4-3-2 逆風
残された者の想い。
「本当に明くんは、わたしの気持ちなんてわかってくれないんだから……」
独り言。口に出さないと、なんというか辛かった。本名ではあっても、わたしにとってはその名前は本物じゃない。たった二人だけの、約束の名前こそがわたしたちを繋いでいるものだから。
ハルくんが出て行った窓を眺めているのも束の間。ここでただ防衛しているだけじゃあ何も事態は好転しない。
瞳にまた貯まり始めた雫は強引に振り払う。
「薫さん!風水で魑魅魍魎の位置を完全に把握できますか?全て捕捉して、そこへ人員を送り込みます。この一番安全な場所を司令部にするのがきっと一番、効率がいいので」
「えっ⁉……えっと、たぶんできると思う。ゴン先生に特に魔については徹底的にしごかれたから」
この二週間、時間があれば本当にいつでも薫さんはゴン様に教えを請いていたのでおそらく大丈夫でしょう。霊気を持っている魑魅魍魎ならわたしでもある程度は捕捉できますが、式神ではない鬼とかは本当に感じづらいですから。
残っている人たちもここに呼んだ方が良いのかもしれません。生徒会の書記の方もすでにこの教室に来ていて、この中から指示を出しています。負傷者などもどんどん運び込まれていて、作戦司令部と野戦病院を混ぜたような場所になっています。
教室はかなり広いとはいえ、限度もあります。ここも病院ではないし、治療しているのは戦闘に出ることができなかった生徒です。重傷だったら治療しきれません。
ハルくんも攻勢に出ました。この辺りで全体的に攻勢に回らなければ後衛が崩壊すると思います。呪術省からの応援もなく、こちらの主力のほとんどは大型の魑魅魍魎か姫さんの所へ向かいました。脱落者を出せば出すほど防衛ができなくなります。
戦いに出ている人たちの霊気も無限ではないですし。
「もし霊気が足りないならわたしが貸します。だから薫さんはとにかく情報を集めてください。疲弊した戦力じゃ厳しくなる前にケリをつけましょう。応援も期待できませんし」
「わかった。術式の準備するから待ってね」
薫さんが呪符を並べ始めます。風水を行うにはまず、感知する場所を正確に模す必要があるのだとか。だから大量の呪符と正確な地図が必要らしいです。
その準備をただ見ているだけではありません。わたしだってある程度の感知はできるんです。
『タマちゃん!』
「はい!」
ハルくんが出て行く際に一部の方陣を解除したため、それに気付いた魑魅魍魎が窓の方から突撃を仕掛けてきました。大型の茶色い怪鳥。
呪符を一枚だけ取り出します。あの程度の魑魅魍魎に、瑠姫様の方陣は破られませんが念のため。
それに今、わたし苛立ってますので。このどうしようもできない想いをぶつける相手を探していたんです。わざわざ向こうから来てくれたんだから、逃がしはしません。
「月の欠片よ、ここに!SIN!」
怪鳥の頭上から大きな白い岩石を叩きつける。地面と水平に突っ込んできていた怪鳥に頭上からの落石は避けきれなかったようで、今頃はペチャンコだと思います。これでも新入生の中では四席なんです。甘く見ないでください。
他に方陣が緩んだことを感知した魑魅魍魎はいないみたいですね。いえ、感知できるのは特殊ですけど。Aさんが呼んだ魑魅魍魎ならそういう能力があっても不思議ではないですが。
「式神さん。残り何体ですか?」
『ジジ。残リ、五十二体デス。未ダ、瑞穂様ゴ健在』
若干のノイズ混じりですが、教室内にいた簡易式神はそう答えてくれました。呪術省の応援が期待できない以上、ここから一気にペースが落ちるでしょう。
二時間半も戦い続けて、それにさっきの怪鳥のような大型の敵も多いんです。それに敷地内にいる陰陽師も限られていますし、ここにいる人たちのように戦っていない人たちもいる。
プロの陰陽師であっても、長時間連続戦闘はしません。ローテーションを組んで休める時には休んでいるんです。今は敷地内のどこに敵がいるのか把握できていないので休むに休めないでしょう。
戦力分配も雑です。実力がある人はほとんどが姫さんの方へ行きました。大峰さんがいるというのに、です。たしかに姫さんは複数で挑まなければ倒せないでしょうけど、他の全てをかなぐり捨てて最優先にするほどでしょうか。
じゃあこの後はどうなるか。戦線が維持できなくなって総崩れ、が一番有り得るでしょうね。援軍をあてにしたのかどうかわかりませんが、この戦力分配はマズいと学生のわたしでもわかります。
まるで、姫さんが瑞穂と名乗ったのがマズいことのように。それを一刻も早く揉み消したいことのように。
その答えはわたしではわかりません。だからこそ、わかる人に聞くのが良いんです。携帯電話の連絡先から、おそらくそのことを知っている人に着信をかけます。
「もしもし、タマちゃん?」
「奥様、急に連絡してしまい申し訳ありません。テレビなどは御覧になっていますか?」
「もちろん。大変なことになってるわね」
相手はハルくんのお母様。御当主様はもしかしたら電話に出られないかもしれないと思って奥様の方に電話しました。奥様もかなりの腕前の陰陽師。それに難波家に嫁ぐような方です。
おそらくは姫さんのことを知っているはず。Aさんのことも知っているみたいですし、その式神の姫さんのこともおそらくは。それが打開策になるかはわかりませんが、このおかしな状況を作ってしまった要因は知ることができます。
「少しお伺いしたいことがありまして。瑞穂さんは、誰なのですか?そして、瑞穂という名前には何を表すものなのですか?」
「タマちゃん、周りには人がいるかしら?」
「いますが、防音の術式を唱えます。SIN」
そこまでの秘密があるとは思わなかったので警戒していませんでした。しっかりと術式が発動したのを確認して、続きを聞きます。
「最初に瑞穂っていう名前が示すものを説明させてもらうわね。全部あの人からの受け売りなんだけど。瑞穂っていうのは、長野にある旧家の当主が襲名する名前で、表舞台に出た当主は二人だけ。その内の一人が襲撃してる瑞穂ちゃん」
「長野……。その旧家ってお聞きしてもよろしいですか?」
「もちろん。裏・天海家」
ここで繋がってくる。裏とつく意味は分かりませんが、たぶん本家の天海家と同じ血筋の家なんでしょう。この情報だけでも色々なことがわかってきます。
「ということは、あの天海内裏を名乗ったAさんは、偽名なんですね?」
「そうね。裏・天海家の当主は男女関係なく瑞穂と名乗るんだもの。それに十二代当主はテレビに映っている瑞穂ちゃんのはずよ」
「……奥様は、瑞穂さんをご存知なのですか?」
「私も直接会ったのは三回くらいよ。式神になってから一回と、その前に二回。明が産まれてすぐに会いに来てくれたのよ」
「そんな前に……?」
実年齢はいくつなのでしょうか。見た目十二歳ぐらいです。わたしもよく子どもと間違えられますが、ハルくんが産まれた時に会っているということは二十歳は確実に超えているような……。
「電話してきたってことは、呪術省は瑞穂ちゃんとAさんを躍起になって捕まえようとしているのかしら?」
「はい。戦力分配が疎かになって困っていたので、確認したかったんです。そんなに陰陽界に影響を与えた方なんですか?Aさんは呪術犯罪者として捕らえようとするのはわかりますが……」
「ああ、それはね。彼女が──」
それを聞いて、わたしは息をのむ。たとえAさんの式神になっていようが、それでは勝てる人がいません。
この襲撃事件で、こちら側に勝ち目などありませんでした。これでは一方的な鏖殺です。
(ハルくん……!)
そうとも知らずに出て行ったハルくん。ハルくんが姫さんと戦うかはわからないけど、姫さんとは戦ってはダメです。むしろそれ以外を早く対処しなければなりません。
わたしは薫さんの元へ急ぐ。九十九匹をどうにかするために。
次も二日後に投稿してみます。
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