4-1-1 京都に響く、襲撃の音
体調不良と襲撃。
金曜日というのは、何を思うだろうか。人によっては週末に休みが待っているために、最後に頑張る日か。逆に世間では休日だからこそ、仕事が忙しくて嫌な気分になるか。
家族サービスができるために喜ぶか、自分の時間が取れなくて悲しむか。
ただの週で六日目のことか。それとも他の日と何ら変わらない365日ある内の一日のことか。
受け止め方にもよるのだろうが、曜日で考えただけでも様々な考えが出てくるだろう。それが日にちなどになっても変わってくる。一日一日は変化していくものだという考えもあるだろう。
昨日と今日。今日と明日。星と星。全ては流転し、常々移り変わるものだと。
何が言いたいのかというと。
「頭痛ぇ……」
「明様、頭痛薬飲まれますか?どちらかというと総合風邪薬ですが」
「いや、いいよ。ありがとう、タマ」
頭がガンガンして、さっきまでの授業もまともに頭に入ってこなかった。ミクに頭下げて授業のノートを後で写させてもらうことになった。それほどまでに、今のコンディションは最悪だ。
中休みも終わって、これから新入生歓迎会オリエンテーションだというのに。
「明、本当に大丈夫か?無理なら早退しろよ」
「いや、大丈夫だ……。原因もわかってる。よりにもよって今日来るなんて思わなかったから霊気を合わせるのに苦労してるだけ……。今日のは、一段と激しくてな。情報量多すぎて……」
「情報量?」
「霊気を浴びすぎたんだよ。霊気不足の逆で、過剰な霊気浴びるとそれはそれで体調崩すんだな。初めてだ」
そもそも霊気の譲渡をしたことはあっても、譲渡を受ける側に回ったことはなかった。治癒術の過剰なかけすぎで逆に体調を崩す人がいるというのは知っていたが、経験するのは初めてだ。
治癒術が必要なほどの怪我をしたこともない。
今回の過去視を視た後から、何故か霊気が満ち溢れている。その霊気が多すぎて戸惑っていたが、それでもようやく身体が慣れてきた。
今回の過去視もやたらおかしかった。以前までの過去視なら、自分がどこにいて、どの視点でその場面を視ているのかわかったのに、今回は完全に金蘭の視点でその情景を思い浮かべていた。
金蘭が目にしていた光景もそうだが、心情すら読み取っていて驚いたほどだ。あれは過去視というよりも、金蘭が記した日記を暴いているかのよう。金蘭の過去を追体験しているかのようだった。
その内容どれをとっても、今の呪術省が発表しているものを覆しかねない爆弾ばかり。妖と交流を深めていたのは知ってたけど、まさか子どもの誕生祝いに国宝級の代物ぽんぽん渡すほどの仲とかわかるか。
安倍本家の宝物殿に奉納された品々。あれ、難波家の倉庫に無造作に置かれてた覚えがあるんだが……。それを使ってミクと遊んでたぞ。ゴンも傍にいたけど何も言ってこなかったし。
当時最高峰の呪術師だった法師を捕まえて程度と言い、越えなくてはならないとまで言わしめた。法師の実力が劣っているようには見えない。霊気も見えていたが、ミクと同等ほどの霊気があった。そんな存在に対して、越えなくてはならないとは。
鳥羽洛陽についても何かをしようとしていたのはわかった。日本の神様だから日本での信仰や土地を失うのがマズいということも納得しよう。そのための俺たちの土地での御霊送りと、泰山府君祭という永遠の命を得る術式についても。
だが、安倍晴明が永遠の命を得たとして。その上で難波家を利用してまで金蘭がやろうとしていることとは何だ。安倍晴明と一緒に姿を消しているのだろうが、玉藻の前の再誕なら難波家と協力してもおかしくはない。むしろ、そういう役回りの家だと思ったのに。
子孫を見守っているという吟は?吟にも術式をかけたと言っていた。長生きの術式を?生きているならどうして難波にも土御門にも知らせない。いや、土御門だけ知っていて俺たちに伝えていない可能性もある。
だが、そうすると土御門がウチに攻めてきた理由がわからない。安倍晴明の意思を継いでいるなら玉藻の前を再誕させることが目的のはず。協力していいはずなのに。
他にも色々あるが……。
「頭、痛ぇ……」
「明様、膝お貸ししましょうか?横になると少しは楽になると思いますが……」
「いや、いいよ。もうすぐオリエンテーション始まるだろうし」
今はオリエンテーションの開会式のために体育館へ向かうため、廊下で整列しているところだ。これから開会式に向かうために立ち上がったら一気に疲れが押し寄せてきたというか。
さすがにこんな廊下で膝枕してもらうわけにもいかないし。恥ずかしい。
頭痛い時に考え事とかダメだな。痛みが強くなるし、考えが纏まらないし。
ほら、なんか視界が暗くなってきた。
『愛する男のために──』
男の声。聞き覚えがない。こんなダンディーな声の男性いただろうか。俺の知らない先生の誰かだろうか。鮮明には聞こえないけど、こんな時間に恋愛相談を受けている先生が?
「明様?」
ミクの声が遠い。近くにいたはずなのに、どこか別の場所から囁かれたような感覚に陥る。俺、今どういう表情をしてるんだ?表情筋が動いてる感覚が、ない。
「わかってて──」
『今の麒麟の──』
姫さんの声?ようやく視界が安定してきた。星が、とてつもなく近い。飛行機に乗ったことがないから、こんなに空が近い様子を見たことがなかった。高い塔とかに登ったこともないし。
いや、一度だけこんな空を見たことがある。過去視で、平安の夜はこれほどまでに澄んでいたのに。それだけ星の光が暖かい。
星ばかりを見てばかりだったから、その周りに気付かなかった。霊気の尋常じゃない渦巻。その中心にさらに大きな四つの霊気。四つの霊気が異常なだけで、周りにいる魑魅魍魎も異常だ。百鬼夜行と変わらない。
「うん?視られているな。珠希くんに、明もか?珠希くんは直感で、明は……そこか」
視線が合う。いやいやいや。俺さっきまで学校の廊下にいたよな?何で夜空のど真ん中で足場を作り上げている連中を上から眺めているだなんて、転移でもしたんだろうか。
いや、肉体の実感がない。幽体離脱、のようなものだろうか。今の状況が今一掴めない。ミクの声も聞こえるのに、Aさんたちの声が鮮明に聞こえてくる。
「やあ、明君。これから宣言通り、ちょっとした余興を始める。悪いが時間がないんだ。まともな高校生活は諦めてくれ。そういう星の元に産まれてしまったんだから」
その言葉と共にAさんたちが飛び降りてくる。百鬼夜行もそれについて落ちてくる。それを見届けた瞬間にブツンという切断したかのように視界が戻る。急のことすぎてよたついたが、ミクが支えてくれた。
「明様!」
「ああ……。祐介!式神を召喚しろ!賀茂、お前もだ!」
「え?あ、おう!」
「いきなり命令しないでくださいます?まずは状況の説明を……」
「そんなこと言ってる場合じゃない!もう、奴らがくる!」
校庭に地響きが鳴り響く。それとともに、さっきまで感じていた霊気が降り注ぐ。祐介が犬の式神を召喚していたが、この霊気を浴びて完全に身体が硬直していた。
マズイ。初手を完全にミスった。
向こうが攻めてくる前に出来得る限り状態を整えたかったはずなのに、本当に頭が回ってないらしい。
ゴン、銀郎、瑠姫も実体化して俺の周りに現れる。いくら一騎当千の式神とはいえ、同じような鬼がいる時点で拮抗するだけ。引き分けても勝てはしない。こちらの勝利条件なんて死人を出さないことだろうが、もう無理そうだ。
「ゴン、あの群れにどれだけ対応できる……?」
『倒さなくていいならいくらでも、と言いたいが今日のお前の体調じゃ無理だ。そんな状態のお前から霊気をもらって動けると思うか?』
『そうニャ。さすがにその状態の坊ちゃん戦わせられないニャア。あたしの傍が安全だと思うから、離れない方が良いニャ』
銀郎とゴンがいればある程度対応できるのに。戦力になるはずの俺が動けないというのは申し訳ない。
次も三日後に投稿します。
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