体に聞こえるように話しかける。
「おめでとう、国立陰陽師育成大学附属高校の諸君。君たちが優秀だったために夜明けを待たずに魑魅魍魎が全滅してしまった。これを賞して、我々は撤退しよう。さすがに瑞穂を倒すことまでは学生に求めない」
その言葉で姫と外道丸、伊吹がAの元に帰ってくる。全員満足したような顔つきだ。
姫は麒麟と黄龍を久々に戦闘に出せて連携を確認できた。外道丸と伊吹は満足の出来る暴れ方ができただろう。外道丸は玄武と、伊吹は銀郎とゴンと心行くまでの激闘を繰り広げられたのだから。
今回の騒ぎ、鬼二匹の息抜きという側面も大きい。最近戦ったのは先代麒麟がまだ現職だった頃の話。それ以降まともに戦わせていないので実に数年振りだ。
「逆に言うと、呪術省の対応には杜撰と苦言を呈さずにはいられない。京都の防衛がボロボロだぞ?最強と名高い陰陽師も大方予想通りの力しかなくてな。まともなのは一人だけだった。これでは今後が心配だな。なにせ、二匹の鬼よりも面倒な存在が山のように目覚めたというのに」
外道丸と伊吹もかなりの実力だが、それでもこの二匹より厄介な存在などいくらでもいる。妖としては最上位に位置する二匹でも、神々を含めればその順位など一気に崩壊する。式神としても最上位だとしても、現存する神々にはもっと理不尽な存在が多い。
それを今の人間では対処できないとAたちにはわかりきっていた。
「もうしばらく夜は続くが、我々は撤退させていただこう。今宵の教訓をしっかり活かしたまえよ?日本という国は、人間のために存在するわけではないのだから」
そう言って、Aたちは姿を消してしまう。校内に送り込んでいた簡易式神も姿を消し、広域干渉術式の気配も消える。完全にAたちは現場から手を引いていた。
それに安堵の息をついたのは校内にいた学生だけ。魑魅魍魎はまだ京都中に溢れかえっていて、学校に張られていた方陣は破壊されている。つまり、夜明けまで気を抜くことはできないということだ。
そのことに気付いているのは教員やプロの陰陽師、それに一部の生徒のみ。その一部でさえ、疲労や霊気不足、負傷などでほとんどが動けず、結局教員などの一部が対応することになった。
その頃明は。
「大奮闘だったらしいじゃん?お疲れ」
「そっちもな、祐介」
祐介が近くの自動販売機で買ってきてくれたのか、四本の缶ジュースを持ってきてくれた。全員そこで寝そべりながら缶ジュースのプルタブを開ける。もう霊気が限界で、そこから一歩も歩けなかった。
蟲毒の時と同じだ。フルスロットルでいかなければ殺されていた。その結果のガス欠だ。生きてるだけで満足しないといけない。
一気に半分ぐらいジュースの中身を煽る。喉に通る甘さが心地よかった。
「さすがにプロがこの後は防衛してくれるよな?」
「外道丸もいないし、変に強い奴が来なければ大丈夫だろ。学生にしたら充分だよ。それに動けねえし」
「だよなあ。……外道丸?」
「正門の外で暴れてた鬼」
「酒吞童子とか、無理ゲーにもほどがあるだろ……」
祐介が呆れながら嘆息する。実際被害は甚大で、そんな相手は本当にしたくない。魔境と呼ばれる平安時代に覇として名を轟かせた鬼なのだから。
「さっきタマに電話して聞いたけど、やらかしたらしいじゃん?姿パクられたとか」
「そうそう。俺もさっき知ったんだけどさ、俺のフリした魑魅魍魎がいたんだって?ぞっとしねえよな。雑魚だったらしいけどよ」
「姿真似するだけの奴だったからな。瑠姫とタマにはすぐわかったらしいからそこまで問題でもないだろ」
気配や雰囲気、記憶まで写し取られるなら大問題だが、匂いや気配からしてバレバレの相手を警戒する理由はないだろう。
その上位互換というか、本当に全てを偽れるならたしかに脅威だが。その心配はしなくても大丈夫だろう。
「……どうなるかね、日本」
「さあなあ。何で高校入学したてでそんな心配しなくちゃいけないんだか。日本の危機とか考えずに、地元で狐に囲まれて隠居してえ~」
「発言がじいさんだぞ、明……」
明がそう愚痴るのも仕方がない。彼らはまだ高校に入って二週間しか経っていないのだから。厄年というか、疫病神に愛されているというか。今回の発端の一つかもしれない明としては自分のせいで教われたかもしれないのでやるせない気持ちもある。
十五歳の春。そこにはすでに、誰かを想う夜の音が、星空いっぱいに溢れかえっていた。
その星空が見えなくなり、白ずんだ朝を迎えるまで、あともう少し。
明たちが動けるようになるのは、その新しい朝を迎える頃になるだろう。
次も明日に投稿してみます。
次で二章は終わりです。




