4-2-4 反撃ののろし、届かず
土御門光陰のやらかし。
「おや。今回も一人か。私の傍の鬼が見えていないのかな?」
「僕はあなたに、聞きたいことがあるだけだ」
Aと伊吹が待機している場所へ、式神の鷺に乗って現れたのは土御門光陰。伊吹は変わらず興味なさそうに寝そべっているだけ。Aとしても、来訪者が明たちの誰かではなくてがっかりしたところだ。
それ以外の知っている人物が訪れても本当に興味がないだけ。戦闘能力でもなんでもいいので、驚かせる何かがあれば別だが、その興味の対象になったのも二人だけ。それ以外は有象無象だとこの一時間程度で思っていた。
「聞きたいこととは、いつぞや告げた祝詞のことか?あれには一切の偽りがないのだがな。確認してみたところで、私と同じことしか言わなかっただろう?」
「……そうだ。あなたの告げた内容は正しいらしい。だからこそ、尋ねなくてはならなかった。あなたは日本を破壊するつもりか?」
「日本の定義にもよるが。むしろ壊そうとしているのは……ふむ。これも定義によるか。ではお前たちが秘蔵している『婆や』は何と答えた?私と同じ未来を述べ、そして私のことは探れないと答えたのではないか?」
「婆や」とは、土御門が秘密裏にしている星見のことだ。それこそ当代一の星見とされる康平よりも、星見としての才能は上。むしろ、星見以外の才能は全くない存在だ。
その「婆や」はいつから生きているのかわからないが、それだけ長く生きて土御門に仕える存在。その「婆や」が未来視を外したことはない。そんな存在がAと同じ未来を視て、さらにAのことを探れなかったということはAの方が星見の才能があるということになる。
「……そうだ。『婆や』のことも知っているなんて……。あなたたちは呪術省をどうしたいんだ?」
「さっき言っただろう。呪術省は潰す。一千年経っても魑魅魍魎の問題も片付けられない。妖のことも土地神のことも、京都のこともだ。そんな体たらくで今の世を見た安倍晴明はどう思うだろうな?──ああ、土御門に任せて失敗だった。そう言うのではないかね?」
光陰はそう言われても、魑魅魍魎のことしか理解できなかった。魑魅魍魎のことは事実であっても、他の妖や土地神、京都のことと言われても心当たりがなかった。
妖や土地神という言葉は文献に残されていても、その存在が現在現れたという報告はない。京都に関しては何を指しているのかすらわからない。
わからないからその仮定を鵜呑みにする。そんなことできるはずがなかった。
「いや、そんなことはない。今京都が在り続けているのは土御門のおかげだ!軟弱な難波ではこの光景は守れていない!作り上げられていない!」
『そりゃあ、難波の連中だったら賀茂とも協力しねーし、京都を守るなんて考えすら思い浮かばねーだろ。っていうか、今の話は難波と土御門の役割を交代するって意味じゃねえだろ?玉藻の前の封印は、土御門じゃあ論外だ』
寝そべったままの伊吹が呆れながら光陰へ真実を告げる。土御門と難波を交換するのではなく、土御門ではないどこかの名家に任せればよかったという話だ。
ぶっちゃけた話、当時の晴明が土御門を選んだ理由は消去法だ。玉藻の前の封印は難波しか適任がいなかった。かといって京都を放置するわけにも対外的によろしくない。だから土御門に任せただけ。
「ふむ。『婆や』は過去視ができないのだったな?できなくても問題のない術者ではあるのだが。やはり土御門は今とほんの少しばかり先の未来しか見えていない。足元も過去の轍も見えていないのは愚鈍に過ぎるぞ?私が祝詞で告げた通り、まもなく日本に災いが撒き散らされるだろう。──なにせ、今日の出来事で眠っていた存在たちが目覚める。一千年前ですら、霊気と神気の濃度は現在と比べてかなり濃密だった。瑞穂と外道丸程度に手を焼いている現代陰陽師共に、何ができよう?」
「──ッ!やっぱりあなたは未来を視たのではなく、事前に準備していた計画を実行しただけ!」
「どうとでも取り給え。事実、私が想定した未来は現実になった。事象をそこに結びつけるということも一種の未来視ではないかね?なにせ、防ぐ手段も機会もあっただろう?」
光陰が家族にだけ知らせるのではなく、呪術省全体を使ってAのことを探れば何かしらの妨害はできたかもしれない。それこそ、メディアを用いて厳重警戒態勢を敷くこともできたし、さらに遡れば何十年前から活動しているAを止める機会だけならいくらでもあった。
その努力を怠ったのは呪術省と光陰だ。より良い安全を選ばず、Aという起爆剤をずっと放置し続けたのは呪術省側だ。
とはいえ、Aの方も表舞台で襲撃をかます時以外は基本的に裏側に潜って、気配も呪術によって消して存在を感知されないようにしていたが。時たま街にふらっと現れたり、旧知の仲の者たちに会うなどはしていたが。
呪術省がこの数十年で行ったことはAのことを指名手配した程度。その写真や似顔絵も適当で、Aが街中に現れても誰も呪術犯罪者だと気付かないほど。時代が時代とはいえ、そんな杜撰なものを出して追っていましたと言われてもちゃんちゃらおかしい。結果も成果も出ていない。
「『婆や』を超える星見の存在を軽視した結果がこれだ。あと、私が星見かなんて『婆や』の星見を防いでいる時点でわかりきっているだろう?そしてこの現実こそが全てだ。私の駒相手に呪術省は何ができている?これ以降、私を超える存在が群雄闊歩する時代になる。──これで、呪術省とその他の思惑を出し抜いた」
Aは光陰に背を向け、災禍が降り注ぐ京都の街へ向かって両手を広げていた。まるでこの光景を迎え入れているようだった。仮面の下の口角は、ずっと上がったまま。
「さあ、再誕せよ!不本意だが、必要ならば仕方があるまい。私はここを、神魔融合魔境、平安京へ塗り替えよう!一千年という時間の揺り籠よ、混じれ逆巻け産み落とせ!私は神々も、妖すらも利用しよう!正しき理の元に、甦れ。我らが母なる九尾!」
「九尾……⁉まさか、玉藻の前の復活を……⁉」
現代で最も有名な九尾となれば、玉藻の前の名前が上がるだろう。それほど知名度が違う。他にも九尾がいたという記録はあっても、ここまでの大事をしでかして甦らせる存在は他に思いつかないからだ。
そして、同じような方法でその玉藻の前を甦らせようとしていた光陰だからこそ、その研究ばかりしていたからこそ、論理的にできてしまうと理解していた。
「天海内裏!あなたは玉藻の前を世に放つつもりか⁉あれは都を滅ぼそうとした悪魔だ!今この状態でそんなことをすれば……!」
「君の時とは状況が違うと?変わらないさ。君もあの街が百鬼夜行で溢れている最中に玉藻の前を復活させて君一人で討伐しようとしただろう?むしろ今の状況なら、あの時よりも戦力が揃っているではないか。蟲毒を行っているわけでもなし、問題なかろう」
「やめろおおおおおおお!ここで復活させたら、京都が沈む!」
光陰は反射的に呪符を投げ飛ばして、霊気を送っただけ。無詠唱なんてまともにできない光陰では小石を投げつけたのと変わらない。
光陰があの地で玉藻の前を復活させようとした大きな理由は二つ。玉藻の前の魂が眠る地だということと、京都ではないということ。
彼にも郷土愛と土地を管理する名家と同じく土地への誇りを持っている。しかも彼らが管理するのは尊敬する先祖である安倍晴明から任された土地。そんな場所で悪の化身を呼び出す理由はなかった。
だが、彼の反射的な行動によって、この戯れはより、苛酷になっていく。
小石程度の痛みでも、攻撃は攻撃。そして、Aはきちんと始まる前に宣言していた。こちらに攻撃を仕掛けてくればそれ相応の対処をさせていただこうと。
それはどんな意図があれ、攻撃と見做されてしまった。
「伊吹。何故守ろうとしない」
『何で茶番に付き合わなくちゃなんねえんだよ。九尾の復活なんてやろうともしてなかったくせに。そうなるように吹っ掛けたのはお前なんだから、自分で処理しろよ』
「まあな。やる意味がないしこの程度、適当に払える。さて、ではそれ相応の対処をさせていただこうか。伊吹。そこの彼を痛みつけて構わないぞ」
『え、マジ?』
「ああ。ルールを破ったのは彼だ。お前を倒さなくても良いが暴れさせる存在として加入させる」
『イヤッホウッ!あ、でもあれだろ?殺しちゃいけないやつもいるんだろ?』
「例の二人と五神、それらに関する友人以外はどうにでもしろ」
例の二人はAが目をかけているから。五神は京都の結界に関わる。ここで京都の結界を崩壊させては、京都に住む知人が次の日から生活できなくなる。
どうにか生活圏を残して、学校も授業には支障のない程度に壊して夜を終えなければならない。Aにだって制約・制限はある。その中でどれだけの人間がどのようなことをしてくれるのかを楽しみにしているのだ。
切り捨てられる存在は切り捨てる。些事には注意を向けないだけ。
校舎内に放った式神を通して、敷地内にいる生物全員に伝わるように術式を発動させる。
「諸君、頑張っている中ちょっとしたルール変更だ。というよりは、ルール違反をした者がいるので、それなりの対処というやつだ。私の護衛をしていた鬼を投入する。この鬼は倒す数にいれなくていいが、近くにいる者は容赦なく殺すのでそのつもりで」
宣言が終わった途端、伊吹は光陰を掴んで地面に叩き落としていた。折角の暴れられる機会なのでいたぶってから殺すつもりだが、何かの拍子に簡単に殺してしまうかもしれない。
以前は道化として見逃していたAだが、何度も自分の予定を狂わされるのは癪に障る。そのため、今回は伊吹が光陰を殺したとしても何も言うつもりはなかった。
土御門の嫡男だとしても、完全に興味を失っている。Aの求める存在ではなかったことと、このまま呪術省を継いでも変わることはないと判断したためだ。
「つまらないなあ、人間諸君。私が率いる程度の戦力にこれだけ苦労するだなんて。明日からはもっと大変だろう。光にばかり目がくらんで、近くに潜む闇を見失うからこうなる。それに、光とは強すぎる光も容赦なく一絡げにしてしまう。──陰陽を司ることを忘れた人間よ。これは報いだ。これを契機に、もう少し全体を見る眼を養いたまえ」
不敵に笑いながら、Aは千里眼をもって京都はおろか、日本中を俯瞰する。
徐々に神気が日本を包み始めている現状に、気付く者はたった一握り。他の者たちは今目の前にある騒動に目を向けているだけ。
日本は平安の世へ、流転する。
次は三日後に投稿します。
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