4-2-2 反撃ののろし、届かず
外道丸と青竜と玄武。
『あ~、やっとか?青竜と玄武だろ?雑魚を殺すのにも飽きてきた頃だったからちょうどいいわ』
外道丸の傍にはどんな暴れ方をしたのかわからないほどの破壊跡と、おそらく人であったものの残骸と血の海、そして何かに引火したのか燃え盛る炎が辺りを埋め尽くしていた。燃えるものが様々だったために複数の匂いが蔓延し、死臭も混じって不快な思いを掻き立てる。
そんな中でも笑顔を浮かべている外道丸。それこそが鬼の当たり前なのかもしれないが、人間のマユはどうしたって耐え切れず口元を抑えてしまった。数々の魑魅魍魎が引き起こした惨状を見てきたが、今回はより一層悲惨だ。
獣が本能のまま作り上げた惨状よりも、どうすれば悲惨な光景になるのかを考えて、計算されてこの死の嵐は作り上げられている。わざわざ死体が折れた電柱に突き刺さっているはずがない。そうなるように死体を弄んだだけだ。
「これほどの悪逆を為す鬼は見たことがなぁい!これまさしく我が滅却すべき悪!悪とはそれ即ち不俱戴天の仇なり!一欠けらも残さずこの世から成仏すべし!」
『……初めて見るが、今代の青竜は暑苦しいな。見た目も相まって陰陽師には見えねえ』
四月の夜だというのに半袖で腕を見せびらかし。日本人にしてはかなり高い二メートル近い身長に、筋肉しかない身体つきに坊主頭。青い瞳にわずかに見える黒い髪。
陰陽師には見えない格好の偉丈夫。それが青竜という男だった。
「玄武ぅ!ここは我のみで戦う!手出しは無用なり!」
「せ、青竜さん⁉相手はこの惨状を産み出した鬼なんですよ⁉それに、あの鬼を倒して終わりではありません!京都校に現れた敵の首魁を──」
「この鬼が存在するだけで我の気が触れた!この悪状を見よ!敵の首魁よりも、この鬼の本質の方が危険であろう!」
(ああ……。青竜さんはこういう人だった)
マユは勘違いをしていたわけでもなく、青竜が目の前のことしか見えないような人物だということを改めて認識しただけだ。
事件を解決するためには敵の首魁を捕らえて尋問する必要があると呪術省から通達されているのに、目の前の悪を見てしまって任務を忘れてしまっている。長期的な目線で見れば、ここは温存をして校舎内に入ることを優先すべきなのだ。
この鬼はあくまで門番であり、本命は中にいるのだから。この鬼を倒したとしても、式神なのだから霊気さえ与えられれば復活する。時間稼ぎが目的の相手に本気で戦うのは道理として間違っている。
『鬼なんて誰彼構わず、大概こんなもんだと思うがな。今回なんて食わずにそこら辺に投げ捨ててるんだから死体が残ってるだけマシじゃねえの?葬式を空っぽの箱で済ませずに本人の一部が残ってるんだからよ。あの様子じゃどいつがどいつなんだかわからん気もするが』
「貴様はあの者たちの家族のことを考えたことがあるのか⁉彼らにも帰るべき場所と待っている人々がいたのだぞ!」
『ナマ言ってんじゃねえぞ。わかるわけあるか、人間の風習なんざ。葬式とかも何でやるのかわからん。家族だなんだ言うがよ。鬼なんてその家族から迫害されて鬼に成った奴もいるんだ。人間らしいことなんざ理解したくないんだよ。だから人間じゃなく、鬼に成る。自然発生した奴や、鬼の子どももいるが、本来的な意味の鬼は元々人間だ。人間に様々な要素が交じり合って変質した存在だってこと、何で呪術省に関わり深い四神が知らねえんだよ?』
外道丸は腰にぶら下げていた徳利を取り、酒をあおる。酔拳、とは少々異なるが、酒が入ることで身体能力や知性が覚醒する鬼が外道丸だ。
今回の場合は、話に飽きて飲んだだけだったが。
『人間と鬼は本質が同じでも決定的に違う生き物なんだよ。人間は鬼を拒絶し、鬼はそんな人間を喰らう。そういう関係が出来上がってるのに相互理解だのなんだのできるわけねえだろ。鬼が悪?悪に決まってるじゃねえか。人間を忌み嫌って産まれた種族なんだからな』
「では存在自体が悪ではないか!我は人類守護の任を帯びている史上最高峰の陰陽師、青竜!人類の敵である貴様らは抹殺する!」
『かっ。本当に四神ってやつは戦闘屋になっちまったんだな。……いいぜ、来いよハゲ頭。テメエみたいなブ男と、正義と悪ってやつをかけて戦ってやる』
背中から長刀を取り出す外道丸。その刀身は外道丸の腕の長さと同等ほどで、常識の範囲内の大きさだった。だがその刀を構えることはなく、煽るようにぶらぶらとさせているだけ。
そして、外道丸と比べたら全ての男はブ男になってしまう。それほど美を極めているのが外道丸という鬼だ。伊達に人間の女を誑かしていない。
『さっさと青竜を召喚しろよ。生身の人間がオレに敵うわけないだろ』
「その言葉を吐いたこと、後悔するがいい。それとハゲているのではなく、剃っているのだ。朱雀のようなチャラチャラした男と思われたくないからな!」
青竜は青色で作られた呪符を取り出し、前へ掲げる。そこへ莫大な量の霊気が送られて実体を伴っていく。
その間にマユは玄武を抱えたまま離れていた。協力するべきだが、ああなった青竜を止めることはできない。マユは四神の中でも性格上立場が一番低い。猪突猛進型の青竜に意見を言うことはできても、止めることなんて万に一回もできなかった。
だからマユは先遣隊の遺体を集めることにする。一か所に纏めて方陣の中へ納め、これ以上の損傷が出ないように術を施した。
その間に青竜が実体化する。青と緑の鱗を纏った、三十メートルを超す細長い身体に大きな翼を持った、三本爪の竜。風を司る日本最強の式神の一角、青竜。
竜という神秘を纏った存在な上にその身体能力も四神の中でも最高峰。そして神の名を冠するために神に匹敵する能力を持ち、日本でも神々を除く相手には敵なしの力を持つ暴風の化身。
「我も接近戦が得意な、そこらの大鬼なら一撃で倒せるほどの実力がある!我と青竜二人がかりではさすがの貴様も相手にならん!」
『久しぶりに見たな。いつだか水神の怒りを抑えるために戦って以来の竜か?』
「ワハハハハハ!では征くぞ、悪逆なる鬼よ!」
青竜のどちらもが突っ込む。人間の青竜の言葉に偽りはなく、身体強化の術式を自分に行使しているため、そこらの式神や魑魅魍魎ではたしかに太刀打ちできない速度と威力を兼ね備えた加速だった。
『だから、テメエらから見たら鬼は全員悪なんだよ。良い鬼ってやつは橋姫のような特殊な奴だけ。あとは大体地獄に縁のあるクソ野郎どもだ』
一閃。それを交わしたかどうかの刹那。
人間の青竜の正拳突きは躱され、式神の方の青竜は縦に真っ二つになっていた。マユも玄武もその動きは見えていなかった。それは人間の青竜も同様だった。外道丸は式神が呪符に戻ったのを確認して人間へ蹴りかかる。
『あ、殺したらマズかったんだっけか?まあ、生きてるだろ。身体は頑丈そうだったし』
蹴り飛ばされた青竜は建物の残骸へめり込む。生死を確認できる状況ではないが、マユは玄武を離して臨戦態勢を整える。青竜がやられたのなら、次は自分の番だとわかっているからだ。
次も三日後に投稿します。
あと、4/1に新作の短編掲載予定です。そちらも是非。
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