4-3-1 逆風
戦線復帰。
※致命的なミスがあったので修正。
『どうだ?明。これで少しはマシになったか?』
「ああ……。大分楽だ。ありがとう、ゴン」
ゴンの術式が終わった。時計を確認していると大体二時間半というところか。倦怠感は完全に抜けていて、でもまだ増えた霊気が身を纏っている感じだ。
頭がガンガンするということもなく、調子も八割方良好といったところ。完全とは言えないが、この騒動に臨むなら問題はないはず。
「天海。状況は?全く聞こえてなかった」
「残り六十体ってさっき言ってた。夜明け予想が五時四十二分だから、あと五時間で夜明けだけどそれ以上に戦ってる人たちがもちそうにないかも……」
窓から様子を伺ってみるが、銀郎はまだ大蛇と戦っていた。霊気の感じからして姫さんと大峰さんが戦ってるのはわかる。Aさんは戦っていなさそうだ。
祐介はちょっとわからない。色々な霊気が混ざりすぎて、姫さんやAさんほどの実力者じゃないとどこにいるのかすら把握できない。感知術式を使っていないのでそれも当然だが、破壊音などから相当な被害が出ているのはわかる。
それと数こそはいるが、強者と呼んでいい霊気の持ち主が敷地内に味方としていなさそうだということも。
「呪術省の応援は?」
「来てないみたい。というか、正門ですごい争いが繰り広げられてて近寄ることもできないみたい」
「正門?」
天海は携帯電話で逐一情報を集めていたようだが、その情報もどこまで信用できるか。ネットは不特定多数の人間の言葉が載っている場所だし、呪術省の情報もどこまで信用していいものか。
なんとなく目を閉じてみた。さっきは遠くの光景を視ることができた。今日の俺ならできる気がした。
すると、思った通り正門の辺りの風景が見て取れた。血の海と鬼と亀と。そしてマユさんが死闘と呼ぶに相応しい勝負を繰り広げていた。
占星術じゃなくて千里眼を取得できるなんて。先天性のものじゃなかったんだな、千里眼って。
二匹と一人の戦いを眺めていると一見互角のようだが、実は鬼の方が押されていた。実力的には玄武とマユさん、鬼で拮抗していそうだが、マユさんのサポートのおかげか数的有利を保ったまま玄武が押していた。
動きが遅いのが亀という生き物のはずだが、玄武は異なるらしい。かなり俊敏に動いて、鬼と近接戦闘を行っている。そこにマユさんがサポート術式と攻撃性の術式で援護している状態だ。
まさかあの鬼とまともに戦える人間がいるなんて。でも、逆に言えばあの争いが激化しすぎて援軍が学校の敷地内に入り込めないようだ。入ろうとした人間も式神も、容赦なくあの鬼によって木っ端微塵にされている。
この光景、さすがにネットにも上げられないだろ。グロいし、呪術省の威信的にも一般人には見せられない。
「正門以外ってまともに入り込めないんだっけ?」
「ほら、ウチの柵って高いから。それにあの柵一つ一つに術式が込められていて、まともに侵入できないよ」
「あー、そういやそうだった。仇になってるな」
魑魅魍魎対策だ。方陣が破れたとしても時間稼ぎになるからと設置されているものがむしろ妨げになるとは。他にある門もたぶん魑魅魍魎に見張られてる。この百鬼夜行、絶対に意思を持ってるし。
「正門はマユさんが勝つことを祈るしかないか。瑠姫!ここの結界は朝まで破られないんだな?」
『当たり前ニャ。あの天海内裏を名乗ってる呪術犯罪者が来ない限り平気よん』
「なら任せる。タマもここに残って他の生徒を守っていてくれ」
「明様、もしかして行かれるおつもりですか……?」
「行かないとここにも鬼が来る。あの鬼を止められるとしたらゴンと銀郎だけだよ」
俺と賀茂の術比べを見に来ていた鬼が校内で暴れている。誰が相手しているのかわからないが、逃げてばかりのようで被害区域が広がっていく一方だ。あれの暴走の余波で力のある陰陽師が再起不能になったら事態は悪い意味で早く終結してしまう。
「そもそも何であの鬼が暴れてるんだ?最初は戦ってなかっただろ」
「ルール変更らしいです。誰かがルールを破ったみたいで……。倒す数には含まれないそうですが」
「傍迷惑な……。ゴン、行けるか?」
『誰に言ってる?面倒だがやらんといけないだろ。お前がやるって言ったんだからな』
「待ってください!明様は病み上がりです!行くならわたしが行きます!」
ミクが直談判してくる。だけどその意見はさすがに聞けない。必死に懇願されても蟲毒の時とは違う。ミクは霊気こそ多いけど、元来戦闘向きの陰陽師じゃないのだから。
「タマがここを離れたら誰がここを守るんだ。契約している式神もまともなのは瑠姫だけ。戦闘向きじゃない。ここを守るためにもあの鬼は倒さないといけないんだ。現実的なのは夜明けを待つこと。守るために、迎え撃たないといけない」
「それでも!わたしはそんな状態の明様を戦いに向かわせたくありません!明様は今のご自分の状態が分かっていますか⁉そんな誰かに霊気を弄られた状態で、まともに戦えるとは思えません!ゴン様と銀郎様の主権をお貸しください。わたしならお三方を借り受けても余りある霊気があります」
ミクの言うことはもっとも。八割方の俺よりも、万全の状態のミクの方が霊気が確実にある。今も瑠姫に相当の霊気を与えていても、ゴンと銀郎を問題なく使役できるくらいには。そして今の状態の俺だったら、ミクの方が二人のスペックを引き出せることも。
だからといって、ミクに譲るつもりはない。
ミクを前に出させて、俺が後方で控えているなんてどうしたって俺が許せない。俺が禁術を用いているとか、よっぽどの理由がない限りは。
「分家の子を前に立たせる本家の当主がどこにいる。これは難波家の次期当主として、責務を果たさないといけないことだ。その上で戦えない人も見捨てておけない。役割分担の問題だよ、タマ。瑠姫ならここの防衛を任せられる。俺は病み上がりとはいえ式神を用いた戦闘なら自信がある。タマは霊気こそあれ、そこまで実戦経験があるわけじゃない」
「そんな建前で……わたしが納得すると思うんですか?今の状態で明様が戦線に向かったら、死んじゃうかもしれないんです。それを、わたしがただ黙って見送れると思うんですか?」
「思わないよ。……まいったな。たぶん言葉じゃどうも言い繕えない。俺程度じゃあの人たちにも鬼にも敵わないし、たしかに出て行く理由がないかもしれない。ゴンたちと力を合わせても、時間稼ぎが関の山だ」
「だったら!」
ミクが懇願するように迫り寄ってくる。瞳には若干の涙さえ浮かべていた。客観的に見てもそれだけ今の俺の状態は酷いものなんだろう。
あっちの戦力は化け物じみていて。俺の調子は完全ではなくて。出て行ったら死ぬかもしれなくて。
そんな状態で、本家の俺が出て行くなんて、分家のミクからしたらやるせない思いでいっぱいなのだろう。止められるなら止めようとするはずだ。叱責されるのは俺ではなく、ミクになってしまうんだから。
理由なんて様々だ。その理由が足枷になって、結果的に生き延びるかもしれない。この瑠姫が創り出した方陣の中がこの敷地内で一番安全な場所だというのも言い切れる。
だけど、結局俺は。目の前の光景が受け入れられないだけの我侭な子どもってことで。
「祐介や大峰さんのことも心配だし。これ以上学校が壊されたら高校に通えなくなって当主になれなくなる。長期的に考えたら、やっぱり行くべきなんだよ。戦力はあるわけだし」
「……明くんの、バカ」
初めて、人前で様以外で呼ばれた気がする。周りに人がいなければハル様って呼ぶし、本当に時たまハルくんと呼んでくれるが、人前ではどうしても本家と分家としての立場を貫いてくれた。
そんなミクが初めて人前で、ただの幼なじみとしての立場で接してくれているのかもしれない。
「……今度のお出かけで、オシャレなお店でたくさんの甘い物を食べさせてください。それと、五体満足で大きな怪我もなく帰ってくる。それが条件です」
「わかったよ。それに怪我なく帰ってくるのも当然だ。まあ、いつぞやみたいに霊気がすっからかんになって動けなくなってるとかは見逃してくれ」
軽口ではあるが、しっかり約束をする。こんな口約束でもないと不安なのだろう。いじらしいミクの瞳に溜まった涙を指で拭いて、頭に手を乗せる。
「悪い、行ってくる」
「……いってらっしゃい、明くん」
瑠姫に視線を送ると、やれやれという態度を取られた後に窓の方を指した。そちら側の方陣だけ一部解除するらしい。窓を開けて飛び降りる用意をする。
「ゴン、まずは銀郎の手助けをしつつ合流する」
『はいよ』
同時に窓から飛び降りて、ゴンを大きくしてその背に乗る。背中にしがみついたまま、銀郎のいる場所へと空を駆けていった。
『まったく……。あの小娘のご機嫌取りは一切しないからな?自分でどうにかしろよ?』
「わかってる。なんとかするさ」
『あと。お前の状態をどうにかしようと思って色々やってみた結果だが、お前ほぼほぼ呪われていたぞ?というか、今も霊気をどうにかしただけで、小娘の目にも呪われている状態に映ってるだろうな』
「マジか……。ゴンにもわからない術式の使い手から呪われるようなこと何かしたか?もしかしてAさんが?」
正直そんな術式を使えそうなのがAさんと姫さんくらいしか思いつかない。で、姫さんがそんなことをするとは思えないので消去法でAさんになるわけだが。
『いや、あいつじゃない。あいつも呪術の相当な使い手だが、呪いとはまた違っていてだな……。オレが全く知らない術式というのが頭に引っかかっているんだが、そんなことができるのは稀代の天才か、神の誰かだとは思う。エイの術式は今の世に溢れている術式の高難易度版というか、基礎が同じだ。だが、お前がかけられている術式は今の世にはない、根本からして異なる術式。……土地神にでも喧嘩売ったか?』
「悪い。覚えがない」
土地神なんて会ったことないし。神に近しい存在は周りにいるけどさ。そうなると本当に心当たりがないな。
そうこう話している間に銀郎の元へ辿り着いた。大蛇に数多くの切り傷がついているが、それでもピンピンしていた。銀郎も元気そうだが。
「ゴン」
『おう』
尻尾から無数の狐火を放つ。それが銀郎が足止めをしていた大蛇にことごとく当たり、大蛇は霧散していった。
蛇は木気の存在。火に弱いのは当然とも言えた。ゴンの火力が頭おかしいほどに大火力ということもあるが。
『坊ちゃん、天狐殿助かりやした。こいつ物理耐性あったみたいであっしには倒せなくて。かといって他の陰陽師の火力じゃ決定打にも足止めにもならずに困っていたところで』
『銀郎。あのバカ鬼が暴れてるから力を貸せ。他の奴らも手が回ってない』
『さっきの通達ですかい?どっちの鬼で?酒好きと、覗きに来ていた方と』
「覗きに来ていた方だ」
『そっちですかい』
銀郎も術比べの時に殺気を感じていたからわかっているだろう。そして霊気で繋がっているからこそ、今の俺の状態も。
そんな中であの鬼を退けるのは骨が折れる。実力差はわかっているが、やるしかない。
『坊ちゃん、抜けてくる時に珠希お嬢さんに泣きつかれませんでした?そんな状態で出て行くなんてって』
「そんなに見た目酷いか?」
『そりゃあもう。自殺願望でもあるんじゃないかと疑うほど』
そこまでか。それで危険地帯に向かおうとしてるんだから、泣かれるのも当然か。後で本当に何か特別なことしてあげないと。
「じゃあ死なない程度に守ってくれ。頼むよ、ウチの守り神」
『あっしは守ることは不得手なんですがねえ……』
悪態をつきながらも銀郎はゴンの背に乗って移動する。攻撃は最大の防御とも言うし、せめぎ合うことで俺を守ってくれるという発想もあるはずだ。
目指すは中庭。鬼が暴れ回っている中腹。
次は二日後に投稿してみます。