4-4-3 終わりの円舞曲はノクターン
本懐を遂げたA。
「呪術省の上層部は未だに事態が解決せずに、無駄な会議を繰り返しているな。それだけ解決したいのなら自分の足で現場へ赴けばよいものを。外道丸が作ったあの惨状を見ては足も竦むか。玄武の子も頑張ったからこそ、落差が激しいのだろうが……」
誰も周りに人がいない空の足場で、Aは呟く。未来視を用いなかった結果楽しめる出来事もあったが、それ以外は大体シナリオ通り。
姫が大峰翔子を圧倒することも。呪術省が送り込むプロの陰陽師共を外道丸が壊滅させることも。土御門光陰が自身に攻撃を仕掛けてきて伊吹を校内に放つことも。明が伊吹を止めることも。ペース的に夜明けまでに魑魅魍魎を倒しきれないことも。夜明けまでの防衛戦がギリギリではあるが達成できそうなことも。
校内の死者がまだ二桁いっていないのも想定通り。姫が相手を殺さないのも知っていたし、送り込んだ戦力と校内にいるであろう戦力を鑑みた結果そこまでの死者が出ないこともわかりきっていた。
防衛戦に徹したら、瑠姫と珠希がいる時点で防ぎ切られる。霊気と実力からそんなことは簡単に割り出せる。百鬼夜行の魑魅魍魎は特殊な個体が数体いるだけで、規模としては普通の百鬼夜行と変わらない。ある程度の戦力があれば、特性さえバレてしまえばプロの集団がいればあっさりと制圧できる。
そうなるように調整した。今回の騒動はあくまで選別であり、学校の存在そのものを破壊しようなどとは考えていない。学校を破壊するだけなら外道丸に全開の霊気を与えて中心地に下ろすだけでいい。
芽のある人材の掘り出しと、平安への回帰。それが目的で、その上で明には難波家を継いでもらわなければならないので、当主への道を閉ざさないためにも学校の機能を壊さないようにしなければならなかった。
目的が達成できて嬉しい反面、シナリオ通りすぎてつまらないのも事実。
「姫、いつまで遊んでいる?もうその女の信念は折れているぞ?」
「だからこそ、徹底的に折ってる最中やないの。一分野も勝てなかった。希望を全部潰す。それが瑞穂であり麒麟の名を受け継ぐ者だなんて、これ以上ない笑劇やろ?」
「たしかに笑い話ではあるが……。とは言ってもお前と一緒になって京都の方陣を支えてもらわなければならない。壊すなよ?」
「そこの加減はわかっとります。陰陽師としても、人間としても潰しはせえへんよ」
そう言いつつ、麒麟に乗りながら様々な術で術比べをしている姫。大峰も本能的に生き残るために対抗しているが、どの術も精度が、強度が足りない。霊気の絶対量も足りなければ、一つ一つの術式の完成度が違いすぎる。
姫はこの時代にしては恐るべき鬼才ということもあったが、その姫と同じ称号をどちらも持っている大峰はあまりにお粗末ではあっただろう。
それでもこの時代では、大峰は五指に入る陰陽師ではあるのだが。
「収穫は玄武の娘と、二人か?」
「そうやねえ。ウチが目をかけてた子も魑魅魍魎退治で頑張ってるけど、あんさんからしたら普通の陰陽師やろうし」
「難波の血筋で退魔というのは気になるがな。それに、あの特性ならお前が色々と実験したくなるのも頷ける」
姫から聞いていた一人の生徒の戦い方を見て、姫が目をかける理由はよくわかった。あれは退魔の一種の完成形だ。退魔を極めすぎているとも言える。
念話をしながらも優雅に戦っている姫を見ながら、つくづくAは良い拾い物をしたと思っていた。敵対していた時からこの時代には相応しくない実力者だとは思っていたが、まさか仲間になってくれるとは思っていなかった。
その頃は特に星見をしていなかったからということもある。Aは星見を積極的に使いはしない。知りたい未来は、そこまで多くないからだ。過去視もする意味がなくて、良く使うのは千里眼。これがすごい暇つぶしになるからだ。
「明も珠希も、まだ時間がかかりそうだな。珠希は防衛に徹しているから、今回は尻尾が増えないだろうし」
「環境が変わることで、増えるかもしれへんけど……。明くんは荒療治せえへんと変わらんと思うよ?自覚あらへんし。珠希ちゃんの方が早いんとちゃう?」
「それは困るな。この狂った時代を変えられるのはあの二人しかいないのに」
「さっき変えた人がそれをおっしゃいます?」
そもそもが狂っている世界へ、Aは賽を投げただけ。それが水面で波紋を広げて、日本全体が変わったとしても本質は何ら変わっていない。人間が一方的に支配している、陰陽とは何たるかを忘れた不完全な世界だ。
難波家に現れた血筋の狐憑きと同年代の次期当主。Aが期待するには充分な要素だった。
「変えたというのは正しくないな。私はただ、前の世界へ戻しただけだぞ?」
「前の時代を知らないので何とも言えへんけど……。こんなにも神気が溢れた世界だったん?」
「ああ。過去視でも視ていただろう?土地神が平然と過ごしていた時代だ。妖たちも起きればこれくらいにはなる。……日ノ本は、人間だけが暮らす世界ではない」
「ごもっとも。麒麟や玄武も生きてるのに、それに気付かずに道具としか思ってないような人間はちょっとあかんよ。妖や神様を未知として有耶無耶にして、存在していることから目を逸らす。こんなにも世界に息が、色が、出で立ちが根付いてるゆうのに、他の人たちは全く見えてへん。そこかしこに、粒さはあるのに」
「それが見えている姫の方が、特殊なんだぞ?」
Aは呆れながら呟く。姫やマユのように、五神と直接契約できている人間には見えている世界。それは妖や神からしたら当たり前の景色だが、人間の中でそこまで見えている存在は稀の中の稀だ。
才覚もそうだが、それ以上にそう言った存在への理解がなければその全てを感じるということはできないだろう。
「まあ、適度に遊んでくれたまえ。私は変わりゆく世界で覚醒する雛がいないか、もう少し全体を見ていようと思う」
「はいな。お言葉に甘えてもう少し麒麟と遊んでますわ」
この場合の麒麟とは大峰のことではなく、呼び出した麒麟の方。コミュニケーションを取るために何度も呼び出しているが、戦わせるのはそれこそ十何年振りだ。久しぶりに暴れさせるのもいいだろう。
最後に戦ったのはAと外道丸と伊吹、三人と戦っていた生前の話だ。その時に互角に戦って、痛み分けで終わった。外道丸と伊吹が一緒にいて、姫本人もAと互角に戦った実績持ちだ。
つまり。本体の麒麟とはそれほどの実力の持ち主ということ。現状の呪術省の戦力ではマユと明が絶好調であれば辛うじて拮抗できるのが関の山。他の戦力では一蹴されるだけ。
「む。残り三十五匹、特殊な奴もあと一匹だけか。適当に西洋の幻想種を連れてきたが、日本ではあまり力が出なかったか。インキュバスとドラキュラは使えると思ったんだがな」
「あら。もうそんなもんしか残っとらんの?明くん来るの遅かったのに、随分減ったんやねえ」
「仮にも日本で一番の高校だからな。御曹司もいたから警護は多かったんだろう」
別にこの後は夜明けになろうが、魑魅魍魎が全滅しようがどちらでもいい。このゲームが終わるまでどこから尋ねようか計画を立てて時間を潰そうとしていた。
だが、そんなAはある一つの術式を感知する。それは使い手がいなくなっていたと思っていた風水の術式。使い手は精々裏・天海家だけだと思っていたために、この場で感知するとは思わなかったのだ。
この場で風水の使い手はAと姫だけ。例外としてゴンがいたが、ゴンが使っていないのはわかっている。術式の広がりに珠希の霊気を感じたからだ。
「風水が使える学生がいたのか……!今日は良い日だな!」
「たぶん明くんたちと仲の良い天海薫って子やない?天海の分家の女の子」
「分家か。……ゴンだな?いやいや、感謝しよう。むしろゴンが力を貸しているのであれば、納得できる。これはマズいな?魑魅魍魎が倒されてしまうぞ」
「楽しそうやね?」
「もちろんだとも。お前の家系と、本家くらいしか使い手の現れなかった高難度術式だぞ?遠縁の分家がゴンと珠希の手助けありとはいえ辿り着いたのなら祝福しようじゃないか」
方陣のような正方形ではなく、波のように広がっていく感覚。対象を自分と呪符で象ったモデルとし、そこを軸として術式を放つのは方陣とは全く異なる陰陽術だ。
天海薫という名前をAは覚えておくことにする。何かに使えるかもしれなかったからだ。
今日は明も千里眼に目覚め、風水の使い手を知り、玄武を実体化させるマユを知り、気になる存在が二つと姫が関心を抱く生徒を知ることができた。
まさしく今日は、Aにとって天啓を受けた日と言っても過言ではなかった。
次も二日後に投稿してみます。
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