4-2-5 反撃ののろし、届かず
式神召喚。
近くで物を盛大に壊す音と、その余波か土煙があちこちで起こっている。さっきの宣言と辺りの状況から、やらかしてくれたのは土御門光陰くんだね。まったく、やってられない。瑞穂さんを相手しながらあの鬼の始末までは手が回らない。
何で手を出したのかわからないけど、それで死なれても自業自得のような気がする。さすがに自分で火種を産んだのなら、その対処まではボクの仕事じゃない。そこまで過保護になる理由がない。
ソウタくんと身体を合わせて内緒話をする。瑞穂さんは余裕そうだ。
「ソウタくん、残りの魑魅魍魎は?」
「あと七十体って言ってますよ。三十体くらいしか減ってないですね。おそらく夜明けまであと五時間。ペース的にギリギリですが、大前提として瑞穂さんを倒さないといけないですけどね」
「……もう、やるしかないか。あの子呼ぶと疲れるから、あんまりやりたくないんだけど」
麒麟を呼び出すと本当に疲れる。霊気をかなり持っていかれるのが原因だとは思っているが、本当にそれだけかと疑ってしまうほど疲れる。次の日はベッドから出たくないほどの倦怠感が襲ってくる。
そうは言っても、それしか有効手がないので使うしかない。
「相談終わったん?別に何やろうとしてもええけど、はよしてくれる?こっちは呪術省に絶望与えんといけんのよ。麒麟を無様に倒す方法を何十通りもシミュレートしとるんから。あんさんの得意分野で戦ってあげるさかい、存分に挑んできや」
「……とんだ自信ですね。あなたがボクに全ての分野で上回っているとでも?」
「さあ?やってみないとわからないけど。ただあんさん、星見やないんやろ?先代は星見やったし、それこそ仰山才能があった子やったけど。先代を知っている分、あんさんには期待外れってところや」
「先代と比べるのはやめていただきたいわ。あんな裏切り者」
思わず声が低くなってしまった。ボクだって嫌なことくらいある。その内の一つが先代麒麟と比べられることだ。
ボクも会ったことがあったし、実力も知っている。だからこそ、彼と比べられるのはごめんだ。彼は瑞穂でもなく、ただ優秀だっただけの陰陽師。だけど、彼を知っている人はボクと実力を比べると必ず先代の方に軍配が上がる。
その理由もなんとなくや星見だから。星見は戦闘に用いることはできないのに、陰陽師として格が違うだのなんだのと言う。それ以外は大差がないと当時から思っていたし、瑞穂さんほどの開きを感じなかった。
だというのに貶されて貶されて。挙句の果てには麒麟としての責務を放棄して、ボクにお鉢が回ってきた。麒麟になるのは目標だったし、実力で奪い去るつもりだったのに、邪魔していた本人が投げ捨てたものを空白にはできないからと受け取った屈辱を今でも覚えている。
だからボクは先代麒麟が嫌いだ。彼はあれだけ人々を守りたいと言っていたのに、その責務を放棄してどこかへ雲隠れした。今も生きているのかすら知らない。今でも人々を守っているボクと逃げ出した軟弱者。この二つで比べられるのは癪だ。
目の前の瑞穂さんにだけは比べられたくなかった。彼女なら敵わないとわかっていたから認められるが、それこそ肩を並べられていた先代と比べて劣っていると言われるのは気分が良くない。
その発言の主である瑞穂さんは不思議そうな顔をしていた。
「裏切り者?あの子、なんかしたん?」
「突然麒麟をやめて、呪術省を襲撃するような人を裏切り者と呼ばないで何と呼べと?呪術省にも悪い所はたくさんありますが、必要悪です。呪術省が組織として崩壊すれば、人類は簡単に衰退します」
「……これだから千里眼も過去視もできない子どもは」
フゥーという音が聞こえてくるほどの大きな溜息を瑞穂さんがする。
呪術省が判官贔屓をせず、上層部だけの利益を肥やしている俗物だというのは理解している。それでも呪術省がなくなれば陰陽師の育成と管理が滞る。いつかは革命を起こして変えなければならないが、代わりの組織を立ち上げるまでは存在していてもらわなければ困るのだ。
順序を変えてはいけない。もし呪術省に代わる組織を立ち上げられる状況になったら呪術省へ反旗を翻しても何をしても良いが、その準備もできていない状態で呪術省を潰すのは理に適っていない。
先代麒麟やこの人たちがその準備をしているとも思えない。だからこそ、この人たちの行動も否定する。
「あの子が何をしたって言うんや。裏切り者だのなんだの……。そもそも世の理を理解してへんのは呪術省の方や。実力不足の子はこれだから……」
「文句があるならブツブツ言わずにハッキリと言ってくれますか?ボクは人類の守護者として、責務を果たします」
「人類の守護者?……うん、ええんとちゃう?そういう信念持つのは大事やと思うんよ。あたしらはそこら辺の陰陽師も殺してる悪党だし、あたしらにも信念がある。大多数の正義のために動くことは間違っておらんよ。ただあたしらは、大多数よりも個人を選んだだけ。勧善懲悪っていうのは、正義が勝たんといかんのやろ?なら人類の守護者さん。あたしっていう悪に勝ちなはれ。悪の方が強かったら、世界の滅亡やものなあ」
クスクスと楽しそうに笑う瑞穂さん。瑞穂さんが余裕でいられるのも今の内だ。麒麟の力は絶大。四神を超える力を持ち、倒せない敵はいない絶対の守護神。いくら強力な式神と契約していても、麒麟を超える存在は出てくるはずがない。
腰のポーチから黄色で作られた呪符を取り出す。特別な一枚。これで呼び出せるのは一体限り、呪術省から預けられた特別な式神。
ソウタくんが詠唱の際に守るために矢面へ立ってくれる。だけど瑞穂さんは邪魔立てするでもなくただこちらを眺めているだけ。
その余裕も今の内だけだ。ボクの霊気で呼び出す麒麟は、負けたことがないんだから。
「天上天下轟け雷音!全てを包み込みし神々の頂点、ここへ顕現せよ!地水火風の頂すらも越える無敗の王者、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来なさい、麒麟!」
呪符に霊気が集まって、その肉体を構成していく。四本足に天へと届く一本鎗を生やした一角獣のようなフォルムに、白銀の毛を纏ってその上から火花が散るほどの雷を帯電させた幻想的な獣。
見たことがある人ですら一握り。出せば必勝が約束された神の一柱。四神にも負けたことがない式神が、負ける相手なんているはずがない。
かなりの霊気を持っていかれたが、その代償分の働きは期待できる。
「大仰な詠唱やなあ。五芒星の大術式ってわけでもあらへんのに。これが現麒麟の真打ちねえ……」
「あなたも、式神を出されたらどうですか?」
「あら、お優しい。それじゃあ遠慮なく。黄龍」
詠唱も呪符もなく呼び出した式神。簡易式神ならそれでも驚かないが、呼び出された式神を見てそんなことを思えない、かなりの格の式神だということがわかる。
岩石龍、とでも言うべきか。全身が堅い岩でできた身体の龍、しかも黄龍ときた。それは五行思想でそれぞれが司る龍の内、麒麟が担当する龍。
ボクですら契約したこともない、見たこともない式神。
「やっぱり、麒麟を何度も呼び出しておらんね?式神なんてちゃんと交友関係を結べばこんな簡単に呼び出せるゆうのに」
黄龍は瑞穂さんが伸ばした手で撫でられるのを嫌そうにせず、むしろ嬉しいことかのように受け入れていた。龍なんて特に意思疎通が難しいのに、そんな龍を手懐けているなんて。これは旗色が怪しくなってきたかもしれない。
「そろそろオーディエンスも充分やろ。事実を知るのは本人と呪術省ぐらいでええんよ。というわけでソウタくん、眠っててな?」
瑞穂さんに左手の人差し指を向けられただけでソウタくんは崩れ落ちる。白目を剥いていたが、意識を失っているだけのようだ。頭が屋根にぶつからないようにぎりぎりで支えられた。
霊気を飛ばしてたのはわかったけど、詠唱もなしにそこそこの実力者を無力化するなんてアリ……?やっぱりこの人、昔から破天荒な実力を持っていたのは変わってない。
それに、ただ眠らせただけではないみたい。さっきから眠りの解呪術式を使ってるけど目を覚ましそうにない。となると。
「幻術……?」
「ちぃっと強力なもの使ったからねぇ。当分目を覚まさんと思うよ?翔子ちゃん、術比べの続きといこか?この子たち、同じ麒麟門に属す子たちやろ?戦ってみたら面白いんちゃう」
ソウタくんを少し離れた所に寝かせて、臨戦態勢に移る。
これは夢にも思わなかった一戦だ。永遠に超えることのできなかった壁への再挑戦。あの時じゃ比べるのもおこがましいことだったけど、今ならやり合える。
ボクは今日、歴代最高峰とまで呼ばれた瑞穂さんに挑む。
そのことがこんな状況だというのに、嬉しく思ってしまったことは墓まで持っていくつもりだ。こんな不謹慎なことを思っていたら正義の守護者失格だからね。
次も三日後に投稿します。
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