4-4-2 終わりの円舞曲はノクターン
状況把握。
まともな状態だったら勝ち目はなくても、善戦はできただろう。足止めという役割なら全うできただろう。
だが、キレた鬼なんてただの災害だ。そんなもの、人間に止める術はない。鬼の扱いは気をつけろって教わらなかったのかよ、お坊ちゃん。
そんな伊吹へ、さらに邪魔が入る。銀郎だ。あいつも今理性を失ってるから、隙があったら斬りかかってもおかしくはない。
『銀郎……ッ!あー、こいつ頭ぶっ飛んでるんだった……。これだから外付けの強化方法は嫌なんだよ。純粋に戦う方が、楽しめただろうに』
刀を納めていた鞘を左手で抜いてそれで叩くが、軽く腕でいなされてしまう。そのまま銀郎が連撃を加えるが、それを全て伊吹は受け止めていた。後ろへ回り込んだ攻撃も、伊吹は後ろに目があるのではないかと思うほど完璧に防いでいた。
どれだけ不意をつこうが、攻撃を重ねようが簡単に防がれてしまう。むしろタイミングが重なりすぎて伊吹は楽しそうに受け止めるほどだ。
『明ぁ!教えてやるよ。おれは考えて攻撃の手順を踏むとか、戦術をもって攻め込むとか苦手なんだわ!んで、大体戦いってやつは直感で進める。人間の集落襲うとかってなればちゃんと考えるぜ?こういう個々の争いなら、直感任せってことだ』
「つまり、野生で襲いかかっている銀郎の攻撃は手に取るようにわかると?」
『そういうことだな!理詰めの争いの方が苦手だ。この四式使ったのは失敗だったな!今さら形態変えるか?他に適した形態があれば良いけどなあ!』
端的に言って、ない。四式だって肉体強化を施しているが、それ以外に適した形式は存在しない。伊吹ほどの強敵に対抗できるものなんて数少ない。
今の状態でも時間稼ぎ自体はできている。だから銀郎にはこのまま頑張ってもらうとして、だ。携帯で時間を確認すると、残り約三時間。
「ゴン、このまま三時間保つと思うか?」
『厳しいだろうな。おそらく校内の魑魅魍魎を倒した方が早い。特殊な奴は残ってるが、強い奴はもういない』
「そうは言っても、ここ離れられないしなあ……」
『オレらが足止めしてるから他の連中が魑魅魍魎を狩れるんだ。無駄じゃない。珠希や天海の小娘が何かやってるようだし、そっちはそっちに任せろ』
「だな」
ふと顔を上げると、浮かんでいるAさんと目が合った。仮面をつけているから正確には目とはわからないが。
その表情は穏やかだ。ここに攻め込んでいる人間の顔には見えない。何がそんなに面白いんだかわからない。
本当にあの人は観戦しているだけなんだな。それに手を出した土御門はアホというか。
「土御門。賀茂のように足止めできるような式神は?」
「封印と式神しか取り柄がなかった落ちこぼれが僕に指図するな!京都を守ってきたのは僕たち土御門と賀茂だぞ⁉」
「知らねえよ。それはお互いの先祖であって、俺たちのことじゃないだろ。そもそも。お前が伊吹をこうして野に放ったからその尻拭いをさせられてるのは俺なんだけど?責任取れねえなら莫迦な真似すんじゃねえよ」
「玉藻の前を京都に放とうとしたんだぞ⁉見過ごせるものか!」
ははあん。何でAさんを攻撃したのかはわかった。単独行動してその意図に気付くように会話をしていたのかは理解できないが。そうやって泳がせてたのもAさんの脚本の上だったんだろうなあ。
というか、俺の実家ではよくて京都だと嫌だって?とんだクソ野郎じゃねえか。
「わかったわかった。じゃあ賀茂と合流して他の魑魅魍魎を倒してくれ。伊吹に手も足も出なかったってことは、対抗手段がないんだろ?」
『あるわけねえだろ、明。伊吹はそれほど頭のおかしい妖だ。銀郎はよくやってる方だぞ』
「そこの狐も僕をバカにするのか⁉頭がおかしいのは平安京を滅ぼした狐を神と崇めている貴様ら難波だろう⁉」
「頭がおかしくて結構。今必要なのは伊吹を止められる戦力だ。それがないならお前に用はない。首席殿はさっさと退散してくれませんか?」
土御門家は代々バランスの良い家系だ。全ての出来事を満遍なくこなす。星斗がそれに近いとも言える。正直九年前の星斗より実力が劣るとなんとなくわかってしまって、底が見えたからこそここにいても意味がないとわかった。
あと、同じ空間にいたくない。蟲毒の事件の首謀者と一緒になどいたくない。証拠さえ出せれば今すぐにでも八つ裂きにしたいほどだ。
「難波には難波の連携がある。それを中途半端な術式で邪魔されても迷惑なだけだ」
『あ?逃がさねえよ。その味噌っかすはもう道化としての価値もねえ。Aからも殺していいって言われてるからな。呪術省の後釜も死ぬってことだし、ちょうどいいだろ』
『やらせねえよ。味噌っかすだとしても、殺すのは正当な罪科を立証してからだ。それを捌く権利は康平にある。Aやお前らにはないぞ』
ゴンが尻尾から銀郎と伊吹だけを取り込む狐火を放ち、誰にも邪魔されない炎の壁を作りだした。そこまで保つものではないだろうが、土御門を逃がす時間は稼げる。こいつにはきちんと謝罪をさせないといけない。
俺たちの心情もあるが、父親を呪術によって洗脳されて犯罪者に仕立て上げられた天海はどうなる。こいつが生きていなければ、犯罪の立証もできなくなるというのに。
『さっさと失せろ。お前がオレらの土地でやったこと、隠し通せると思うなよ』
「何のことだかわからないな。狐風情の言葉を、誰が信じる?」
「その狐風情に助けられてるのはどこのどいつだ。余計なことする前にマジでどっかいけ。賀茂の大鬼でも伊吹には敵わないんだから、それ以下の式神出しても霊気の無駄だ」
「……これは戦略的撤退だ。あの鬼よりも倒すべき相手がいる」
「あの男にはもう手を出すなよ」
舌打ちをしながら光陰は去っていく。鬼を戦場に出したのもお前だろうが。何であんなにも偉そうなんだよ。ただ鬼に殺されるなんて、そんな英雄的な殺され方許容できるか。犯罪者が英雄になるなんて、特に俺たちにしでかしたことを考えれば見過ごせるはずがない。
賀茂と土御門はなんというか、似た者同士すぎる。賀茂が犯罪を犯したかは知らないが。
問題は土御門がやったっていう証拠をこっちが提示できないこと。銀郎が匂いを覚えていたり、祐介が顔を見ているからと言って写真やビデオの確たる証拠がない。信頼できる過去視の人に立証してもらえないものか。
そう考えていると、炎の壁が伊吹の大剣によってかき消されていた。大鬼ならずっと閉じ込めていられるぐらいの代物なんだけど、何で銀郎と戦ってる片手間であっさりやってのけるんだか。
やっぱり規格外だ。
『土御門のゴミムシ、逃げてんじゃん。いいわけ?おたくらの土地で蟲毒引き起こした大罪人だぜ、あれ』
「それの証明を俺たちとあなたたちでしかできないから、呪術省にはぐらかされて終わりだ。事件そのものが世間的にはなかった扱いにされてる」
『そんなこと姫が言ってたな……。あーあ、嫌だこと。鳥羽洛陽だろうがなんだろうが、都合が悪ければ闇送り。それが歴史ってもんだとしても、人間の歩みも、世の歪さも、妖の世界も、何も載ってない綺麗事を知って何になるんだ。その綺麗事は、本当に綺麗なのか?』
『おー。伊吹が詩的なこと言ってやがる。やっぱりおつむは悪くねえんだな』
ゴンが茶化す。いや、たしか酒吞童子ってかなり文化的な鬼で、理性的で言葉を操って女性を攫っていった鬼だったはずだけど。
『これでも鬼の棟梁だぞ?教育もちゃんと受けてるんだよ。……うん?マジ?外道丸が玄武に負けたぁ?』
『ほう。あの娘が外道丸を』
伊吹が頭に手を当てて応対する。おそらく念話で会話をしているんだろうけど。一旦銀郎を傍に戻す。こういう時に邪魔したらダメだってさっき思い知った。
それにしても外道丸とは。もう一体のあの鬼のことだろうけど、それは酒吞童子の幼名だったはず。すると酒吞童子が二匹いることになるが。どっちかが偽名、もしくはどっちも偽名。またまた、本来は二体の鬼だったのが文献の消失で統合された存在になったか。
とにかくあの鬼にマユさんが勝ったという事実は喜ばしい。これで正門から援軍が来る。
『あー、残念なお知らせだ。外道丸復活させたし、姫がある式神を呼ぶつもりらしい。お前らの勝利条件は中にいる戦力だけで他の魑魅魍魎共を倒すことか、夜明けまでの時間稼ぎだな。姫はもう、万に一つも負けねえよ』
「式神だからって復活させるのはアリかよ……」
ルール的にはたしかに援軍を許すとは言われていない。だからまあ復活はいいとして。姫さんは今まで会った陰陽師の中でも群を抜いているが、大峰さんとマユさんの二人がかりなら勝負になると思うのだが。
そう思った矢先、講堂の方からバカでかい霊気を感じて思わず振り返ってしまった。講堂の屋根の上はこんな真夜中だというのにかなり明るく、その光の大元は一匹の神聖な気配を帯びた一角獣と、その背に乗る巫女服の姫さんから感じた。
その一角獣にそっくりな生き物が大峰さんの傍にもいる。だが、あまりにも格の差がありすぎた。
大鬼と目の前にいる伊吹ほど、同じ鬼という種族でも同じ括りにするのが間違っているほどの違いを感じる霊気。そしてその存在から放たれている後光は、まさしく神の降臨と言っても差し支えない程の圧。
圧、というのも違うのかもしれない。敵対しようと思うのが馬鹿らしくなるほどの、スケールの違いに平伏することが唯一の道だと思考が限定されるような錯覚。
いくらゴンや銀郎たちで慣れているからって、あれを見てどうにかしようなんて考えたくもない。あれは間違いなく、神の一柱だ。
『ほら、出しちまいやがった。姫があいつを戦いで呼ぶのはおれらと敵対してた時以来なんじゃねえか?あれと戦えるのは天狐と、玄武くらいだろ』
『オレだって戦いたくねえぞ。前も言ったが、オレは戦うのが性分じゃねえんだよ。それは麒麟も同じだが』
「……麒麟?」
『ああ。五神の内の一柱。例のキーくんだ。良かったな、明。オレたちはあれと戦わなくて良さそうだぞ?なにせ伊吹の足止めで手一杯だ』
麒麟。それは四神と変わらず呪術省から与えられる式神のはず。だが、マユさんという例外もいる。もしも大峰さんに渡されているのが影のままで、本体は姫さんが使役しているとしたら。
そもそも、麒麟を使役できる存在ということは。
「姫さんは、麒麟の適性者……?」
『おう。二代前の麒麟だな。あの麒麟を見ればわかるだろ?あいつに勝てる陰陽師は、Aだけだ』
「……本当に、意地が悪い。最初からあの人は勝たせるつもりがなかったんだ」
『そうだな。でもよ、百鬼夜行の方をどうにかすればいいことあるかもしれねえぞ?姫に敵う奴なんてこの学校にいるとは思ってねえしよ。ああやって力を見せつければ愚鈍な呪術省でもわかるだろ。ヤバいって』
否応なしにわかるだろう。隠したいはずの麒麟の顕現。しかも、今の麒麟ではない人間が麒麟を呼び出せるというのは中々なスキャンダルのはずだ。役職を与えている意味がない。適合者であれば、四神に選ばれなくても呼び出せてしまう。
おそらくだが、マユさんも四神を辞めたとしても玄武を呼び出せるだろう。というか、玄武こそ本体が出てきているから役職なんて無視して呼び出せてしまう。新しい玄武を任命しても出てくるのはおそらく影で、マユさんの元にしか本体はいかない。
その場合、今回のように同じ四神が二体同時に現れることになる。呪術省の管理体制に問題があったとかの議論には確実になるだろう。
今回の一件は、本当に今後の日本を変える一手となった。
「世の中を変えて、あの人は神にでもなるつもりか?」
『Aのことか?そんなわけないだろ。あいつはただあの頃に戻したいだけだと思うぜ。平和だった平安にな』
「平和って……。妖や魑魅魍魎が昼夜問わず好き放題してた時代だろ?」
『それでも楽しそうに生活してたんだよ。玉藻の前っていう神様は』
「ッ!」
そう、その事実を難波家は知っている。安倍晴明と式神と一緒に過ごしていた玉藻の前は、あんな時代でも幸せそうだった。人が、とか妖が、という話ではなく。
玉藻の前が生きたあの時代は良い時代だったと。それを証明したいだけのようにも思えた。
金蘭の視点から見たあの時代は、幸せそうだった。懸命にあの人たちは生きていた。陰陽師と妖が、共存していた。少ないながらも神々がまだ立ち寄る時代だった。最期が近付くまで、玉藻の前は笑顔で生きていた。
『難波としてはおれたちに協力したくなったか?わかってると思うが、今回のこれは前座だ。玄武っていう掘り出し物が見つかった時点で大成功。目的の威圧行為も終わって、こっからはただの消化試合だ。とはいえ、あの狐憑きの女守るためにおれを見逃したりできないだろ?やろうぜ、続き』
「……不本意ながら、続けるしかないのか」
伊吹は何をやらかすかわからない。鬼の習性として手当たり次第に破壊行動をしかねない。なら、それを防がないとミクたちはもちろん、一般生徒にも被害が出る。
隣で待機していた銀郎の四式を解く。相手は獣ではなく、本能のままに暴れる災害そのもの。それを相手にして獣特化させる意味はなかった。
『四式解いちまうのか?』
『そうじゃないとお前さんとやり合えないでしょ。あっしも嫌いなんですよ、この自分が変わる感じ。素のままのあっしで倒せるならそれに越したことはないでしょうし』
『そりゃあそうだわな。時間稼ぎならそれでいいのか』
『防戦は苦手なんですがねえ……』
そう言って再び、ぶつかり合う。講堂の上と正門の方で激しい争いが繰り広げられているのを感知しながらも、そちらへ行くことはできないのでここで踏ん張るために、一度外部の状況を切って、こちらに集中した。
遊びと言っても本気で殺しに来る。それが目の前の鬼だと悟ったからだった。
次も二日後に投稿してみます。
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