4-4-4 終わりの円舞曲はノクターン
珠希の一助。
薫さんが伝えていく内容をすぐに他の人たちにも伝えて、各所に人員を送り込みます。生徒会の牧角さんが連絡網を構築してくれて、この場で手空きの人員に簡易式を呼んでいただいて、情報伝達に使います。
わたしが霊気を与えているとはいえ、風水というのは凄い術式だと改めて思い知りました。どこに潜んでいようが、薫さんは確実に見つけます。そしてその個体の特徴と特性も伝えて、どれだけの人数がいれば対処できるか確実に言い当てます。
ゴン様が熱心に教えていた理由が分かりました。この組み上げられた術式、対象から補助を受けられて自然からの力を借り受けるとはいえ、術式の組み立てが複雑です。方陣なんて簡単に思える程、面妖なのです。
対象を正確に把握し、モデルを作り上げ、その上で調べる存在の情報をモデルから弾く。弾いた対象をさらに読み解く。複数の術式の混合と言ってもおかしくはありません。
ある程度の霊気と自然の力を借りれば維持は難しくありません。構築がとても難しく、その上法則性がないんです。
自由度が高すぎる術式のため、様々な運用が可能です。ですが、それはつまり新しい術式を一々作っているのと同義。パターン化はできるのでしょうが、使う場所それぞれで誤差が生じるので、その時々で調整しなければいけません。
これは使い手が増えない術式だと、思い知りました。
「珠希さん、本当にこの中庭の鬼はどうにもしなくていいの……?本当に、敵う人がいないんじゃないかと思うほどの霊気なんだけど……」
「大丈夫です。明様とゴン様と銀郎様に任せましょう。……ゴン様たち以上の式神は、校門と講堂の上以外にはいないでしょうから。校門と講堂の上も式神が戦っていても無視で大丈夫です。あの人たち以外じゃ手に負えません」
「そっか。今は式神は別に検索かけてるけど、そんなにマズイの?」
「気にしないでください。簡単に言えば格が違います」
麒麟同士のぶつかり合いに、玄武と黄龍の勝負。そんな所にプロの陰陽師を送ったところでたかが知れています。ハルくんのところも一緒。あの鬼に敵う存在はゴン様と銀郎様だけ。他の陰陽師が何かをしようとしても邪魔なだけです。
「天海さん、あと二体見つかってない!残っている場所は?」
「この階と講堂の中でしょうか。この階は厳重にしていたからこそ、後回しにしていたので……」
牧角さんの質問に薫さんが答えます。この教室を中心に防衛網を組んでいるので、この階は調べるのを後回しにしていました。講堂の中には生徒会の方々や先生たちがいたので、中に入ってくるとしたら真っ先に倒しているはずだと。
あとはこの階ならばわたしでも感知できるからですね。教室の前に十名くらいの防衛隊もいるので、その人たちから報告もないために把握していないだけで。
『タマちゃん。負傷者が来たみたいだから教室の前側だけ開くニャ』
「はい。瑠姫様、お願いします」
方陣を一部解除して、教室の扉が開きます。そして先頭から入ってきたのは祐介さん。
その祐介さんを、瑠姫様が伸ばした爪で切り裂きました。
「キャアアアアアアアアアッ⁉」
「何で生徒を殺してるんだ⁉」
『うるさいニャア。それ見てまだ人間だと思ってるのかニャ?』
瑠姫様が面倒そうに切り裂いた残骸を指します。それは四分割された、祐介さんの皮を被った小鬼らしき残骸。今や息絶えて消えていきました。
『こけおどしっていう名前の、他の姿に化ける妖怪ニャ。匂いと霊気からして人間じゃニャいのに、気付かないのは大きな騒動中とはいえ気が抜けているニャ』
「祐介さんの失態ですね。本人はどこかで倒れてるか、姿を取られたことに気付かずに戦っているのか……」
『接触しない限り姿を取られることはニャいから、祐介っちはマヌケだニャア。たぶん捕捉していない魑魅魍魎の一体だし、残りは一匹かニャ?』
「おそらく……。今調べます」
薫さんが再び捜索に戻ります。やってきていた負傷者も中へ収容して、瑠姫様が方陣を塞ぎます。
牧角さんが広げている校内見取り図を見て、戦況を確認します。敵の場所と戦力が分かれば戦力分配が上手くいき、時間のロスがなくなります。このままいけばおそらく魑魅魍魎は倒しきれます。問題は姫さんだけ。
その姫さんはどんな戦力をぶつければ勝てるのかわかりません。ただ、他の敵がいなくなればここの防衛に力を割く必要もなくなります。総力を上げれば倒せる……気がしませんね。
数でどうにかできる相手ではないんです。姫さんもハルくんが戦っている鬼も。下手な戦力を送っても、邪魔になるだけです。瑠姫様も戦うのは苦手ですし、わたしも苦手です。戦力になりそうな人は期待できません。
「見つけました!講堂の中の、舞台袖、入り口から見て右側です!そこに弱い魑魅魍魎がいます」
「舞台袖の右側ね?早速近くにいる人を送り込むわ」
これで魑魅魍魎を全員捕捉しました。夜明け前に魑魅魍魎は終わらせられそうですが、姫さんはどうしましょう?条件的には姫さんをどうにかしないと、夜明けまで粘らなければいけないのですが。
それも最終手段ですかね。だって、勝つ方法がないんですから。
「え?見つからない?右側ですよ?……一応反対側も調べてみてください。それでも見つからなかったらもう一回連絡をください。確認してみます」
「どうかしたんですか?」
「講堂の中にいる魑魅魍魎が見つからないみたい。天海さん、その魑魅魍魎ってどんな姿をしているのかしら?」
「えっと、子どもというか、赤子……?赤子にしてもとても小さくて、手のひらサイズ、だと思います」
そう言いつつ、薫さんはもう一度術式を用いて確認します。その結果を見て、首を傾げていました。
「見間違いではないですね。右手側でうずくまっています。もしかして見えていない……?」
「不可視の魑魅魍魎?もしかしたら気配遮断も?」
「私以外だと感知できないかもしれませんね……。どうしましょう?」
二人は悩んでいますが、これは一択でしょう。二人は立場と術式の維持から動けない。なら、ある程度は感知できる人間がその場に行って討伐するだけ。
「わたしが行きます。瑠姫様にここを任せておけばわたしがここに残る理由もありませんし、薫さんも術式の維持にそこまで霊気が必要そうではありませんから」
「珠希さんが行くの?」
「霊気のごり押しができますからね。霊気は有り余っていますし、大丈夫だと思いますよ?」
瑠姫様と薫さんに霊気を譲渡したり、少しだけ術を使いましたがその程度。わたしの本来の霊気からしたらまだまだ十分に動けます。
それに弱い魑魅魍魎みたいですし、危険は少なそうです。強力な個体も残っていません。いつもハルくんと巡回している時の方がよっぽど危険です。だから、わたしが行っても問題はないはずです。ハルくんも怒らないでしょう。
「瑠姫様、行ってきますね」
『わかったニャ。早く帰ってくるんよ?あちしは目を瞑りますが、坊ちゃんに知れたらあちしが怒られますニャ』
「明様もそこまで頑固じゃないですよ」
方陣を解除してもらって講堂へ一直線で向かいます。周りには本当に魑魅魍魎がおらず、もうこの騒動も三か所の激闘を除いて終焉に向かっています。
自己強化術式を施して手早く向かいます。講堂に近付いただけでかなりの霊気に足が重くなりましたが、矛先がこちらに向かっていないので何とか突破できました。あれが姫さんの本気、麒麟の本当の姿。
講堂の中には四人ほどの学生がいましたが、全員が例の魑魅魍魎を探しています。わたしもひとまずは肉眼で探してみますが見当たりません。これはたぶん、姿を隠すことに特化した魑魅魍魎です。
そんな魑魅魍魎がいるのか。納豆小僧や一つ目のように、存在自体が貧弱な種族ではなく、姿を感知させない存在。ぬらりひょんが近いとも思いましたが、ぬらりひょんはそんな妖怪でもありません。
となると考えられるのは。
「人工的な魑魅魍魎……?」
それが可能かどうかはわかりません。でもこの魑魅魍魎が自然発生したとは思えないのです。わたしも魑魅魍魎の産まれ方をハルくんから聞いていますので、その存在というのはわかっています。
だからこそ、自分の存在を隠すだけの魑魅魍魎というのは、おかしいのです。人工的という突拍子もない考えが産まれてしまうほどに。
いえ、人工的という言葉も少しおかしいのですが。
その話は今度ハルくんにするとして。今はこの隠れている魑魅魍魎を倒さないと。
「すみません、離れていてもらえますか?ちょっと強い霊気を撒き散らすので」
「まさか、霊気の圧だけで魑魅魍魎を倒そうって言うのか?」
「かなり弱いみたいですし、姿が見えませんから。そこ一帯に攻撃を仕掛けるのが見えないなりの対処と言いますか。なんとなく場所がわかってるなら、物を壊さない程度の圧をかければいけるんじゃないかと」
先輩には悪いですけど、躊躇している時間が勿体ないです。呪符を取り出すと、皆さん退散してくれました。霊気の圧ってできるなら近くで浴びたくないですからね。いつぞやの賀茂さんの恣意行為は困ったものでした。
呪符を壇上の上に置きます。場所は固定した方が術式は安定するものです。こういう基礎を疎かにして術式を暴発させたくありませんし。
使う術式はただ霊気を風のように吹き飛ばすだけの、基礎的なものです。それこそ才能ある子供なら物心ついたころには使えるような。
わたしの場合、霊気が多すぎるので、むしろきちんと術式として用いることを意識しなければシャレにならない威力になってしまうので制御の意味合いもあります。
「SIN!」
霊気を飛ばすと、何かに当たったのか、プチッという音と共に、何かを潰した感触がありました。本当に小さいというか、弱いというか。
これで倒せたかどうか気になったので、携帯電話を取り出して牧角さんに連絡を取ります。
「那須です。たぶん倒したと思うんですけど、どうでしょうか?」
「今確認してみるわ。……うん、大丈夫みたい。あと十体くらいですって」
「その十体、苦戦してそうな場所ありますか?あるならわたしが向かいます」
「大丈夫そうよ。瑠姫さんが戻ってくるようにってしつこいから戻ってきてくれる?そこの上はほら、大峰さんが戦ってるから危ないって」
「もう……瑠姫様も明様に似て心配性なんですから。わかりました、戻ります」
危ないというのは余波が来ることと牧角さんは思っていそうですが、この上の争いは一方的なものです。姫さんの圧勝。遊ばれています。その余波が下にいる人にまで及ぶことはありません。
まあでも、何かあってハルくんに心配されるのも嫌なので、素直に戻ります。できればハルくんの援護に行きたいですけど、それをハルくんが望んでいませんし。
隣に並びたいのに、並べない。立場というか、ハルくんの男の子としての意地と言いますか。本当の緊急事態になればわたしはそれを無視してでもハルくんの隣にいますが、今回はちょっと違うと言いますか。
死者も出ていますが、たぶんあの人たちはわたしたちを殺すことはないと思うんです。ただの直感、鬼の前に出てくるなと忠告されて出て行っちゃいましたが、姫さんも大峰さんを殺そうとはしていません。
たぶんそれだけの価値をわたしたちに見出してくれているのだとは思いますが。その命の保証も今回だけなのか、今後ずっとなのか。
あの人たちはわたしたちを呪術省を潰すための同志と言っていましたが。
呪術省を潰しちゃったら、ハルくんは当主になれないんじゃないでしょうか。それとも御当主様が継がせるための行事を執り行えばいいのでしょうか。
その辺り詳しくないので、肯定も否定もできませんが。
あの土御門光陰を庇い立てている時点で、わたしも結局呪術省のことを信用できないのは紛れもない事実です。
筆がノッていることと、ラストまでもう少しなので明日もう一話投稿します。
感想などお待ちしております。




