4-1-2 京都に響く、襲撃の音
宣言。
周りはあまりの霊気の波動に尻すぼみしている。いつぞや天海に見せたゴンの霊気以上のものが学校全体に伝わるように波のように広がっていく。この霊気の圧を受けて動ける人間は少数だろう。
そういう意味ではすでに選抜が始まっていた。静けさと圧の暴力が織り交ざる中、その男の声は良く響き届いた。その場にいないことは分かっているのに、耳元か頭の中へ直接音声を届けているかのようにその魅惑の声が頭から離れない。
「あー、京都にいる民よ。聞こえているか?うん?聞こえている?なら良し。君たちに朗報だ。我々は同胞を探している。今の世の中に不満を持つ若人諸君、共に呪術省へ反旗を翻そうじゃないか。この遅滞した混沌の時代を変えるわけでもなく、むしろ混沌を更に撒き散らそうとしている呪術省へ、ストライキをしてみないか?」
『おーい、オレたち名乗ってないぞ?いいのか?』
「おっと、そうだった。私の名前は、以前はAと名乗っていた。何十年前だったか?呪術省の軍事施設を鬼二匹と一緒に襲った呪術犯罪者だ。鬼の姿を確認すれば本人だとわかるだろうが、呪術省はまだこの術式の特定をしている頃か?全く、先代の陰陽師の頂点はすでに私を捕捉しているというのに」
聞いたことのない、いや、正確にはさっき少しだけ聞こえてきた男の声と、Aさんの声。たしかに聞こえてくるのは耳元だが、本人はどこにいるのかと探してみたらミクがすでに見つけていた。
開会式が行われる予定だった講堂。その屋根の上にAさんと鬼が二匹、並び立っていた。学校の敷地内には魑魅魍魎がわんさかと溢れかえっていた。この学校には魑魅魍魎が入ってこないように強力な方陣が敷かれていたのだが、それは容易に壊されていた。
仮面で顔を隠したままのAさん。顔を隠しているために本人確認なんてできないだろうが、それでも何年生きているとしてもあの鬼を従えられるのはあの人しかいないだろう。
「Aなんて名前を名乗っていたのは時期尚早だったからだ。長年準備を進めていたが、ようやく時が満ちたので我が名を明かそう。私は裏・天海家第十二代当主、天海内裏という。本家の天海とは異なり、陰の道を歩み、表舞台からは去って裏から支える立場になったものだ。もう表舞台から隠れるのはやめだ。我々の支援をなくして、呪術省が立ちゆくのか見届けよう。裏世界の住人たちよ。もう影から日本を支える必要はない。呪術省は表側の仕事を放棄した。自分のやりたいようにしろ」
裏・天海家に、裏世界の住人?また情報が増えていく。今朝だけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上増やさないでほしい。ただでさえ、頭が回っていないのに。
「あーっと、薫ちゃん?裏・天海家とか存在知ってた?」
「ううん……。私の家も本家ではなくて分家だから……。本家は東京にあるし、分家の数も多くて把握してなくて……」
「血筋でも知らないって、本当に実在するのかよ……」
祐介と天海が話し合っているが、そんな呑気に確認している場合じゃない。学校の中を魑魅魍魎が囲み、あの鬼たちがこっちを見ているというのに。
「遅いなあ、呪術省。我々は国立陰陽師育成大学附属高等学校にいるぞ?今から征伐を開始する。陰陽師の卵を守りたければさっさと来い。全員、生きていると良いな?」
随分と広かった領域への事象改変術式が解除される。だが、この学校に仕掛けた広域伝播術式はまだ展開されたままだ。それはつまり、俺たちに向けられた説明はまだ続くということだ。
「さて。国立陰陽師育成大学附属高等学校に存在する人間諸君。今回の選抜に当たり、疑似的な百鬼夜行を用意してみた。こちらとて出来得る限り優秀な駒が欲しい。この程度、京都では日常茶飯事だろう?九十九匹の魑魅魍魎と、私の式神一人。これを相手にして夜明けまで生き残るか、できないとは思うが式神を除く魑魅魍魎の撃破。これを成し遂げれば我々は撤退しよう。では、瑞穂」
Aさんの隣に、一人の少女が舞い降りる。いつもの艶やかな着物ではなく、巫女服を着ていた姫さん。姿が見えないとは思っていたが、この演出のためだったのか。姫とも呼ばれていなかったが、本名だろうか。
「この瑞穂こそ、今回君たちへ課す陰陽師の手本だ。彼女を何人がかりで止めるのかが見物になりそうだが。では、余興を始めようか。この学校の敷地内全てに九十九匹の魑魅魍魎を放った。特別サービスであと何体残っているのかこちらで知らせよう。余興は誠実であってこそだ。私は嘘つきだが約束や遊びの規則くらいは守ろう。事細かく状況を知らせる簡易式神を備え付けた。そいつらに聞けば大体の状況がわかるだろう。ああ、私は戦わないのでそのつもりで。観戦させていただくが、もしこちらに攻撃を仕掛けてくればそれ相応の対処をさせていただこう」
『お、A。さっそく呪術省のバカ共が来たらしいぜ?オレが迎え撃っていいんだよな?』
「ああ、任せる」
術比べを見に来ていた方ではない鬼が敷地外へ飛び出した。誰がここに向かっているのか知らないが、あの鬼はゴンより強い。その鬼に勝てる人がいるだろうか。
簡易式神は蝶のようで、そこら中に浮かび始めた。これが子機になってAさんの情報を発信するのだろう。嘘はないと思うが、これでは本当に遊びだ。向こうは勝っても負けても良い。ただ目的の人材を見つけたいだけ。
「では、ゲームを始めよう。なあに、ちょっと死ぬ可能性のある、君たちの実力を知らしめるただの戦場だ。今の陰陽師は戦う者になったのだろう?ならば、戦って勝ち残ってみせろ。私は本当に力のある者を望む」
その宣言と共に、魑魅魍魎が暴れ始める。近くにいた人間や建物へ襲いかかる。建物ごとにも方陣は組まれていたはずなのに、容赦なく破壊されていく。
すでに大惨事だ。姫さんは動いていないが、この学校が取り壊しになるのも時間の問題だ。
「銀郎、奴らの殲滅任せる。霊気を持っていっていい。教師を除いたら対応できるのは銀郎とゴンぐらいだろ」
『防衛には天狐殿がいた方がいいですからねえ。あっしは狩ることしかできない能無しなんで』
『さっさと行くニャ。坊ちゃんたちのことはあたしに任せるニャ』
『……お前の防衛力は信じてるがよ。お前は珠希お嬢さんの霊気で動けるとはいえ、天狐殿は傍に置いておいた方が良い。今日の坊ちゃんは不安定だ』
銀郎が駆ける。駆けた先でとぐろを巻いていた大蛇へ斬りかかる。蛇とは古来より竜とも見做される存在だ。特に規格外の大きさであった場合、まさに竜に等しい暴威を振るう。それを率先して止めにいった銀郎の判断は正しいだろう。
「祐介。まともな攻撃術式は?」
「即式は無理だな。どれも決定打にすらならない。ってなると詠唱を重ね掛けしてだが、それを連中待ってくれるかね?」
「待たないよ。そういう対応力も含めて、こっちを測ってるんだ」
「超常の方々が考えることはわかんねえな……。それより明、本当に大丈夫か?今も霊気乱れまくりじゃねえか」
祐介に言われなくてもわかっている。ここまで霊気の放出も安定化もできないのは初めてだ。まるで呪われているよう。霊気だけなら最高なくらい溢れているのに、その制御は全くといって良いほどできていない。
『坊ちゃん、無理は良くないニャ。それにここにはタマちゃんと、難波家最強の盾がいるのニャ。寝ててもあの大群ぐらい防ぎきってみせるニャ』
「……いつになく頼もしいな、瑠姫」
『耐えることには慣れてるからニャア。朝まで時間稼ぎすればいいんでしょう?そのくらい、天狐殿の手を借りずともしてみせましょう。なにせ今のあたしの霊気は潤沢ですから』
『瑠姫。神の座に引っ張られてるぞ。そっちに行き過ぎるといくら珠希でも霊気が持たん』
口調と共に神気を纏い始めた瑠姫をゴンが止める。ミクは別段苦しそうにはしていなかったが、式神という性質上瑠姫の本来のスペックに近付ければ近付けるほど主の霊気を消耗する。
神の座に足を踏み入れる存在はそれだけ、人智の及ばない強大な力を有している。並の陰陽師ではそのスペックを導き出せないために、神に類する式神とは契約をしないのが常識。難波家は式神に特化した家だからこそ、その常識をいとも容易く破っているわけだが。
その契約をできるような土台作りとして、小さな頃から霊気を鍛え上げる。そうでもしないと神格を帯びた式神を行使なんてできない。
『アハハ、ごめんニャ。でもどこか拠点を作って防衛すべきというのは事実。あの男はこういうことに関して嘘は言わニャイだろうけど、九十九匹倒すのは骨が折れるニャ。銀郎っちが戦ってる大蛇もそう。魑魅魍魎としては特殊なやつが数体混じってるニャ』
「……とりあえず、明。俺は先生たちについていってやれることをやってみる。雑魚なら倒せると思うし、一年の中だったら実戦経験も多い方だしな」
「任せる。瑠姫、近くの教室に立てこもるぞ。戦えそうにない生徒たちも含めて」
『わかったニャ。それでいいかニャ?タマちゃん』
「はい。明様の安全が一番です」
ミクと天海が中心になって戦えそうにない生徒たちを誘導して教室に入り込み、瑠姫が方陣を張る。先生たちと祐介のような有志の生徒だけが魑魅魍魎の討伐へ向かって行った。いくらここが高等学校の中では最難関の場所だとしても、全員が全員戦えるわけじゃない。
賀茂はもちろん有志として出て行った。平民を守るのは権力者としての責務だとかなんとか言って。先生たちも着いていってるから大丈夫だろう。
残った俺たちがやるべきことは何か。それは指示を仰ぐことだ。さすがに先生たち全員が迎撃に当たるわけでもないだろうし。
「タマ、生徒会への連絡は?」
「やってはいるんですけど、すでに迎撃をしているのか繋がらなくて……。生徒会の方々なら講堂に早めに移動されていたでしょうし、あの方々と鉢合わせしてる可能性も……」
「そうか……。天海、こういう緊急時の対応ってどこかに書いてあったりしないのか?」
「生徒手帳に書いてあったはず……。ちょっと待って」
天海が生徒手帳を広げて確認をしていく。その間に俺はやらなくちゃいけないことがある。瑠姫の方陣は破られないと信じているし、音的にもこの教室に魑魅魍魎が近付いている様子はない。
「ゴン。俺の霊気を吸ってくれ。これは霊気酔いなんだろ?」
『落差が激しすぎて、今回の騒動で動けなくなるかもしれないぞ?しかも原因不明。下手したら誰かの術式の対象にされたのかもしれないのに』
「それでも。……今回の騒動で誰かが死ぬのは間違ってる」
『……わかったよ。オレもその絡繰りがわからないから強引な施術になる。それでもいいんだな?』
「ああ、頼む」
ゴンが術式を展開させたのか、身体から金色の霊気が溢れていく。俺はその術式の行使に、身を任せていた。
次は筆が乗ったので二日後に投稿してみます。
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