4-1-4 京都に響く、襲撃の音
観客席にて。
『ふあぁ~あ……。A、暇だ』
「それはそうだろう。全て姫が蹴散らしている」
講堂の屋根の上。その近くの空に足場を作って姫の戦いを観戦していたAと伊吹。伊吹なんて飽きたのか寝そべってあくびをする始末。
第一陣の教師と雇われのプロたちを数分かからずに一蹴してみせ、しかも見せ場もなく終わってしまったのだから見ているだけではつまらないだろう。
プロの中でも八段には壁があるという。戦闘能力が重視される昨今、学問に秀でた程度の陰陽師では八段になれない。戦闘のプロフェッショナルこそが、八段になることができる。名家の当主でも、易々と八段になることはできない。
康平は戦闘能力こそは八段程度で、純粋な戦闘能力で九段になっているのは一握り。ほとんどが四神に選ばれるような逸材や、同格、及び元四神という場合が多い。星見や土地の管理能力など、別側面を評価されて九段になった陰陽師がほとんどだ。
では、その八段にも辿り着いていないプロを相手に、陰陽師で三指に入る姫が力の出し惜しみもなく戦ったらどうなるか。
その結果は今のAたちの眼前にある光景だ。死屍累々。歯が立たず、純然たる暴力に為すすべなく屈する。
姫は龍脈や奥の手は使っておらず、Aから貰っている霊気で出力を全開にしているだけなのだが、それでも敵わないものは敵わない。姫自身生前の七割方しか力を出せていないと思っているのにあっけなく倒せてしまっているから、感覚の違いが気になって首を傾げている次第だ。
『A。おれは陰陽師のことなんて詳しく知らねえんだけどよ。詠唱破棄ってどれくらいの人間ができるんだ?』
「術式の程度にもよるが、姫と同じことができる人間はもう一人だけだな。言っておくが、姫の術式の多彩さと、秘匿性と独自性は他の追随を許さないぞ?もう一人は姫よりは戦闘向きだからな。彼も多芸ではあるし、星見でもあるが」
『へぇ。ってことはただの蹂躙劇が繰り広げられるだけか。つまんな』
「蹂躙は好きじゃなかったか?」
鬼の習性として、一方的な虐殺などは大好物のはずだ。そのはずなのに伊吹は何も楽しんでいない。だが、その理由は聞いてみれば当然で、不思議なことは何もなかった。
『それはおれたちが自分の手でやってるから愉しいんであって、他人がやってる、しかも誰も殺してねえ茶番が楽しいわけねえだろ』
「お前は本当に観客に向かないな。呪術省へ攻め込む時には存分に暴れさせてやる」
『楽しみにしてるぜ』
どれだけの先のことになるかわからないが、その時を伊吹はじっくりと待つことにする。今回は本当にすることがないようなので、学校の外に目を向けた。
所詮学校に配属されている程度の実力では姫を相手にできないとわかっていたからだ。四神でようやくまともに戦えるというのに、そこに到達もしていない有象無象では見る価値もなかった。
外では先遣隊と思われる陰陽師の部隊が到着していたが、こちらも外道丸によってあっけなく潰されていた。向こうは死者も見える。外道丸がわざわざ自分に歯向かってきた愚か者に慈悲を与えるということは考えないからだ。
建物の被害とかも何も考えていない。壮大な音と共に建物が崩壊していく。今も式神が一軒家に叩きつけられて、連鎖して建物がドミノ倒しになっていく。電柱も倒れて、一区画で停電が起こった。
それくらいは京都では割りと普通のことなので騒ぎになったりはしないが。決定的に違う点は人為的か自然現象か。今回は妖、もとい式神の出した被害のため、魑魅魍魎保険は適応されない。
八段で構成された集団か、四神が来ない限り外道丸を止めることはできないだろう。Aの霊気はミクの約倍。そのミクですら、現状で姫の倍、大峰の三倍はある始末。Aの規格外さが如実に表れている。
とはいえ、彼は三人の式神を行使し、擬似の百鬼夜行を展開したり、様々な術を行使しているために伊吹も外道丸も本来のスペックを出せないわけだが。
そんな、スペックが落ちた状態でも目が良いことには変わりない。数km先の様子を知ることなんて朝飯前だ。その瞳が捉えたものとは。
『お、玄武発見~。……んあ?何であいつ実体化してるわけ?』
「何?玄武が実体化だと?」
『ああ。女に小さな姿で抱えられてるぜ。あいつが、っていうか四神が実体化するなんて一千年振りの珍事じゃねえか?』
「そうだな……。姫め、わざと報告を怠ったな?」
Aは苦笑しながらも姫に目線を送ると、姫に笑い返されてしまった。Aたちの思考が姫に伝わったからだろう。しかし、姫の判断は正しかった。これこそ、Aや鬼たちが望んでいたサプライズなのだから。
四神が自ら実体化しているということは、四神が契約者を認めたということ。小型になって現れているのがその証拠だ。Aだって千里眼や未来視を用いれば知ることは容易だったのに、怠ったのは本人が遊ぶ気満々だったから。
「外道丸は気付いているか?」
『いや?お前の名前と瑞穂って名前に反応したのか、相当数の呪術師がこっちに来てるからな。楽しそうに引きちぎってる』
外道丸は雑魚ばかりとはいえ暴れるのは本当に久方振りなため、イイ笑顔で向かってくる全てを屠っていた。一騎当千の鬼には、一騎当千の存在をぶつけるべきだ。外道丸も向かってくるから倒しているだけで、時間稼ぎのつもりか真意は分からないが、近付いてこなければやられることもないのに。
こちらに戦力を送れば送るほどAの思惑通りなのに、それに気付かずにただ戦力を送ってくる呪術省には薄笑いすら浮かべたくなっていた。
この場で起きている百鬼夜行はAが起こしたものだが、夜に自然発生している魑魅魍魎も当然京都中で出現している。脅威度はAたちの方が上だろうが、それでも市民のためにいつものことを蔑ろにするのは為政者として、土地の管理者としてしてはいけないことだ。
そういう、評判の失墜も目的で今回のイベントを開催したわけだが。
「全く……。京都がボロボロではないか。急な担当箇所の変更に、こちらへの増援に実力者を送るから対処に実力と人手が足りない。彼のマスターは要らないと言っていたが、店の周辺に式神を一匹送っておくか」
『その眼、便利だよな。人間の目で京都のこと全部見えるとか。おれだって精々数km先しか見えねえのにさ』
「千里眼だからな。別に千里眼は未来視などと違って持っている人間は多いぞ?そういう人間が指揮を取れば状況の整理も簡単なのだが、全体図が見えておらずに目先のことへの対処ばかりに気を取られている。まさに呪術省の今の有様を表しているな」
『裏・天海家もそうだが、瑞穂って名前とあの容姿だろ?歳行ってる呪術師なら姫のこと見た瞬間に気付くだろ。おれたちがどれだけの爆弾かわかったなら対処を急ぐのもわかるが、勝ち筋も見えてないのにただ戦力を送るのは無能のやることだ。ま、今の時代に優秀な将の才能を持った人間なんざ産まれないか』
今の時代も魑魅魍魎には悩まされるだろうが、平安時代に比べれば雲泥の差。少なすぎる程であり、しかも戦力になる陰陽師も少なかった。あの頃には完璧な結界が京を覆っていたとはいえ、強力な妖が群雄割拠していた時代でもある。
第二次世界大戦頃や時代の節目、戦国時代などなら大きな戦も多かったために優秀な将や軍師のような存在も産まれただろうが、今は平和な時代だ。敵が精々魑魅魍魎と呪術犯罪者しかいないのに、集団を率いる力なんて育ちようがなかった。
「個人としては優秀な者も多いんだがな。分母が増えただけかもしれんが。……今回の事で妖や眠っていた土地神が暴れ出したら、呪術省でも手が足りないだろう。京都を選ぶか、日本全体を選ぶか。さて、この後が楽しみだな?」
『愉しみっちゃあ愉しみだが。日本っていう国と、日本人が消えたら神々も存在できなくなるだろ?そこんところは?』
「なに。九割以上が死滅しても、ほんの一握り、それも神々を信仰する人間が生きていれば充分だろう?」
『……ああ。まあ、確実に人間はいくらか生き残るか。そういう選別も含めた征伐だろ?』
伊吹もそこまで頭が弱いわけではない。それなりの情報を与えれば推測し、答えを導き出す。その速度がAや外道丸に比べれば全然というだけで、頭は悪くない。
それに、Aからこれまでやってきたことを隣で見てきて、何のために行っているのかという計画の全容も聞いている。記憶力はそこら辺の人間よりよっぽど高いために、昔の話を思い出すのは容易だ。
関わりのなく、強さや個性など全くなかった鬼の名前は興味がなくて覚えていなかっただけで。
「さて、内側の最大戦力のご登場だ。まあ、姫の相手ではないか。ものが違う」
『麒麟ねえ。A、何故呪術省は麒麟の存在を隠す?いや、裏的な意味は知ってるぜ?だが、存在すら隠してどうする?四神のリーダーが朱雀?アホか。麒麟がいなかったら四神なんぞ有象無象だ。晴明の式神が二体?五神が含まれていない時点でおかしいだろ。……その頂点たる麒麟が役目を果たさずに先代に任せっきりの無自覚女?在り方として間違ってる』
大峰翔子が生徒会の面々と一緒に講堂の屋根へ上がってくる。生徒会の面々の霊気を見て、一人の男子以外まともに支援もできそうに見えなかった。
こんな状況で霊気を隠したままのはずがない。だからこそ、実力者が集まるという生徒会には肩を落とす。男子生徒、都築会長は優秀だったがその程度。
麒麟になりきれていない麒麟。それを、Aが認める愛弟子が相手をする。
勝敗の結果など、火を見るよりも明らかだった。
次も二日後に投稿してみます。
感想などお待ちしております。