3-3-3 陰陽師大家・賀茂の実力
偵察部隊との会話。
『で?あの鬼はどこの誰さんだったんだ?』
『あーっと、たしか頼光に左腕斬られた大鬼だったはずだぜ。名前までは覚えてねーや』
『ということは、茨木童子と同格でもないんだな?伊吹』
『おうよ。茨木童子と同格なんて酒吞童子と牛鬼、紅葉に温羅、阿久羅王に鈴鹿御前ってところか?酒吞童子配下の四天王はここに加えない方が良い。あと別の意味で橋姫か。こんなもんじゃね?夜叉と羅刹はこの上を行くバケモンな』
伊吹、と呼ばれた鬼はゴンの質問にそう答える。有名な鬼の伝説が多い日本だが、その中でも茨木童子なんてかなりの格上だ。それこそ、ただの人間が使役できるような存在ではない。
ただの鬼でさえ凶暴で制御が難しいというのに、名の知れた鬼なんて契約した途端殺される可能性もある。プライドの高い存在ばかりだ。人間に使役されるなんて耐えられない強者ばかり。それが鬼だ。
『しっかし、あいつが茨木童子なわけねーだろ。精々がちょっと弱い大鬼ていど。茨木童子ならあんなクソガキに呼び出された瞬間に首落としてるな』
「そうかもしれまへんなあ。それに、情報が間違っとるんよ。茨木童子が切り落とされたのは右腕。腕が逆や」
『そうそう。天狐、なーんで呪術省肝煎りの賀茂家のガキがそんなことも知らないんだ?』
『お前らが呪術省を何度も襲って資料を消失したからだろうが。伝聞だって正確に伝わることは稀だからな。知ってるか?茨木童子は媒体によっては女で、酒吞童子とは夫婦だったんだと。クク、人間の想像力は凄いな?』
『うえー。れっきとした男同士だっての。あれか?綱に仕返しする時に女の姿に化けてたからか?』
後世に残されている文献はあやふやなものも多い。伊吹やAたちが意図的に奪ったり隠した情報もあるが、第二次世界大戦で失われた文献も数多くある。
正しいものと正しくないもの。それがごちゃ混ぜになっているのが今の世だ。だからこそ星詠みが重宝されるのだが、その星詠みの立場は現状よろしくない。詐欺師が用いる常套手段でもあるからだ。
『伊吹。お前から見て明はどうだ?』
『おれは陰陽師について詳しくはねーから確実なことは言えねえが、姫よりだいぶ霊気の量がすくねえな?銀郎の野郎、五割方しか力出せてねーだろ』
『まあ、オレとも契約してるからな。姫のような裏技も、エイのような膨大な量の霊気を産まれ持ったわけでもない』
『んんー?本当にそれが理由か?何かが妨害してるような……』
下で歩いている明を見つめる伊吹。そして隣を歩くミクを見て合点がいったのか、感嘆の声をあげていた。
『あぁ……。なんじゃありゃ。アイツはバカなのか?』
『明はバカだぞ?珠希がいくら迫ろうが、本家の人間として好かれている、そういう行動をしていると思ってやがる。あんなの周りから見たら一発なのにな』
『それは阿呆と言うんだよ、天狐。……二重に自分の力を雁字搦めで縛り付けて、修業のつもりか?アレを解除すれば霊気が爆発的に膨れ上がるだろ』
『一つは自覚しているが、もう一つは無自覚だ。というか、それが縛りになっているって気付いてないんだ。本人は尊いものとしてそれを破棄するなんて考えすら浮かばねえぞ』
『Aがあいつのこと気にするわけが分かるわ。あの縛りが解ければ、霊気だけで言えば姫なんか軽く超えるだろ』
「どうせあたしはその程度やわ」
姫は自己評価が今となってはかなり低い。それもこれも、一度死んだことでその程度の実力だと思い込んでいて、式神になったことで生前のような力を失った。それにいつも規格外の人間の傍にいるので、周りの平均的な力を掴んでいなかった。戦う相手が生きていた頃と変わったからかもしれない。
だが、確実に姫は現代で三本の指に数えられる陰陽師だ。ゴンと同格ということは、陰陽師としては別格の立ち位置にいることは絶対の事実。それなのに死者だという認識から、明の踏み台だと感じてしまうのだった。
『あの狐憑きの少女はヤバいな。現状で姫より霊気があるじゃねえか。あれでまだ五本?』
『そうだな。五本だ。一本増えて、また霊気が増えたぞ』
『九本になったらどうなるんだか。あいつを主にしてみてえな。思いっ切り暴れられるだろうよ』
『お前の主が珠希?……止められる奴がいないな。オレも相手したくない』
『そう言わず、一回ぐらいガチでぶつかり合おうぜ?』
『オレは争いが嫌いなお狐様なんだよ』
天狐の本質としては戦うことではない。鬼のように暴れたいという考えもない。自衛のためにそこそこの力は得ていても、自ら戦いを仕掛けるということはしない。踏みにじられたくない物を土足で蹴り飛ばされない限りは。
『姫。収穫はあったのか?エイに伝えることはあったか?』
「どうやろなあ。あのセンセは気になるし、二年生にはあたしのお気に入りがおるけど、それ以外にはこの学校で特筆すべき子っておらんなあ」
『二年生?生徒会の誰かか?』
「なんで生徒会?生徒会には所属してなかったはずやけど。生徒会ってあれやろ。麒麟が所属してる、そこそこな子たち。結局そこそこやし、A様が勧誘するほどじゃないやと思うんよ。あたしのお気に入りは、安倍晴明の血筋」
ゴンは優秀な陰陽師なら生徒会に属しているのではないかと考えたが、そうではなかったらしい。そして血筋とは言うが、土御門ではないようだ。
「大元は難波家を本流としている方の血筋やね。土御門系じゃないんよ」
『難波から離れた分家だってか?』
「そう。今実家は静岡にある子なんやけど、これがおもろくておもろくて。難波が本流なのに、退魔の家系なんよ」
『ほう?それは珍しい。難波は土地の管理と式神に特化した家系だというのに』
「土御門には賛同できないけど、魑魅魍魎で苦しんでいる人たちを放っておけないって飛び出したらしくてな?実際血筋やし、ノウハウと霊気はあったからそこそこ成功したそうや。で、静岡で助けた女性と恋に落ちて、そのまま土着」
『その子孫がいるってわけか。おれの天敵じゃねえか。殺すぞ?』
「やめてくんなまし。あたしが手塩をかけて育ててるんよ。あんさんの気まぐれで殺されたら長年かけた努力が水の泡やわ」
姫が深いため息をつく。実際伊吹は鬼の習性上、突拍子のない行動に移ることがある。それを抑えているのはAの手腕だ。
もう一人の鬼の方がまだ理性的で、分別が利く。というよりお酒に夢中すぎて他に特には考えていないだけかもしれないが。
「そもそも、あんさんが次のイベントで暴れられるか決まってへんやん?」
『それなんだよなあ。Aのやつ何考えてるんだか。お前は良いよな。暴れられるんだろ?』
「暴れる、ゆうより実力差を示す、が正しいやろ。麒麟を真っ向から潰す陰陽師。そういう役割なんやから。当代最強の陰陽師が敵わない相手がいるっていう恐喝するんよ」
『あとはお前のお披露目だろ。ププッ、お前が生きてるって知れたら呪術省の連中どう思うだろうな?その場にいる陰陽師共もびっくりするはずだぜ』
「それも狙いなんやろ。ここを攻めつつ、呪術省に次はお前たちだと宣言する。ようは予行演習や」
『それで攻め込まれるここの人間は可哀想だな』
「天狐殿にもA様のシナリオで踊っていただきますので、ご容赦を」
姫が綺麗な所作で頭を下げる。ゴンはすでにAから話を聞いているので止めようとは思わない。明とミク、その周辺くらいは守ろうと思っているだけだ。
『舞踊は苦手だから、盛大に足を踏み外すかもな?』
『え?マジ?おれと戦ってくれるの?』
『この戦闘狂が!どこをどう読み取ったらそうなる⁉』
『Aのシナリオ台無しにするんだろ?そうしたらAの警護してるおれらと戦うってことじゃん?』
『たとえ銀郎と一緒でも、お前とは戦わねーからな!』
ゴンの叫びに、伊吹は笑って茶化し始める。姫はそれを見つつ、伊吹を連れて退散しようとした。
前回は明の張った結界を上書きした際に、その出来の差異から麒麟に気付かれてしまったが、今回は最初から姫が作り上げた術式で干渉しているために、この場で気付いている人間以外には誰にも気づかれずに潜入を終了させた。
この力を使えば麒麟にも気付かれずにテロを起こすことができる。その実験でもあったことは当人たちしか知らない。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




